清楚一途な幼馴染と家族が欲しかった僕

久野真一

第1話 彼女が明日、僕の家に来たいと言った件について

「たーくん、明日、少し時間ある、かな?」


 隣を歩く麻里まりが、相変わらずな生真面目な顔を向けて聞いてきた。

 時は冬。マフラーを巻いて冬用の制服を着た彼女は綺麗で可愛らしい。

 トレードマークの背中まで伸ばした黒髪が風にたなびく。

 両親の影響か、背筋がびしっと伸びていて、所作もいちいち様になる。

 吊り目なところが、初見ではきつい印象を与えることもあるけど、優しい彼女。

 僕の名前が松井隆信まついたかのぶなので、たーくんだ。


「明日?って、その……」


 一瞬、次の言葉が出てこなかった。

 それもそのはず。今日は2月13日。バレンタインデー前日だ。


「うん。明日は2月14日。バレンタインデー」


 穏やかな口調。でも、その言葉には強い意思が感じられた。

 彼女の名前は新井麻里あらいまり

 僕がばーちゃんの家に預けられて以来の仲。

 同い年で同じ高校に通っている僕と彼女だけど、その関係は少し特殊だ。

 

「もちろん、別に構わないよ。あ、ひょっとして、義理おはぎ、くれる気?」


 チキンな僕は、先回りして少しおどけて言う。

 麻里は毎年、僕に「義理だけど」と言って、おはぎをくれる。

 チョコではなく、おはぎな辺りが彼女流だ。


「そういうのじゃなくて、もっと重要な話なんだけど」


 上気した顔で、珍しく、緊張した様子で僕を横目でちらちらと見て来る。

 これは……ひょっとして、本命おはぎを期待していい流れ?


「わかった。ちゃんと聞くよ。でも……明日じゃないといけないこと?」


 かなり遠回りな言い方で意図を探る。

 もっと堂々と聞けたらいいのに、と思うけど、性分だ。


「うん。重要な話だから」


 やっぱり少し緊張した様子で言う麻里。

 

「つまり、明日はバレンタインデーなわけだから……」


 僕は何を言っているのだろう。

 彼女が明日、重要な話をすると言っているのだ。

 なら必要な事は待ってあげる事のはず。なのに、先走ってしまうなんて。


「たーくんの想像する通り、だと思う。たーくんはその、どう、かな?」


 頬を染めて言う彼女はとても可愛らしくて、思わず見惚れてしまう。

 でも、僕の空気読めない質問に生真面目に答えてしまうのは、麻里らしい。


「あ、うん。僕も、そうなれたら、いいな、と思ってる」


 小学校3年生の時にこちらに来た僕。

 麻里とはそれ以来の仲だけど、この言葉の意図がわからない程鈍感ではない。

 だから、遠回しに、肯定の返事を返す。


「そっか。良かった。明日はその、期待してて欲しいな」


 立ち居振る舞いが清楚な上に、可愛くて気立ても良い。

 そんな彼女に、事実上告白されている事に僕の頭はぷすぷすと言っている。


「う、うん。期待してる」


 世間でいう幼馴染の関係というのを僕はよくわからない。

 生まれた時から一緒なわけでもないし、出会った経緯も少し複雑だ。

 でも、なんとなく彼女が嬉しいのはわかってしまう。

 そんなくらいには、二人で長い時間を過ごして来た。


◇◇◇◇


「ばーちゃん、ただいまー」


 やけに広い邸宅の、引き戸をガラガラと開けて、帰宅を告げる。


「おかえりなさい、タカちゃん」


 優しげな声で出迎えるのは、ばーちゃんだ。

 本名は、松井信子まついのぶこと言う。

 でも、僕が本名を呼ぶことは普通はない。


「ばーちゃん、いつも言ってるけど、高校生にもなって、タカちゃんは……」


 ばーちゃんには、海外転勤した父さんたちに代わって育ててくれた恩がある。

 それに、ばーちゃんにしてみれば、孫である僕が昔から可愛かったらしい。

 だから、そう呼ぶ気持ちもわかるのだけど。

 でも、親代わりの人にそう呼ばれるのは恥ずかしい。


「はいはい。じゃあ、タカ。おやつ、おいておくから」


 放課後、帰ってくるとばーちゃんはいつもおやつを準備してくれている。

 暇を持て余しているから、孫のためには、そのくらいしたい、のだそうだ。


「うん、ありがと。後で食べておくよ」

 

 それだけ言って、自室に引っ込む前に……と。

 廊下の奥にある仏壇の前に座って、鈴棒りんぼうを叩く。

 ちーん、と静かな音が鳴り響く。


「父さん、母さん、僕は今日も元気でやってるよ」


 目をつむりながら、静かに、今は居ない父さんたちに語りかける。

 天国、なんてものがあるといいんだけど、どうなんだろう。


「それと、たぶんだけど、僕にも春が来たみたい」


 なんて、ちょっとニヤつきながら、報告をする。

 あの言いようだと、明日、正式にお付き合いの申し込みが来るに違いない。

 彼女は少しせっかちなところがある。

 だから、バレンタインデーの前に、先に意思を確かめておきたかったのだろう。

 男の僕から先に告白出来なかったのが、少し情けないけど。


「だから、安心して見守ってて欲しい」


 それだけ言って、立ち上がって部屋に戻る。


 部屋に戻った僕は、布団に寝っ転がって、少し昔の事を振り返る。

 麻里が、明日……というのもあるかもしれない。

 少し、物思いにふけりたくなったのだ。


◇◇◇◇


 僕を産んだ母さん、それに父さんは普通の会社員だった。

 少し違うのは、父さんが発展途上国のインフラ整備の仕事をしていたこと。


 そんな特殊な仕事故か、僕が小学校3年生の頃、父さんは東南アジアのとある国に長期出張する事になった。最初は、父さんは単身赴任するつもりだったらしいけど、治安がそれほど良くないところだし、と母さんは一緒に行くことを譲らなかった。


 ただ、問題だったのは、当時小3だった僕の扱いだ。そんな所に子どもを連れていくのには、父さんたちも躊躇いがあったらしい。


 そこに助け舟を出したのが僕のばーちゃん。正確には父方の祖母だ。


「母さん、申し出はありがたいのだけど……」

「大事な仕事なんでしょ?行ってらっしゃいな。タカちゃんは面倒見ておくから」

「……恩に着るよ、母さん」

「本当にありがとうございます、お義母さん」


 そんなやり取りを父さんたちとばーちゃんがしていたのを覚えている。


 というわけで、郊外にある邸宅を構えるばーちゃんの家に引き取られることになった僕。ただ、それはそれとして、転校する必要があったし、ばーちゃんの家から新しい小学校まで歩いて15分、さらにバスで20分と少し遠い。


 僕が通うことになった、小学校のクラスメートは、大半が家の近所から通っている奴で、僕みたいに少し離れたところから通っているやつは少なかった。だから、子どもながらに不安でいっぱいだったけど、ばーちゃんの家の隣に住む、やっぱり大きな家の子だった麻里とは、お互いに近くに同年代の子どもが居ない同士ということで、すぐに仲良くなった。


 それ以来、テレビゲームに外遊び、それに、一緒に勉強をしたり。そんな風に仲を深めた僕たちだけど、彼女はいつも生真面目で、ゲームをやる時も、大真面目にゲームシステムや遊び方などを探求する。彼女のお父さんとお母さんは「物事には真面目に取り組むように」といつも言っていたようだから、その影響みたいだけど、ゲームの操作方法を大真面目に聞いてくる彼女が、どこか可愛らしく、最初から淡い想いを抱いていたように思う。


 そんな、少し特殊な境遇故の仲の良さは、僕らが中学になっても、高校になっても変わらなかった。ただ、成長していくにつれ、女性らしく丸みを帯びた体つきになって行く彼女に、異性としての興味を覚えるのにそう時間はかからなかった。


 ただ、真面目に友達として接してくれている彼女をそんな目で見るのは何かやましい事をしているような気がしたし、彼女が僕の事を男としてどう見てくれているか、イマイチ自信が持てなかったので、これまで進展なし。


 そんな間柄だった僕たちだけど、麻里の言いたいことを読み間違えていなければ、明日は告白をしてくれる、らしい。それは僕が望んでいたことでもあるけど、なんだか現実感がなくて、「ひょっとして、僕はとんでもない勘違いをしているんじゃないのか?」と思ってしまう。


(でも、どうして、麻里は僕の事を好きになってくれたのかな)


 もちろん、お互いに仲良くしてきたとは思っている。でも、麻里はいつもしっかりしていて、どちらかというと助けられた事が多いのは僕の方だった。


 特に、父さんたちが現地で死亡したと聞いたときには、本当に助けられた。

 あれは、確か小学校5年生の頃。

 父さんたちが亡くなった時の事は、今でも鮮明に覚えている。


 父さんが出張に行った国は、現地でも紛争が絶えない国だった。

 そんな中で、現地武装勢力同士の交戦に巻き込まれて、二人は倒れたのだった。

 

 現地邦人が殺害されたということで、ニュースになったのも覚えている。


 そんな、あまり無いであろう形で両親を失った僕。

 父さんたちには会えないんだなあ、そんな事を漠然と悟ったのを覚えている。

 そして、僕は、それ以来しばらく塞ぎ込みがちになった。


 学校から帰れば、縁側で座りながら考え事にふけるのを繰り返す毎日。

 そんな中、ただ、静かに寄り添ってくれたのが麻里だった。


「父さんたちは、なんで死なないといけなかったのかな……」

「うん。なんでだろうね……」


 もう終わったことで、仕方のない問いを繰り返す僕。

 そんな塞ぎ込んだ僕に、麻里はただただ寄り添ってくれた。


 そんな優しさに、いつか僕は惹かれていたのだと思う。

 だからこそ、なぜ、と少し思ってしまう。

 ただ、助けられていただけの僕をどうして好きになってくれたのだろうかと。

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