日蝕 -人魔百年戦争 -
@at_hiiragi
第1話 百年戦争
人と
その昔、2つの種族は支え合い共存していた。
しかし、人類は早々にある問題へと直面する。それは、急激な人口増加だ。
増え続けるその数に反比例し、減少する資源と開いていく貧富の差。
そして約500年前。人間はある考えに辿り着いた。
" 欲しいものは全て、魔族から奪えばいい "
***
「__これを発端に人と魔族の争い、
森が囲う教会学校。
頬杖をつく俺を太陽が覗いていた。
教室は教会の2階にある。だから、いつもは見上げるあの壁も授業の時だけは見下ろせた。
「エルマ。授業に集中なさい」
シスターの声に驚かされ体が上下する。視線を教室に戻すと、からかうみんなの視線が集まっていた。…隣のギルはいびきをかいて寝てるけど。
「ギルベルト起きなさい!まったく貴方達は…。ソルシェン先生も何とか言ってください」
その言葉に、教室中は一番後ろに座っていた男へと振り返る。
眠たげな瞳と無精髭、火気厳禁のこの空間で堂々と煙草を吸う大男…じゃなくてソルシェン先生。あれでも教会教師。
先生はシスターの圧力にやれやれと返事をした後、欠伸をしながら俺達の机へと歩いてくる。怒るわけでも諭すわけでもなく、その大きな手で眠り続けるギルの頭を撫でた。
「エルマは何を見てたんだ?」
「…公区域」
公区域イコール戦争とみなされ、一般的にも公区域に興味を示すことはタブー。特に平和を願う教会の人間は敏感になるもので、証拠にシスターの表情も曇っている。
それでもソルシェン先生はニッと笑って。
「公区域はいいぞ。空が広く見える」
ぐしゃぐしゃと撫でる手は相変わらず適当で、温かくて、
太陽のようにくすぐったかった。
***
「これで16回目のタダ働き…。俺あのババア嫌いだ」
「シスターに聞かれてみろ、掃除じゃ済まなくなるぞ。今日も授業を聞いてなかった俺らが悪いし、もっと言えば寝てたお前が一番悪い」
夕刻を告げる鐘が鳴り、仰いだ空はとっくにオレンジ色。
論破されたギルの舌打ちに構わず階段を降りる。
教室の煤を払って心も綺麗にしろ。そんなシスターの罰のおかげで随分と掃除は手慣れたものだが、覗いた教会はぞろぞろと人が出て行くばかり。どうやら俺達は今日も夕刻の祈りに参加できなかったらしい。
街唯一の教会には毎日多くの人が祈りを捧げにやってくる。その為、俺達教会学校に通っている子供は多くの町人と顔を合わせるんだ。…例え嫌な奴だとしても。
人の波に紛れて出てきたのは有名ないじめっ子。こちらを指してくるそいつはまたしても俺達と関わりたいらしい。
「あー!奴隷にみなし子!この前はよくも俺の仲間をボコボコにしてくれたなぁ!?」
「仲間?…あぁ、あの腰抜け共か」
掃除をさせられ機嫌の悪いギルは、子供ながらに低い声でそう答える。少し睨まれただけで怯んだ様子を見せるけど、いじめっ子の意地なのか。負けじともう一度噛みつく。
「ど、奴隷のくせに生意気だ!お前らなんかパパに言いつけて奴隷商に売り飛ばして__」
「あぁ、いいぜ。その喧嘩買ってやる。…だが、まさか噛みつかれる覚悟もねぇのに噛みついてきてるわけじゃねーよなぁ?負け犬」
いつの間にか食わんばかりの勢いで胸倉を掴むギル。あいつは喧嘩で負けは知らないが手加減と言う言葉も知らない。
教会の目の前で暴力を振るおうものならギルは生徒から清掃員に降格だ。止めに入ろうと一歩前に出たその時だった。
「エルマー!」
何故か飛び下りるように降ってくる女の子。その子は当然のように2人の上へと着地した。
「掃除終わった?チュン嬉しい!」
「チュン…下…」
「さっき先生言ってた!市場行こうかなって!チュン楽しみ!」
笑顔を崩さないチュンはお構いなしに話し続ける。痺れを切らしたギルの怒声でようやく2人は解放されるも、それと共にチュンとギルの開戦の火蓋が切られた。
「こんの…怪力女!俺まで飛び蹴る必要ねーだろ!」
「出入り口塞いでたあんた達悪い。チュン悪くなーい」
毎日毎日飽きもせず…。まぁ先生も喧嘩するほど何とかだって言ってたっけ。2人を宥める視界の端では事の発端であるいじめっ子がよろけながらも逃げていた。
「わぁ~!娼婦の娘だ~!病気うつされるー!奴隷に娼婦にみなし子!覚えとけよ!」
ギルの言う通り本当にあいつは負け犬らしい。ギルやチュンにやられる心配が無いと分かればこれだ。ここまで潔いクズも中々いない。
「ッおい負け犬!逃げんな!」
「…エルマのこと馬鹿にした…チュンあいつ殺す…」
報復しに追いかけようとする2人の肩を掴めば、眉間に皺を寄せた怖い顔が2つ、こちらを向いた。
「あんな奴相手にするのと、市場で先生にアイス買ってもらう。どっちがいい?」
褐色な肌に絹のような短髪、凛々しい切れ長の瞳が特徴的なギルベルトは、喧嘩がめっぽう強くて情深い勇敢な男。しかし、この町の子爵だった男に買われた元奴隷で出身国すらわからない。
一方真っ白な肌に黒く長い髪、いつも大きな瞳を輝かせているのはリ・チュンイェン。戦闘力が高いとされる東洋は
容姿も境遇も違う2人だけど、俺の問いで目を輝かせていく様は双子のように揃っていて。
「「アイス!」」
すっかり機嫌を直し、はやくはやくと俺の手を引き走る。
出身地も人種も違う俺達は、共に先生の下で学び、共に先生と暮らしている。兄妹のようで、幼馴染で、親友で…。
「先生!アイス買って!」
もう日が暮れていると言うのにたくさんの人で賑わう市場。人混みでもわかるその背中に声を掛ければ驚いた表情が振り向いた。
「ッ、お前らどうしてここに……さてはチュン、お前話聞いてやがったなぁ?」
悪態をつくけれど、その顔はどこか嬉しそうに笑う。
「…見つかっちまったもんはしょうがねぇ…。よっしゃガキ共!今日は大盤振る舞いだ!こっから好きなアイス1つ選べ!」
「大盤振る舞いって…こっちには安いアイスしかねーじゃん」
「ギル、こういう時は会計に出したもん勝ちだ」
「チュンはこっちの豪華なやつにするー!」
みなし子だって後ろ指さされても、俺は痛くも痒くもなかった。
ギルとチュンと、そして先生。俺には3人がいれば何も怖くなかった。
やっと掴んだ俺の居場所。
ずっとこの幸せな時間が続けばいいのに。
ずっと、ずっと、
日蝕 -人魔百年戦争 - @at_hiiragi
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