愛のカタチ。
キコリ
第1話 イラストレーターと、キャバ嬢。
部屋のドアがガチャッと開き、俺は来客に気づいた。
俺は時計を見る。夜12時過ぎ・・・彼女がやってくる時間だ。
「ゆぅ~まぁ~、いる~~?」
彼女はフラつきながら部屋に入ってきた。
途端に、キツい酒の匂いが俺の鼻をかすめる。
「ここにいるよ・・・って、うぉ!」
彼女にソファを勧めようと立ち上がった途端、彼女は自分からソファにダイブした。
今日はいつにも増して酔っているようだ。
「今日も疲れた~!・・・ゆぅま、何か作ってぇ~。」
「はぁ?ここはお前の家かよ!」
そう言いつつも、俺はイラストを描く手を止めてキッチンへ向かった。
とりあえず漬け物でも出せば、少し酔いがさめるだろう。
「ほらよ。出来合いのものだけど。」
数分後、彼女の前に箸と漬け物を運ぶと、彼女はもう夢の中に身を投じている状態にあった。
俺は起こさず、そのまま漬け物をソファの前の机に置いた。
彼女は努力家だ。
日々、知らない男達に色んなサービスをし続け、泥酔して一日が終わったと思えば、夕方になるとまた出勤している・・・ほぼ毎日。
その疲労を隠そうとしているのか、いつも彼女は濃いめの化粧をしている。
化粧の知識なんて男の俺には無知だが、それは分かった。
目元のくまを隠そうと、その部分だけ化粧が濃いことは、少し近づけば分かる。
―――仕事柄、そうしないといけないのだろう。
・・・そんな彼女を、【友人】としてではなく、違う関係になって支えたいと思った事もあるが、それは自分の中に秘めている。
努力家な彼女に比べて自分は、自分の夢ばかりを優先して生きている。
極貧でもイラストレーターとして小さく生きれればいい。
ただ・・・そのままだと、きっと彼女は俺のことを見向きもしてくれないだろう。
根詰めてお金の為に働く彼女と、夢を追うだけの極貧な自分。
――――俺たちは、対極にいる。
「・・・他の男にサービスして疲れるんなら、そんな仕事辞めて、頼る男は俺だけにすれば良いのに。」
小声でそう呟くと、俺は彼女の傍を離れた。
・♡・
『・・・他の男にサービスして疲れるんなら、そんな仕事辞めて、頼る男は俺だけにすれば良いのに。』
彼から発せられたその一言で、私は酔いが引くのを感じた。
うっすらと目を開けると、彼はもう私から遠ざかっていて、机に向かって作業をしている。
次のコンテストか何かに出す絵を仕上げているのかもしれない。
―――今さっき、彼が私に言ったこの言葉は、本当なのかな。
私は目を軽く擦った。手にベージュのファンデーションが付いてしまい、またそこの部分だけを濃く塗ってしまったのだと分かってため息をつく。彼にはバレてしまっているだろうか・・・?
目の前には、彼が出してくれたであろう漬け物があった。
「いただきます。」
そう小さく言った言葉は、きっと集中している彼には届いていない。
『ねぇねぇお嬢ちゃん。この仕事何年目?』
『今日、一杯どうかな?』
・・・日々、仕事では質問に次ぐ質問が飛び交う。その中で、必死に笑顔でサービスをしたりしないといけない。
もう、周りの仲間と金稼ぎに没頭しつつ競走をする事に集中しているだけだ。
そんな世界に足を踏み入れたのは自分って事は分かっているし、それを陰で支えてくれているのが彼だという事も分かっている。
毎回、仕事終わりに彼の家に行った時だけが、唯一私の楽しみだ。彼の不器用でも優しい言い方や仕草は、私の凍りそうな心を溶かしてくれる。その度に、なんだか泣けてくるぐらい嬉しい。
夢を追い続ける極貧生活を彼は続けている。
ただ、私にはその生活の方が楽しい気さえしてくる。
――――私達は、本当に対極にいる。
「ねぇ、ゆーま。」
私は小さく彼の名前を呼んでみた。
「ん?何だよ急に。」
彼は、私の小さい声をしっかりと受け取ってくれた。
「ねぇ、ゆーま・・・」
「どうしたんだよ・・・!?」
自分の頬に、暖かいものが流れてきた。彼は驚いて私を見る。
「私、もう・・・・・・辛いよ。」
私の涙は、止まる事を知らずに流れ続ける。
「自分で仕事決めたけどさ・・・売り上げの競走ばっかりで、何も楽しい事なんてなかったよ・・・」
彼は一瞬戸惑った顔を見せた・・・が、すぐに机を離れ、私の傍へ寄ってきてくれた。頭の上に置かれた彼の手は、とてもガッシリしていて温かい。
最近感じることのなかった、安心感だった。
「・・・もう2人で抜け出そうぜ。」
私はハッとして彼を見た。彼は近くにあったティッシュボックスから何枚か取り出して、私の涙を優しく拭いてくれる。
「仕事が嫌なら、辞めろよ・・・お前が笑っていないの、見るの辛えからさ。」
彼の大きくてガッシリとした手が、私の顔を包み込んだ。気づいたら涙は止まっている。
「貯金は少しぐらいあるだろ。それだったら、仕事辞めてもしばらくは食べていける・・・別に俺の家に来てくれても構わないし。支えてやる。」
―――私はしばらく、彼から視線を外せなかった。
言い切った彼も、しばらく私をずっと見ていた・・・と思った途端、彼は「あっ」と小さく声を上げた。
「支える・・・って、なんか変だな。プロポーズみたいだ。」
彼の照れたような柔らかい笑顔に、私も自然と元気が出てきた。
「ありがと。中々やるじゃん。そういうギザな言葉も言えるんだね?」
「うっせぇ!そんなこと言うな、恥ずかしい。」
「でも、どんなにお金困っていたとそいても、そういう援助はしないから!絶対にお金はあげな~い。」
「うわ、ケチだな!」
「ケチとは何よ!」
彼は歯を見せて笑った。それにつられて、私も久々に笑った。
もし、彼とこれからいられるのなら。
・・・いられるのなら、私はきっとついて行く。
私と彼は、もう気持ちは通じているのかもしれない。
今夜は、長くなりそうだ。
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