Ⅳ.無情な四打音チャイム
ヒメは黙ったままだ。無論、表情は変わらない。
「素通りする人にも、隣の熊やウサギのぬいぐるみを指さす小さい子にも、その蛙さんは健気に、にっこり笑っておりました。そんな蛙さんと目が合った」
そしてこう言われたのだ。記憶が遡る。
―あの子を喜ばせたいんでしょう、あの子が好きなんでしょう?こういうものに絶対弱いわよ。
「よく見ていますね。おそらく棚に並べられて、何日も経過したんでしょう。ふと札を見たら【見切り価格】なんて書いてありましたね。他の熊やウサギと比べると、桁が一個少なかった」
「ベテランって訳ね。まあ、商品としては複雑なところでしょうけど」
声色が冗談のそれではないこと感じながら、確かに、と楓太は相槌を打った。
「……だから僕、迷わずその蛙さんを手に取りました」
黒い大きな瞳。その視線が一度ずれた、と楓太は感じた。
「何故か、きゃあっ!って悲鳴が聞こえた。周り見てもみんな平然としてるから、気のせいだったのかな」
「まさか手に取られるって思わなくて、その蛙もびっくりしたのかもしれないわよ」
「まあ勢いよく、でしたからね。
でも不安でした。足りるかな……って。いくら値引きって言ったって、小学生にとって980円って中々なお値段ですよ。でも結局、お小遣いでギリギリ足りました。店員さんが気を利かせて、可愛いラッピングをしてくれて。背中を押されたなあ、あの時は」
「良いお店ね。それで、あの娘にプレゼントしたわけだ」
照れながらも楓太は頷く。今までよりも更に深く、昔のことを思い返す。だが。
「これあげる!って言って、渡したのは覚えています。……そのあとどうしたんだろう。彼女は受け取ってどういう反応をしたのか、なんて会話したのか、全然覚えてないんです」
なんだ、と拍子抜けしたように言うのはヒメだ。
「何かなかったわけ?別にいらねーよとか、実は嬉しくて号泣してたとか」
「ありそうですよね」
「そう、って何よ」
「そのままですよ。泣いていたかもしれないし、いらない、って怒られたかもしれない。でも、困ったことに何も思い出せないんです。綺麗さっぱり、覚えてません」
「本当に何も?」
「……ええ。あの後も、何度か彼女と遊ぶ機会はありました。でも多くは、他の子を交えて複数人でね。少なくとも、2人では遊ぶことはしなかった。
結局、中学や高校に上がるにつれて、話す機会もなくなりました。やがて俺は上京して大学生になった。彼女は気づいたら結婚してた。知ったのはつい最近、親と世間話をしているときです。えっ、あんた知らなかったの―だって」
笑っちゃいますね、という楓太。持ち込んだ缶ビールが空になり、カタカタと音を立てている。成長と共に疎遠になってゆく幼馴染のストーリーに、ヒメは何も口を挟まなかった。
キーンカンコンカーン、という四打音のチャイムが響く。
あずさはもう間もなく、甲府に到着だ。
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