◇7 長い付き合いの始まり?

「では、1枚……あぅあぅ、1枚につき、30ソルでいかが……でしょうか……」


 ずいぶんと弱気な値段設定だった。1枚につき30ソル、30ソルかぁ? 安くない? カードは20枚だから計600ソル。


 小さなパン1つの値段だぞ30ソル。つまりだ、俺の世界で考えても合計600円近く。

 20枚の絵で……やっすっ!? 商売としてどうなの!?


 ねぇ、本当にどうやって生活しているのベルムリッドさん!? 毎日絵を描いてるよね!? 毎日捨ててるよね!?


 あまりに交渉弱くて騙されたり利用されたりしていない!? 大丈夫!? 生計成り立ってんの!? そして何気に絵の価格破壊してない!?


 もうちょっと高く払えますよ? 俺はそう言いたい気分だった。

 しかし俺は一応生活で困っている身だ。どうしてもこれ以上払えますよとは言いづらいのである。


 しかし我ながら、よく子供たちの楽しさのために身を切り売りできるよね。

 好きなものにはついお金を払ってしまうオタクのメカニズムである。


 夢だったし。カードゲーム作って、遊んでもらったり売ったりするの。

 で、子供の頃に自作カードゲーム作って笑われて少々トラウマだった。


「あの……いいんです……私の、絵、どうせ、どうせゴミ……なので……。申し訳、ありません……30ソルも払って、いただいて……」


 いや、もうちょっと強気でいこう!? これくらいのお金を払っていただけなければ描きませんくらいでいこうよ!?


 大丈夫!? ホントに大丈夫!? 重たい借金を背負ったりしていないよね!? なんか悪い人に引っ掛けられたりしてないよね!?


「あの、絵を依頼しているのに、自分で絵をゴミと言っちゃだめかと。あとあなたの絵、本当に綺麗ですよ」


「はぅぇうおぁいぅ……! 申し訳、ありません……! が、頑張りますので、絵を描きますので……! どうか、どうか……購入をやめるというのは……!」


「払いますっ、大丈夫ですから泣かないでくださいっ」


 あー……じんわりとした涙だけど泣かせちゃったよ。卑下して褒められて、色んな気持ちがごちゃ混ぜになっているんだろうな。

 もうめんどくさいとかイラつきとか通り越して、かわいそうになってきたよこの人。


 ベルムリッドさんは購入が決まるとすぐに、手元にあった紙をちぎってチーンと鼻をかんだ。

 ……いや女子力ぅ! 誰か女子力連れてきてぇ! この人、女子力足りてないのぉ!


「で、では……注文を受け付けました……今からサンプルを、お描きしますね……」


 人前で描くのは緊張するのだろうか。ベルムリッドさんは振るえた手で鉛筆を持った。


 しかし、これはどうしたことだろうか。手ごろな紙をテーブルの上に用意して鉛筆をそれに走らせた瞬間、彼女のまとう気配が変わった。


 億劫さや臆病さ、緊張や不安など一瞬でどこかへ消し去ったようだ。

 すらすらと、それもかなり早いスピードでサンプル品を描き上げていく。


「えっ、すご」


「はひっ」


 俺が言葉を発すると一瞬だけ停止したが、また舌を巻くようなスピードで絵を描き上げていく。まるで魔法で高速移動しているかのようだ。


 めぐるましい手の早さで、あっという間に着色の段階まで進む。既に設定や構図が頭の中でしっかりと出来上がっているのだろう。


「腕、こう……足はこう……少年っぽさを残した体格で……銀色の鎧に片手持ちで剣……はい、できました、勇者のサンプルです……」


「はっや」


 彼女は数分で大きな紙の一部に勇者のサンプルイラストを描き上げてしまった。それも色鉛筆による色付きで。


 イラストサンプルを持ってこちらに向けてくるが、相変わらず彼女の視線は俺の視線と交わらない。


 だが、そんなことは気にならないというくらいに俺はサンプルに釘付けになっていた。しばらく無言になってしまうほどだ。


 直立ではなく、剣を持った右手を上げて今にも相手に切り込むといったようなポーズ。

 返り血一つない、勇者が身につけるにふさわしい光沢を持った銀の鎧と盾。

 表情は描かれていないが、きっと勇ましい顔をしているんだろう。


 あの……これ、サンプル? サンプルのレベルかこれ?


「あの、あの……いかがでしょうか。もう1パターン作成は……5ソルで、す……。盾や剣を前に向けた、ポーズもできます……指定のポーズがあれば、そちらも……」


 パターン作成もやっす!? 安すぎるって! 自分の技術や価値を正常に判断できているのかこの人!? この上手さなら同じ30ソル払ってもう一枚見たいくらいだわ!


「えぇと、じゃあまずは残り4人分全員のパターンを1枚ずつお願いします。パターンをどうするかはその後でもいいですか?」


「わ、わかり、ました……」


 その後、俺は盗賊と戦士のイラストをもう1パターン作成してもらった。


 そしてカードに実際に描く工程だ。ミスは許されないので、ベルムリッドさんの纏う雰囲気がピリピリとしだす。

 俺は彼女が発する空気にのまれ、唾を飲み込むことすら忘れてその工程を見守っていた。


 高い技術を持つ人の作業ってこんなにも面白かったのか。本を読んで待っていてくださいと勧められたが、彼女を見守っている方がよっぽど面白い。


 作業は全てが問題なく終了。カード20枚全てに勇者たちのイラストが描かれ、俺はそれを確かに受け取った。彼女の技術の結晶だ、サウィ達には大事に使わせるようにしよう。


 最後にお代600ソルを払って依頼は終了だ。

 彼女はお金を受け取った時、少しだけぽかんとしてから何度もお辞儀をした。


 え、なんでお金でぽかんとすんの? ねぇ、これ本当に悪い人に踏み倒されたりしてない?


「ありがとうござ、います……ありがとうございます……」


「今回は素晴らしい絵をありがとうございました。また今度、お世話になると思います」


「えぁえあ……ひゅひひっ、えへへへっ……あ、ありがとうございました……またよろしくお願いします……」


 視線を合わせないまま、焦ったように口をあわあわと動かすベルムリッドさん。本当に大丈夫なんかこの人は……。


「あの」


「な、なんでしょう……?」


「あんまりその、頼りにならないかもしれないですけど、何かあったら相談乗りますよ」


「え、えっと……?」


「いやっ、すいません。初めての依頼なのに出過ぎた真似でした。今回はありがとうございました」


 なんかあまりにも彼女が不憫すぎる人生を歩んでいるように感じて、俺はつい自分で良ければ相談に乗るなんて言ってしまった。これ以上面倒ごと増やしてどうすんだ。

 でもなぁ……あまりにも放っておけない感じだろ、ベルムリッドさん。


 もし不憫な人生を歩んでいたのなら、そんな人生を歩ませた神をフ〇ックしてやる。


 何度も頭を下げるベルムリッドさんに見送られ、俺は彼女の家をあとにした。

 もう日が沈み、街は魔石と魔力による街灯でほんのりと静かに照らされている。


 さて、サウィやプラムがより楽しそうにプレイする光景が楽しみだ。

 いつもの仕事の帰りより軽い足取りで、俺は施療院に帰った。なんかベルムリッドさんには長くお世話になる気がするなと感じながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界カードクリエイターズ! ~なんの力もない無能、ただ異世界で自由にカードゲームを作ってただけなのに、いつの間にか皆を救う英雄になっていました!?~ フォトンうさぎ @photon_rabbit

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ