第2話 新人スパイと、女上司のスパイ。


「え・・・また鈴木と一緒、ですか!?」


私は思わず大きい声を出した。隣の彼も目を丸くしている。

「会社の中で、2人は成長株だからね。今回も2人でやって欲しい!」

そう言って、社長は私達に書類を突きだしてきた。


私の勤める会社は、かなり実績を上げている警備会社だ。

ダンスパーティーや祝いの席での警備を得意としているこの会社に入って数年。

私は日々仕事の実績を上げている。



そして、アイツ―――鈴木も。



「今回のパーティーには、大物達がゴロゴロいる。そんな人達の身を狙っている者が現れるかもしれない。パーティーの主催者が依頼してきたんだ。よろしく頼む。」

「はい、今回も頑張ります!」

彼の元気な声が、社内に響き渡った。




鈴木は、私の同期だ。

この会社ではトップクラスの護衛率を誇っており、日々私と張り合う友人でもある。

それゆえ、一緒に仕事をすることもしばしばだ。


「鈴木、今度のパーティーの潜入計画を立てない?」

「おう!やっぱり俺がいねぇと始まらねぇよな!」

彼の席まで行くと、彼はそんな風に言って笑う。


「いやいや、別にそういう訳じゃないし!」

私は呆れながら、彼に計画書を渡した。書面には、会場入りの時間やその時の服装などが細かく記されている。

「お、今回の服装はドレスなんだ。」

「うん。色は黒らしいんだよね。新しく買わないとなぁ・・・」


仕事上、私達は色んな所に潜入する。その時に大事なのは、周りに合わせる服装や仕草。絶対に警備だとバレないようにする為、準備は慎重にやっている。

「俺も新調しようかな。新しくスーツ買おうかな?」

彼は計画書から目を離して、大きく背伸びをした。




                  ・♡・




警備当日の夜は、とても綺麗な満月が出ていた。

俺は新調した黒スーツが映える気がした。整えた髪もセットOKだ。

そう思いながら、俺は会場に着いてすぐ、まだ来ていない彼女を待ち始める。



いつも仕事に真剣に取り組む彼女。

彼女もまた、社内でトップクラスの護衛率を誇っている。綺麗なショートヘアがトレードマークの彼女は、社内では目を引く存在だ・・・彼女は知らないと思うが。


そんな彼女と2人で任務につく事が嬉しい。

・・・多分、彼女に言ったらヒールでキックされそうだ。



「ごめん、少し遅くなった?」

時間ピッタリに、彼女は待ち合わせ場所に来た。

俺は思わず息をのんだ。彼女の着ている綺麗な黒ドレスは、後ろが大きく開いている。首元には、銀色のネックレスがキラキラと揺れている。手にはめている手袋もオシャレで、肌が月の光に照らされて透けて見える。


・・・彼女にピッタリだ。

「お、遅れてないよ。丁度ピッタリ。さすが!」

思わず上ずった俺の言葉を、彼女は不思議そうな顔で聞いていた。



2人で今回の会場になっているホールに向かうと、そこには予想以上の鮮やかな世界が広がっていた。大きなシャンデリア、綺麗な石の床、カラフルなドレス・・・仕事でも、ここまで大きいキャパの仕事は初めてだ。


「凄いな、コレ・・・!」

俺はそう言った後、ハッとした。いけない、いけない。これはあくまで任務だ。しっかりしなきゃ。

・・・そう思いながら、俺はどこかで「彼女に良いところを見せつけたい。」とも思っていた。

彼女に振り向いてもらいたい。その思いが、俺の中をかき乱している。


「鈴木。ここから合図で行動ね。もし何か会話したい事があったり、何か異変が起きた時は、無線で。」

「おう。んじゃ、よろしく頼むわ。」

彼女と無線が繋がることを確認して、お互いの場所に付く。ここからは計画通りに進むはずだ。




―――動きがあったのは、パーティーが始まって1時間ほど経った時だった。


パンッ!!!パンッ!!!


「キャアアアアアーーー!!!!!」

銃声が華やかな会場を包み込んだ・・・と思えば、途端会場は暗くなり、騒然とした。

すぐに俺は無線をオンにして、彼女に連絡を取ろうとした・・・が。

「大丈夫か・・・おい、おい、反応しろ!」

無線を通じて彼女に連絡を取ろうとしたが、なぜか彼女が出ない。

あんなに仕事に忠実な彼女が出ないはずがない。とすると、何か彼女が連絡を取れない理由が・・・


「・・・もしかして!」


俺は周りの警備の事を忘れて、会場を走り出た。




                  ・♡・




やってしまった、と思った時には遅かった。

「お嬢ちゃん、可愛い服着てるじゃん。」

「今日は1人~?それなら俺達が構ってやってもいいけど?」

大きい銃声が響き暗くなった瞬間口を塞がれ、気づいたらヤンチャな格好をした人達とホールを出て、謎の倉庫に連れ去られてしまった。


まさか自分が絡まれると思わなかった。

服装がドレスだったことを考え、護衛グッズを会社に置いてきたのがミスだ。

動きづらい服装で護身術が使えるはずもなく、相手も相当慣れた調子で私の手と足にロープをくくりつける。

私は隠し持っていた無線を出そうと体をねじる。早くアイツと連絡を取らないと・・・!


「お、これ無線?」

相手は私が取ろうとした無線を奪うと、思いっきり地面に叩きつけて割った。

「お前、もしかしてあの警備会社の社員か?」

「あの開催者、警備雇ってたのかよ。」

周りの知らない男達が、鋭い目線で私を見ている。

その視線の鋭さに、思わず肩がすくんだ。


もう、誰とも連絡が取れない。


このままだと、私・・・どうなっちゃうの・・・・・・



「助けて・・・・・・鈴木!」




―――私がそう、彼の名を呼んだ時。






「そこで何してんの。」


バン!・・・と勢いよくドアが開いた方を振り返る。


そこには息を弾ませている彼―――今、一番私が求めていた人がいた。




「・・・ソイツ、俺の女なんだけど。返してくれない?」




彼は、私が聞いた事の無いぐらい低い声でそう言うと、その次の瞬間には相手を蹴り飛ばしていた。

綺麗な弧を描いた彼の蹴りが、相手の急所に当たる。相手は複数人いるが、同じ男性で護衛術を使いこなせる彼ならすぐに勝てる。


「クソッ、お前も護衛のヤツだったのかよ!」

男達は、すぐに倉庫を出ていった。途端に、パトカーの音が鳴り響く。

多分、彼がパトカーを呼んだのだろう。



―――相手を倒す彼の姿は、今まで見た事も無いくらい男らしくて素敵だった。


今まで感じたことのない気持ちに犯されそうだった。

こんな護身術の1つや2つなんて、当たり前のことだ。

それなのに。それなのに・・・




『・・・ソイツ、俺の女なんだけど。返してくれない?』




―――この言葉が、心のどこかに引っかかってしまう。


「大丈夫・・・じゃないよな?」

彼は、すぐに私の元へ来てくれた。慣れた手つきでロープを外す彼の手が、時々自分の手に触れるのを感じるのが、不思議と恥ずかしい。


「・・・迷惑かけて、ごめん。」

私は彼を直視できなかった。


今彼を見たら、今まで彼に対して感じた事の無かった気持ちが出てきそうだ。




「ねぇ、鈴木。さっきの言葉ってさ・・・」

私がそう切り出すと、彼は思い出したらしく、「あ、えぇ?」と空返事をして目を泳がせる。

それでも彼は、どこか決心したように、私にしっかりと向き合った。


「さっきの言葉は、本当・・・と言うか、そうしたい。」

「え?」

彼は恥ずかしそうに笑いながら言った。



「これからは、俺がお前を守りたい・・・ずっと。」



彼は私の手を取った。そのまま2人、外へ行く。


なぜか、私は自然と彼を受け入れていた。

・・・いや、受け入れてしまった。

彼の揺るぎない言葉と、仕草と、今の一件で。


「私も、一緒にいたい。」


私は彼にだけ聞こえるような声で、そう言った。




外には、綺麗な満月が輝いていた。

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