第2話 彼のためにおはぎを作りながら考え事をする私

「ただいま」


 玄関で靴を脱いで、いつものように挨拶をする。

 さて、今日はこれからが本番だ。色々はりきらなくっちゃ。


 部屋に戻って、制服から普段着に着替えてから台所に直行。


「あら、麻里。今回も?精が出るわね」


 くすっと笑いながら、お母様が言う。


「うん。明日のは、本命だから、力、入れないと」


 結局、フライングでたーくんの気持ちを確かめてしまった。

 心の中は嬉しい気持ちでいっぱいだ。

 でも、だからこそ、手抜きは出来ない。

 それに、明日はそれだけではなく、もっと重要なことがあるのだ。


「そう。想いが通じるといいわね」

「実は、もう通じちゃったんだけど」


 こういうのをのろけ、というのだろうか。

 つい、言ってしまった。


「あら、ひょっとして、今日に?」


 一瞬びっくりしたお母様だけど、すぐ状況を把握したらしい。


「うん。待ちきれなくて、先に気持ち、確かめちゃった」


 学校では、何やら大和撫子ということで通っているらしい私。

 そんな私の、とびっきりの欠点はせっかちなところだ。

 本当は、バレンタインデーに気持ちを確かめるつもりだった。

 でも、待ちきれなくて、今日、それとなく気持ちを確かめてしまった。


「麻里もまたせっかちなんだから。でも、おめでとう。良かったわね」

「うん。でも、その分、おはぎはしっかり作らないと」

「麻里も変わらないわね。信子のぶこさんの影響だったかしら」

「うん。いつも信子お祖母様、おはぎを作ってくれたから」


 私とたーくんの間で恒例となったバレンタインおはぎ。

 そのきっかけとなったのは、たーくんのお祖母様。

 彼と仲良くなって遊びに行くようになってからのこと。

 信子お祖母様は、いっつもおはぎを出してくれていたのだ。

 そこから着想したのが、バレンタインおはぎ。


「ところで、お母様。一つ、話を聞いてもらっていいかな?」

「のろけならいくらでも聞くわよ?」


 悪戯めいた微笑みでからかってくるお母様。

 でも、本題はそんなことではないのだ。


「たーくんと、結婚を前提にお付き合いしたいって言ったら……どうする?」

「……」


 さすがのお母様も目を白黒とさせていた。

 そうだよね。私だって、唐突だというのはわかっているのだ。


「それ、隆信たかのぶ君には既に言ってあるの?」

「ううん。明日、おはぎを渡した後に、言おうと思ってるの」


 そんな事を考えながらも、おはぎを作る手が動くのは不思議だ。


「普通なら、もうちょっと落ち着きなさいって言うところでしょうね」

「うん。そうだと思う。普通は」


 私だって、お付き合いと同時に、結婚を前提にとか重い女だと思う。

 でも……。


「でも、いいんじゃないかしら」

「そ、そう?」

「私たちがこうして呑気におしゃべりしてられるのも、隆信君のおかげだものね」

「そっか。お母様もやっぱり、そう思ってたんだ」


 私の家庭は、良いところの家庭らしく、小さい頃から色々な習い事をさせられて来た。水泳、ピアノ、華道、などなど。子ども心に、習い事で束縛された日々はうんざりしたものだったけど、でも、お母様もお父様も私のためを思ってくれている。そう思うと、嫌だ、やめたい、と素直に言うことが出来なかった。


 たーくんと仲良くなったある日の帰り道、私はその事の愚痴をもらしたのだった。


「いつも、いつも、習い事ばっかりで、うんざりするの……」


 なんて。それを聞いた彼はといえば、目の色を変えて、私の家に直行。

 私が習い事を嫌だと思っていることを、切々と私達の両親に訴えかけたのだった。

 たーくんの熱弁に最初は、ふたりともびっくりしていたけど、


「そうなの?麻里」


 お母様にそう問われて、私は初めて、


「うん。どれも、本当はあまり好きじゃないの。ごめんなさい」


 そう、私自身の気持ちを伝えることが出来たのだった。

 結局、その日の夜、家族会議が開かれて、習い事はなしということになった。

 その日以来、お母様もお父様も私の気持ちを大事にしてくれるようになった。

 私もお母様やお父様に素直に気持ちを伝えられるようになった。


 それだけでも、彼には返しきれない恩を背負ってしまったと思う。

 それに、彼は自覚していないみたいだけど。

 いつも、はっきりと自分の意見をもっている姿は子ども心に憧れだった。


 そんな彼と私の関係がまた変わったのは、小学校5年生の頃。

 たーくんの両親が長期出張先で亡くなってからだ。

 それからしばらくの間、彼は塞ぎ込んでしまった。

 私も、たーくんの両親と会ったのは2回程だったけど、悲しかった。

 でも、それ以上に悲しいだろう彼を見ていられなかった。


 彼は、縁側でいつも、なんで、父さんが、母さんが……

 と嘆いていた。無理もないことだと思う。

 私だって、同じ目にあったら平静ではいられなかっただろう。


 だから、いい慰めの言葉もかけられず、ただ、横に居て話を聞くだけだった。

 でも、一つだけ、とても胸が痛かった言葉があった。


「皆、僕を置いて、居なくなっちゃうのかな。麻里ちゃんも、きっと……」


 仲良くなれたと思っていた彼にそう言われるのはとても辛かった。

 だから、つい、反射的に


「私は絶対、絶対、居なくならない!」


 そう、興奮気味にまくしたてたのだった。


「でも、麻里ちゃんだって、いつかはきっと別の道を行くときが来るよ」


 私の必死の言葉にも、彼はどこか悟ったような返事。


「ううん。本気の本気だから。信じられないなら、約束しよう?」

「約束?」

「うん。結婚して、たーくんの側にいる。ずっと、ずっと、一緒だから」


 当時、小5の私に結婚の重みなんてものはわかるはずもなかった。

 でも、いっしょにいる約束と来て思いついたのがそれしかなかった。


「そっか。約束、しよっか」

「うん。約束だから」

「でも、僕は覚えてるけど、麻里ちゃんは破ってくれてもいいから」

「絶対に破らない!」

「でも、きっと、数年経ったら忘れてるよ」

「ううん。絶対に、絶対に忘れない!」


 珍しくムキになった私に対して、彼も意地になったのか、

 「忘れてるよ」「忘れない」と言い合ったのを覚えている。

  

 あの時の事は、振り返れば、意地の張り合いだったと思う。

 あの時の気持ちと今の気持ちは少し違うけど、それでも。

 それでも、私にとっては、とても重要な約束になった。 

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