砂場の城
王生らてぃ
本文
「えーえん、えーえん、えーえん」
公園で変な泣き方をしている子どもがいた。その時、同い年くらいで、ふつうにいい子だったわたしは、妙な正義感のままにその子に声をかけた。
髪がとても長くて、細い女の子だった。
「どうして泣いてるの? 一緒に遊ぼう?」
「いいの?」
「あそこに砂場があるから、おままごとしましょう」
「うん」
それからわたしたちは毎日のように一緒に遊んだ。女の子の名前は、とわ。いつもひとりで公園に来ていて、暗くなるまでずっとそこにいて、わたしがもう遅いから帰るねと言っても、ここで待ってるからと行ってわたしより先に帰ったことがない。
毎日砂場で遊んでいたわたしたちの建築スキルは日に日に成長していき、ついには二階建ての秘密基地を作るに至った。
「ずっと一緒に遊んでね」
「うん。やくそくだよ」
「やくそく……」
ところが砂の城は突然の風雨で崩れてしまい、一日だけの栄光が消え去った。そしてわたしは小学生になり、公園で遊ぶこともなくなり、とわのこともだんだん忘れていった。
「飛鳥ちゃん……」
そうして成長して、小学校を卒業して、中学生になりそうな時、久しぶりに夢でとわのことを見た。あの時とは違って、同じくらいまで成長した姿だったけれど、ほっそりした身体と長い髪の毛が印象的で、すぐにとわだとわかった。
「ひさしぶり。今日は何して遊ぼうか?」
「ひどいよ、飛鳥ちゃん……」
「え?」
「わたし、ずっと待ってたのに……あの砂場で……でも、全然来てくれないから……」
とわは、初めて会った時のようにめそめそと泣き出した。
「えーえん、えーえん……」
「ごめん……」
「あの砂のお城、ずっと綺麗にして待ってたんだよ……?」
「え? あの城はだって……」
ふと気がつくと、わたしは記憶から記憶へ、跳躍を果たしていたのだ。目の前にはあの時と同じ砂の城があった。
「ゆるさない。約束やぶり。うそつき」
目を真っ赤に腫らしたとわが、わたしのことをじっと長い前髪越しに睨みつけていた。
「飛鳥ちゃんはわたしとずっと一緒に遊ぶの。ずーっと、ずぅーっと一緒に」
「ずっと?」
「うん。ずっと」
えーえん、えーえん、えーえん……
風に電線が唸る音だ。
えーえん、えーえん、えーえん……
猫があくびをしている。
えーえん、えーえん、えーえん……
砂のお城が、風でちょっとずつ綻んでいく。
「そっちのタワーを直さないとね」
「いいね。あと、こっちにバルコニーもつけたいんだけど」
「いいねー」
「でも、そろそろご飯にしようか」
「うん」
「そしたら、ちょっとお昼寝して……それからタワーを直そう」
「三階もそろそろ完成するね」
「ふわ……」
「もう、ちゃんと話きいてる?」
「きいてるよ、ごめん。なんだか、ずっと遊んでいる気がするから……疲れちゃったのかな……」
「ずっと遊ぼうよ。ううん、ずっと遊んでいるから、わたしたち、ちっとも遊んでいないのとおんなじだよ」
「え?」
「飛鳥ちゃんだいすき」
とわがわたしにハグすると、時間が止まってしまったみたいに、お城の中で、頭がぼーっとしてくる。
えーえん、えーえん、えーえん。
「どうしたの、飛鳥? 泣いているの?」 「うん……」
「どうして……?」
「あくびが……ふわわわ」
昨日も遊んで、今日も遊んで、また明日も遊ぼう。明日は、また同じことを思うのだろう。昨日? 明日? そういえば、最後に星空を見たのはいつだろう?
星空?
それって、この砂場の砂の中で、太陽の光できらきらするもののことだ。わたしは、なにか大切なことを忘れているのかもしれない。
「飛鳥ちゃん、だいすきだって言って」
「えー。どうしたの急に」
「言って」
「だいすき。とわ、だいすき……」
えーえん、えーえん、えーえん……
また何かの音が砂の城まで聴こえてきた。
砂場の城 王生らてぃ @lathi_ikurumi
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