第3話 お嬢様と、離れがたい執事。
とある早朝。
いつもと同じ時間。
俺は綺麗な白いドアの前に立ち、ドアを3回ノックした。
「お嬢。お出かけの準備は整いましたか?」
声を張って言うと、中から「待って、すぐ行く!」と澄んだ声が聞こえてきて、その後ドアが勢いよく開いて彼女が出てきた。
―――この国の皇女、マリア様。
戦争の絶えず貧しかったこの町を救った国王陛下の娘で、常に明るく活発。国王陛下の皇女として国民から愛され慕われている。
そんな彼女も、もう19歳。
隣町の皇太子との結婚を決められていて、近日中に結婚される。
・・・そして、このお城を出ていく。
そんな彼女と縁あって、俺は長年彼女の執事をしている。
「国王陛下がお待ちしておりますよ。」
「分かってるわよ!・・・あ、今日の日程を教えて頂戴?」
お嬢はドレスを着ながらも器用に階段を下りていく。
「本日のご予定を言います。まず午前は国王陛下と共に隣町の皇太子様の元へ出かけ、結婚のご準備を行います。そして午後からは皇太子様と、親睦を深める為にテニスをする予定です。」
俺はそう言いながら、少しムズムズした。お嬢が皇太子様と面会するのことに対し、どこか寂しい気持ちが出ているのだろうか。
「分かった。今日は貴方も一緒に来るの?」
国王陛下の待つ車の前で、彼女は俺の方を振り返った。俺は首を横に振る。
「私は城でやる事がありますので。またご帰宅なさられた時に会いましょう。」
・・・本当は彼女の側にいたかった、なんて気持ちは伏せた。彼女は寂しそうに、でも優しく微笑んだ。
「分かった。ありがとう・・・行ってきます」
彼女はドレスの裾を少し持ち上げて車に乗り込んだ。窓から国王陛下が俺の方を見てきたので、90度の礼を返して見送った。
・♡・
彼がお父様に向かってお辞儀したのを見ながら、私は城を出た。
「お父様。今日もあの方は留守番なの?」
私は遠ざかる城と彼を見ながらそう尋ねる。
「今日は隣町に出かけるだけだから、執事がいなくてもいいだろう。それに・・・」
父様は少し間を開けて言う。「お前達は、元から近しい仲だろう?そんな姿を見たら、さぞかし皇太子様も不思議がるだろうからな。」
「・・・はい。」
図星を突かれ、私は口をつぐんだ。
私と彼の出会いは、かなり昔・・・戦争が終わったばかりの頃に遡る。
その頃、彼がいた地方では大きな災害が起こり、終戦後の貧しい地方の中でも特に貧しくなってしまった所の1つだった。
その場所にたまたま目をつけ、地方発展の為に尽くそうとしたのがお父様だった。
ある時、父様は私を連れてその地方に足を運んだ。
「ここの辺りで車を停めてくれ。マリアは、ここで待っているのだぞ。」
「はい、お父様。」
父様はどこかも分からない場所で車を降りて、お付きの家臣と外に行ってしまった。
―――そこから少し経った時だ。
ゴォォォオオオ!!!
キャァァァァアアア!!!!
私のいる車からそんなに離れていなさそうな場所から、大きな音と人々の悲鳴が聞こえてきた。
「えっ、何!?」
私は驚きと衝撃で、思わず外に出た。
目の前は黒い煙に包まれていて、そこから赤い炎がチラチラ見えている・・・確か、この近くに工場があったはず。もしかしたら、そこが火事に!!!?
私は車の周りを探した・・・が、家臣もお父様もいない。
「ケホッ、ケホケホッ・・・お、お父様っっっ!!!」
私は、フラフラしながら父様を呼んだ・・・けれど、そこはパニックと大騒ぎで、全くお父様の声も姿も見えない。
私は歩くこともできずに、その場にしゃがみ込んだ。
・・・私、どうすればいいの?
このまま、1人のままなのかな?
―――そこで、私の意識は途切れてしまった。
意識が戻ったのは、さっきまでとは違う場所だった。
「どこかの路地裏かしら・・・?」
私はあたりをゆっくりと見回した。
周りには、沢山のけが人や患者でごった返していて、ざわついている。
「目覚めましたか?」
ぼんやりとした私の視界に、誰かの顔が入ってきた。
そこには、金髪の男性がいた。整った顔立ちに、綺麗な黒い瞳・・・思わず引き込まれてしまう程、彼は綺麗だった。
「あ・・・貴方が私を助けって下さったの?」
「私はただ、貴方を安全な場所までお連れしただけですよ?」
彼は優しい口調で言った後、「あの・・・」と言いにくそうに続けた。
「もしかして、ですが・・・貴方は国王陛下の娘、皇女様でいらっしゃいますか?」
私は頷いた。「えぇ、そうです。」
彼は目を丸くして、私の前に跪いた。
「私のような平民が、皇女様をこんな路地裏に案内するとは・・・申し訳ありません!すぐに貴方を城の方まで案内しなければ!!」
今度は、私が目を丸くする番だった。
「貴方が私をここまで連れてきて下さらなかったら、どうなっていたのか分かりません。ありがとうございます。」
その後、彼は私を連れて城の方まで送ってくれた。そこで父様は、「皇女の命の恩人」になった彼の「皇女様の執事になりたい」というお願いを叶えてくれたのだ。
それが、私と彼との出会いだった。
今思えば、そこで私は彼に惚れてしまったのかもしれない。
それでも、この気持ちは絶対に知れてはいけないし、伝えてもいけない。
・・・私は、そういう身なんだから。
「マリア様。数日後、また会えるのを楽しみにしています。」
別れ際、隣町の皇太子・・・いわゆる許嫁にそう言われても、私の心がドキドキする事は無かった。
決められた結婚なんかに、愛を感じられなかった。
皇太子様や父様には悪いけど、こんな政略結婚をするなら、この地位を捨ててでも愛する相手と結婚したい。
・・・そう思ったとき、脳裏には1人の人が思い浮かんだ・・・いや、その人しか思い浮かばなかった。
・♡・
彼女は、とても複雑そうな顔をして帰って来た。
「お嬢。どうかなされましたか?」
お嬢の部屋まで行き、俺はノックして尋ねた。
「貴方・・・部屋に入ってきて。」
・・・俺は一瞬で異変に気づいた。彼女が自分からそう言ってくるのは、これが初めてだった。
「失礼します・・・!!!」
ドアを静かに開けて部屋に足を踏み入れると、彼女は椅子に座り泣いていた。
部屋の電気も点けずに、ただ1人で。
「お嬢!・・・どうなされましたか?」
俺が駆け寄ると、彼女はハッキリとした口調で言った。
「私は愛のない政略結婚なんかしたくない。この地位を捨ててでも、私を愛してくれる人と、幸せな結婚がしたい・・・」
「お嬢・・・!」
彼女はそこまで言うと、俺の両手を握りしめた。
彼女の温かい体温が、俺の心を温めてくれるような気がした。
俺はドギマギしつつ、彼女の体温を受け止める。
「私は貴方と出会ったときから、貴方に惚れていたの・・・もう叶わない事だけど、叶うなら、貴方と結ばれたかった・・・」
―――思わず俺は、彼女の手を取った。
「お、俺も。お嬢・・・マリア様の事を密かに愛していました・・・俺はマリア様を、他の男の所へ行かせたくない!俺は貴方と結ばれたい・・・」
俺は彼女を抱きしめた。綺麗な金髪が、俺の肩にかかる。
「俺がマリア様を幸せにする。」
「・・・うん!」
彼女は満面の笑みを見せた。
―――その後。
俺は、隣にいる彼女を見た。
彼女は綺麗な白いドレスを着ていて、俺に笑いかけている。
俺もそれにつられて、彼女の太陽のような笑顔に笑いかけた。
終
愛のカタチ。 キコリ @liberty_kikori
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