誰よりも強い願い、あるいは無謀な挑戦④

 ウェルが問い詰めてみるが、少女は沈黙を守る。何回か聞いてみてもまったくの無反応なので、ウェルはいったん少女のことは後回しにすることにした。


 魔法で火を起こし、すっかり冷めてしまった魚たちを温め直す。モレアーの葉が再度溶けてうねうねと動き出し、魚を包み込んでいく。


「塩を一振り、と」


 香ばしく焼けた匂いが、辺り一帯に広まる。


 ぐぅぅぅぅーっと、可愛らしいお腹の音が鳴り響いた。


 ウェルとクーガーは顔を見合わせ、それから少女をじっと見つめた。少女は無表情を貫こうとしていたようだが、両側の頬っぺたは朱に染まっている。

 視線を感じたためか、少女はぷいっと顔を外に向ける。


 クーガーは、ウェルの眼がいたずらっぽく光ったのを見逃さなかった。こうなった主人は、もう誰にも止められない。

 空中に魔方陣を描き、大きな団扇を取り出すと、魚を焼きながら煙を煽って、少女の方へ送る。すぐにまた少女の腹の虫が鳴き始め、少女はついに無表情を装えなくなって顔を伏せる。


「主人、やりすぎは良くないと思うんだガー」

「いや急に襲われたんだし、被害者はこっちでしょ。くくくくく、さぁ美味しそうだろ、この匂いに苦しむがいい」


 スライムに絞殺されたみたいな魚の絵面は、まったくもって美味しそうには思えないのだが、少女はいま『ルウの槍』で突き刺されたことで視力を失っている。クーガーも目を閉じて匂いだけに集中してみた。……確かに、匂いだけなら美味しそうに感じるのかもしれない。


 ウェルはしばらく少女に拷問するかのように匂いをかがせていたが、やがて程よく熱が入ると、魚を串に刺して少女の口元に持っていった。


「ほら、食べなよ。腹減ってるんだろ」


 さっきまでの悪役みたいな口調とは打って変わって、柔らかな優しい口調である。まるで別人みたいだ、とクーガーは呆れながら見ていた。


「心配しなくても毒なんて入ってないよ」


 少女は唇を震わせていたが、やがて差し出された魚に口をつけた。一口食べてしまうと、もう止まらなかった。むしゃむしゃと頭も骨もすべて食べてしまって、綺麗に串だけが残った。


 よほど腹がすいていたようだ。そうでなければ、ウェルの作った料理をこんなに美味しそうに食べられるはずがない。

 いや、ウェルの料理が不味そうに思えるのは、見た目のせいも大きい。見えさえしなければ、食べられる……のかもしれない。


「お腹すいてたのか。それで、機嫌が悪かったんだな」

「主人、もう突っ込まなくていいカー?」


 魚を一匹食べ終えた少女は、顔を歪めて涙を流し始めた。


「まさか、神仏の敵にこのような情けを受けることになろうとは……」


 悔しくてたまらない、といった泣き方だった。


「やっぱり喋れるんじゃないか。そろそろ、事情を話してくれても良い頃だと思うけど。なんで私が、神仏の敵なのさ」

「それは神の御使いを捕らえるなど、言語道断の行いをするからだ」


 ウェルは首をかしげた。言葉はわかるのに、少女が何を言っているのかわからなかったのである。


「えっと、神の御使いっていうのは?」

「とぼけるな! 白いカラスは、神使しんしであられる。その導きを遮り、あろうことか捕らえるなど、人の道に背く外道ッ!」


 ウェルとクーガーは顔を見合わせ、それから大口を開けて笑い転げた。


「な、なにがおかしい!」


 少女は顔を真っ赤にして吼える。


「ごめんごめん、東洋にはそういう信仰があったんだなーって思ってさ。すると、君はその白いカラスを神様の導きに違いないと思って、追いかけてここまでやってきたってこと?」

「左様。示された道に従い、ここへ至った」

「やっぱりクーガーを追いかけてここまで来ちゃったんじゃないか」

「そ、そんな。ちゃんと見つからないように飛んだつもりだガー! 主人だって、結界破られちゃってるじゃないカー」

「……そう、それを言われると痛いんだよ。自信作だったんだけどな。この子が結界を破るくらいに強い思いを持っていたってことだろうけれど……まさか、神の使いに導かれたと思ってここにきちゃうなんてねえ」


 とんだ皮肉だ、とウェルは心の中で付け足した。神の導きだと思って追ってきたら、災厄の魔法使いと忌み嫌われている人の所にたどり着いてしまうなんて。


「さて、誤解を解いておこうか。まず、このカラスだけど、今は白いけど本当は真っ黒なんだ。ちょっと魔法で遊んで白くしちゃっただけ」

「魔法……?」

「東洋ではあんまり研究が進んでないんだっけ。まあともかくさ、このカラスは本当は黒いんだよ。だから、神の使いでもなんでもない」

「あなたは魔法使いだったのですか?」

「え、いやいや、気づいてなかったの?! 魔法じゃなきゃ、目を見えなくさせるなんてできないよね?! っていうかさっき魔方陣描いたよね?!」

「主人……魔方陣のことも知らないのカーもしれない。もう説明するより、見せた方が早いと思うんだガー」


 クーガーが口を挟む。『ルウの槍』の効果が切れたときに、クーガーを黒いカラスに戻してみせれば、少女も納得するはずだ。それにクーガーは一刻も早く黒いカラスに戻りたいようである。


 しぶしぶ、と言った感じでウェルは地面に魔方陣を描き始めた。


「あーあ、また魚冷めちゃう……」


 愚痴を挟みながら、二、三十分ほどでウェルはクーガーを中心に魔方陣を描いた。


「いいね、ちゃんと見ててね」


 少女の眼に光が戻ったのを確認して、最後の文字を書き足す。


「我がしもべに、まことなる常闇の色を戻せ」


 地面に描かれた魔法陣が浮かび上がり、クーガーを包み込み、次の瞬間には黒いカラスに戻っていた。夜の闇に紛れて、おぼろげな輪郭しか見えなくなる。


「やっと戻れたカー」


 クーガーは満足そうに自分の両側の羽根を確認する。


「どう、これで納得した?」


 少女はしばらく呆然と、黒く戻ったクーガーを見ていた。


「本当に……」

「ん?」

「本当に、魔法使いであられたのですね」


 縄で縛られたまま、少女は器用に正座して、額を地面にこすりつけた。


「やはり神の導きでありました。まさか、西の国にたどり着いて、こんなにも早く魔法使いにお会いできるなど、そうとしか思えません! どうか、どうか私に魔法をご教授ください」

「ちょ、ちょ、ちょっとまって!」


 ウェルは珍しくたじろぎ、二歩、三歩と少女から距離を取った。少女はちらりと顔を上げてウェルの姿を確認すると「何卒! 何卒!」と言って再び地面に頭をこすりつける。

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災厄の魔法使いと、緑の魔女。 さくも @sakumo

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