第3話 彼女からの申し出が予想外だった件
「今日、バレンタインデーだね」
いつもと違い、自然と言葉少なになる下校途中の道。
今日は朝からどうにも落ち着かなかった。
いつ、おはぎをくれるのかな、と。
いつもは無い手提げ袋があるから、そこに入っているのは検討がついていた。
もうひとつの手提げ袋に入っているのは、配り終えた義理チョコ。
デザインが洋風と和風で違うから一目でわかる。
でも、登校の時は、いっこうに話を切り出す気配がなかった。
じゃあ、昼休みかと言えばそれもなし。
放課後になって、いい加減僕の方から焦れて話を切り出したというわけ。
「うん、バレンタインデー、だね」
しかし、返ってきたのは、なんとも心ここにあらずといった様子な言葉。
何か言葉に出来ない違和感がある。
昨日のあの言い回しは、「告白してくれるんだよね?」「うん」
という意味だと思ってたけど、ひょっとして僕のとんでもない勘違い?
でも、あの手提げ袋は、周りに配る義理チョコを入れるのとは違うのも確か。
と考えて、僕はある思い違いの可能性に気がついた。
「想像してる通り、義理おはぎくれるんだよね」「うん」
というやり取りであったかもしれないのだ。
そう考えると、今朝から様子に違和感があった理由も検討がつく。
僕が何やら挙動不審でそわそわしてたら、彼女も落ち着かないだろう。
それが違和感の原因かと納得。
「あ、あのさ、僕、どうも凄い思い違いしてたかもしれないんだけどさ……」
告白されると思っていたのから一転、憂鬱な気持ちになる。
でも、ちゃんと聞いておかないと。
「ひょっとして、その紙袋に入ってるのって、いつもの義理のやつ、だったり?」
ずばりを言ってしまうのは気が引けて、なんとも曖昧な言い方になってしまう。
「え、ええ?義理じゃない、義理じゃないよ、ほ、本命だってば!」
ビクっとした後、あわあわと弁解し出す麻里。
え?やっぱり本命だったの?
「そ、そっか。ほっとしたよ。とんでもない勘違い男になったかと焦った」
「たーくん、それくらい信用して欲しいんだけど」
「面目ない」
長い付き合いの彼女を信じられなくなったのは、情けない。
でも、少し言い訳をするなら、麻里の様子が変なのも悪い。
「とにかく、はい。これ」
手提げ袋を渡してくる。中から出てきたのは、やはりおはぎの包み。
「えーと、この、おはぎ中央の❤マークは?」
「そ、その。好きの気持ちを表してみたの。変、だった?」
「いや、変じゃない。ありがとう。凄く嬉しいよ」
これで、晴れて彼氏彼女か……。そう思うと、なんだか感動が広がっていく。
「それで、その……。今日、後で、たーくんの家に行っていい?」
「ぼ、僕の家?そりゃ、いいけど」
どうにも気持ちが落ち着かない。
そりゃ、嬉しいんだけど、一体何をすればいいんだろう。
「その……。大事なお話があるから。お祖母様も含めて」
「ばあちゃん?ど、どういうこと?」
二人きりで、いちゃいちゃしたいという事かと思ったのだけど。
まさかの、ばあちゃん同伴?
「とにかく、きちんとしておきたいから」
「あ、そうか。ちゃんと、報告はしておきたいよね。了解」
けじめをつけたがる彼女のことだ。
僕とお付き合いをさせていただくことになりましたと。
そう言いたいんだろう。ようやく納得が行った。
「う、うん。じゃあ、後で着替えてから行くから」
「じゃあ、待ってる……着替えて?」
その意図を問う前に、隣の家にさっさと入ってしまう麻里。
「ただいま、ばあちゃん」
「おかえり、タカちゃん。どうしたんだい?なんだか、そわそわして」
「ええと、実は、麻里に告白されたんだけどさ」
「そりゃ良かったじゃないの。こりゃ、ひ孫の顔が見られる日も遠くないかもねえ」
「先走り過ぎだって。で、麻里がちゃんと報告したいんだって、ばあちゃんに」
「それで落ち着きがなかったのかい。あの子も、生真面目だからねえ」
と苦笑いするばあちゃん。
いつもの通り、仏壇でお参りを済ませた後、部屋で普段着に着替えて居間に行く。
しばらくすると、遠くから、がらがらーと引き戸を開ける音がする。
あ、ようやく来たのかな。たっぷり、30分くらい待った気がするんだけど。
「お邪魔します、お祖母様」
「ああ、遠慮せずお上がり……って、どうしたんだい?その服装は」
「その辺りも含めて、後でお話します」
遠くから、そんな声が聞こえてくる。
服装?ばあちゃんが何か驚くようなものだろうか。
と、居間に現れた彼女は、立派な和装をしていた。
初詣とかで見るよりももっと立派なやつ。
え、一体、何が起こってるの?
「ま、まず。今日はお時間をくださり、ありがとうございます」
何やら、やたら丁寧にお辞儀をされる。
「いや、別に遊びに来るのはよくあることでしょ。ど、どうしたの、一体?」
僕としては、何が何やらで混乱状態だ。
「落ち着きなさい、タカちゃん」
「そ、そうだね。ばあちゃん」
諭されて、僕も少し冷静になる。
考えてみれば、何やら仰々しい格好をしてきたというだけのこと。
落ち着いて対応すればいい。うん。そのはずだ。
「今日はお祖母様に一つお願いがあって、こうして来ました」
「お願い?お付き合いの報告じゃなくて?」
「それもあるんだけど、もっと重要な話があるから」
ふと、よく見ると彼女の顔は真っ赤だ。うなじまで赤い。
羞恥が顔に出る彼女だけど、ここまでのはなかなか無い。
「今日はお祖母様に、たーくん、いえ、隆信君と、結婚を前提とした交際を認めてもらいたくて、ですね。それで、私もどんな服装をすればいいかわからなかったのですが、一番フォーマルな服ということで、こういう形になりました」
結婚を前提。その言葉で、今までの疑問が全て氷解した。
なんで、バレンタインデーの前に気持ちを確かめたのか。
そして、今日のやたら落ち着かない様子も。
そんなことのためだと思うと、とても可愛らしく思える。
思わず、噴き出してしまいそうになるくらい。
「麻里ちゃんも、昔から、生真面目なのかずれてるのかよくわからない子だったけど……まさか、そんなことだとはねえ」
ばあちゃんも、さすがに驚きを通り越して、くすくすと笑っている。
僕も笑いたいくらいなんだけど、真剣な麻里の手前、悪いから我慢している。
「それで、どうでしょうか?認めていただけるでしょうか?」
緊張した面持ちで、僕とばあちゃんの方を見る麻里。
「そりゃあもう、麻里ちゃんみたいないい子が、タカちゃんの嫁になってくれるなら願ったりかなったりだよ」
笑いながら、そんな事をいうばあちゃん。
「僕も、麻里が……その、お嫁さんになってくれるなら。こちらこそ、よろしく」
やっぱり少し可笑しな気持ちになりながら、頭を下げる。
ふと、塞ぎ込んでいた一時の光景が脳裏に浮かぶ。
「結婚して、たーくんの側にいる。ずっと、ずっと、一緒だから」
そう、泣きそうな顔で誓ってくれた彼女の顔。
ああ、そうか。今更気づいた。ひょっとして……。
「ねえ、麻里。結婚を前提にっていうのさ、ひょっとして、小5の時の……」
告白して、即結婚を前提になんて、ちょっと変だと思っていた。
でも、そうだとすると、少し納得が行った気がする。
「そうだよ。ずっと、約束、果たしたかった。もちろん、好きだったからだよ?」
微笑みながら言う彼女の少し涙ぐんだ笑顔を見て、幸せな気持ちが広がっていく。
天国にいる……かもしれない、父さん。母さん。
春が来たなんて、報告したけど、それどころじゃなかったみたいだ。
こんなに早く、婚約者が出来ちゃったよ。
お相手は、父さんたちも何度かあったあの子。
生真面目でちょっとずれていて、でも、とても優しい彼女。
天国というものがあるのかどうか僕にはわからない。
でも、そんな想いが届けばいいと、僕はただ思っていた。
清楚一途な幼馴染と家族が欲しかった僕 久野真一 @kuno1234
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