第2話 不幸中の幸い
――
「迷宮は生きている」「迷宮も魔物の一種だ」「迷宮こそ人のいるべき場所だ」
冒険者はこのように述べる者もいる
いずれにせよ尋常ならざる場所には違いない
でなければ
ありえないことだ
つまり、迷宮とは、ある意味別の世界と捉えるべきだ
さもなければ、まともであり続けることなどできないであろう
――
穴に落ちてからしばらく経ち、分かったことがある。
どうやらここは未探査領域のようだ。まさか家路の真下がそんなところだとは思うまい――なじみの酒場の地下に古代の宝物庫があるようなものだ。誰も想像しまい。
未探査領域はまさにハイリスクハイリターンだ。迷宮は壁一枚隔てるだけで難易度が段違いになることもあるとか。剣も握ったことのない新参者でも余裕で攻略できるところもあれば、討伐体を組まなくては到底突破できないこともあるという。
幸いにも、装備に破損は見られなかった。不幸中の幸いというものだ。
俺の愛剣――バスタードソードも折れちゃいない。長さと重さがウリのこの剣がなきゃ何も始まらないが、背中に背負っている為高所から落ちれば破損もありえた。武器の耐久度も無限じゃない。磨かれた剣術がなくとも、魔物にはある程度の速さと威力があれば大抵は通じるこいつが自分には合っていた。が、少々乱暴に扱っているからか、度々折れることがあった。しかし今回の探索ではそこまで戦闘も多くなく、脱出するまでは持つだろう…この探索では労わってやるか。
しかし、冒険者たるもの、やはり期待を抑えられない。なぜか迷宮で散見される宝物――お決まりの丈夫でいかにもな木の箱に納められている――には、何が入っているか全く想像がつかないからだ。ナイフ一本で倒せるような低級魔物が守っていたかと思いきや、内部には神話級の魔剣が納められていたなんて逸話もある。
これだから冒険者はやめられない。割に合わないこともあるが、未知に挑むスリルは何にもかえらえない。突然のこの状況に久々に冷汗をかいたモンだが、日々目の当たりにする怪異、魔物には飽きる気配がない。
俺はこういう瞬間の為に命を懸けてきたんだ。
そう弾む気持ちを抱きつつも、とはいえ生きて帰ることが先決だと言い聞かせた。
――
迷宮には1つ以上の❝特徴❞があるという。
ある迷宮では物を投げるとものすごく遠くまで飛ぶだとか、火の勢いがいつもより増すといった、不可思議な現象が報告されている。迷宮の見た目からは判別できない為、いつその❝特徴❞が発現するか、実験をしなければならない。俺もそれなりに長く潜っているから、一定の禁則事項――地上の当たり前を信じること――さえ破らなければ何とかなるものだ。
だがこの迷宮に迷い込んでからことあるごとに色々試しているが、どうにも法則性がつかめない。迷宮の特徴で「何もない」ということは今まで一度もなかった。
あまり時間をロスすることはできないので、魔物と戦闘になった際や罠を回避する際に色々試してみたものの、やはり判断がつかない。
どの迷宮にも現れるスケルトン――こいつらは元冒険者なのか元々こういう奴らなのかはいまだに分からない――と対峙した時、試しに近くに落ちていた壁の破片を投げつけてみた。だが、結果は地上と同じだ。ヒョイとぶつけても当たって落ちるだけだった。
以前何気なしに投げたつもりが、石が突然爆発を起こして危うく死にそうになったということがあった。あの迷宮は「落ちたものが爆発する」という危険極まりない迷宮で、直ちに封鎖になったと記憶している。まさか石が光りだし、空間が歪む瞬間が見えるなど、誰も予期できぬことだろう。以来、ただの石ころであっても、迷宮であればそれは「迷宮の石」であると再認識したものだ。
たびたび遭遇するスケルトンをいつものように吹き飛ばしつつ、小一時間ぐらいが経った。だが一向に出口のようなものは見えないし、特徴もつかめていない。
ついでに宝物も見当たらず、代わり映えのない土のレンガの通路が続いていた。時折迷路のようになっているものの、突き当りには何もなく、罠も設置されておらず、
段々と焦りを感じてきた。
なんというか、この迷宮は未完成のようにさえ思えてきた。魔物も単調でスケルトンしか出てこず、距離感を全く感じられない――。
たいてい迷宮というのはいたずらに冒険者を苦しめる❝特徴❞がある――有効活用できることはまれだ。だが、ここは何も見当たらないような…
ふと、「幻の迷宮」の話を思い出す。
その名の通りその迷宮は実際には存在せず、冒険者は魔物により幻術をかけられ、とっくのとうにグールにさせられていた――というものだ。
そうである可能性は否定できない。墜落して気絶している間に術をかけられていることも十分あり得る。だが、その仮説はあとにしておこう。
その証拠に、やっと現れた一つの変化があった。
人影だ。
薄暗い迷宮の中、遠くにいる為シルエットしか見えないが、スラリと高い身長の印象を受ける。スケルトンより一回り大きく武装した魔物、スケルトンナイトかもしれない。だが鎧の音がしない。スケルトンナイトではないのか…?
松明の火を消し、気配を殺す。用心した方がいいだろう。いずれにせよ、素振りにも飽きてきたところだ。大剣を背中から抜く。
だいぶぶっ飛ばしてきたがまだまだ大丈夫だろう。
いよいよその姿が露わになってきた。チャンスなことに向こうを向いて歩いている。
ローブのようなものをまとっているようだ…スケルトンではなくリッチなどかもしれない。だが結果は同じことだ。一撃で仕留められる。
――息を止め一気に距離を詰める。肩から相手のつま先まで振り下ろすビジョンを想像する。相手が驚きばっと振り向く。だが遅い!
「悪いな!」
『!!』
光る火花と鳴り響く金属音。ローブの下に鎧を着ていたのか?バスタードソードが大きく後ろに跳ね返えされる。まさか弾かれた?この全力の一撃が?
「何…っ!?」
バスタードソードはその重量で俺を大きくのけぞらせ、胴をがら空きにする。
この状態では刺してくれと言っているようなものだ。ありえない展開に次の判断が遅れる。万事休すとはこのことだ。最悪の事態に備え腹に力を込める。
だが、次に起きたことはまたしても予想外のことだった。
『…ご丁寧な挨拶ですね、冒険者さん』
斬りかかった相手は人間だったのだ。それも携えているものはナイフ一本。
この事実によって導き出される結論は一つ。
人間は人間でも、やつはきっと魔人だ。
不運な君と数多の迷宮 柳 慶智 @YanagiKeichi
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