第4話 因果応報
それからも美香は男を殺し続けた。好感度が最初から高いように見せかけて近づく作戦はどこの世界でも通用するので、取るに足らない男たちばかりで単調な作業が続く。旅の手助けに貰った『秘匿暗幕』スキルの効果は強く、誰にいつ何回鑑定系のスキルを使われたのかまで分かるようになっているので、アプリと合わせればすぐに目標は見つかった。
何せずる賢く意地汚い転生者のことだから、相手の承諾なしに個人情報を平気で覗き見してくる。見れないと知るとかえって魅力的に感じるのか、転生者の方から近づいてくることもある始末だった。
倫理観が壊れている男ばかりで、待ち受けているだろうと思っていた駆け引きや頭脳戦は全く起こらず、二人きりになれる数秒があれば確実に勝てる。警戒心の強い相手でも必ず一人は連れがいるので、そちらと仲良くなってさり気なく化粧の話に持っていき、これ使ってみてよとリップを付けさせれば、直接手をくださずとも勝手に死んでくれる。嫉妬で面倒な展開になることも多いので基本的に女の敵は女だが、女の味方もまた女なのである。
(だーれがこんな屑好きになるかっての、こっちだって選ぶ権利くらいあるわ。可哀想に、考えることも出来なくなっちゃってるんだこの子たちは)
有無を言わさず魅了しまくる転生者に操られ嫉妬に燃える少女たちを心底哀れみ、早く開放してあげなくちゃと意気込み殺すことも珍しくなかった。開放された性奴隷同然の少女たちは、自らの行いを恥じたりスキルに踊らされていたことを悲しんだり、恋心を踏み躙られたことに耐えられず自ら死を選んでしまうのだったが、事の顛末を見る前に転移していく美香はそれを知らない。
唯一ピンチだったのは、男の娘ばかりを集めてハーレムを作っている転生者に出会ったときだ。変身すれば自身にも毒が有効になってしまうし、女とバレれば追放されてしまう。なかなかに警戒心も強く二人きりになれるタイミングを作れず、目標の誕生日パーティでサプライズプレゼントをしようと周りに吹き込み、全員でキスをプレゼントする展開になったことでようやく仕事が終わり、三ヶ月の滞在を終えた。
順調に進む転生者殺しはもはや生活ルーチンの一部になっており、朝起きて顔洗ってご飯を食べて殺すのが普通の日常に。気づけば総額は10億5千万に達し、もはや手放しで遊んで暮らせる十分な金額になっていた。
「神様のところに行きたいな。アプリ、案内して」
「はい。目的地までの案内を開始します」
目の前が真っ暗になってすぐ、最初に来たときと同じ個室に移動した。アシュメドゥールは相変わらず紅茶を嗜んでいる。
「ねぇ、そろそろ日本に帰してくれない? これだけのお金が貯れば、もう遊んでたって暮らせるわ」
美香がやってきたことを知ってか知らずか、アシュメドゥールは何事もなかったかのように飲み干し、カップをソーサーに戻す。
「は? 105人もの命を奪っておいて、自分だけ帰ろうとか甘くない?」
出てきたのは、冷たい刃のように突き刺さる言葉だった。
「ちょっと、約束が違うじゃん! あんなやつら生きててもどうしようもないから、殺しても罪に問われないって言ったじゃん!」
「さてね、そんなこと言った覚えはないよ。毒殺刺殺、絞殺もしたんだねぇ、立派な殺人者だ。元の世界に帰してあげるわけにはいかないよ」
アシュメドゥールは、毒々しい色のマカロンをつまんで口に放り込みながら言った。
「そんなこと言われないためにちゃんとボイスレコーダーが……あれっ、無い! 無くなってる!?」
日本にいた時から手持ちに必ず忍ばせていたはずのボイスレコーダーが、どこを探しても無い。ふと目をやると、アシュメドゥールが左手に持ち、ヒラヒラと振っている。そのまま握りつぶし、わざと見せつけるように床に落とした。
「騙したなクソ神!」
「騙されるのが悪いんだよ、バーカ! アハハハハハハ!!!」
「このっ!」
優雅に座ったまま下品な声で笑うアシュメドゥールを怒りに任せて殴りかかろうとすると身体が勝手に宙に浮き、大理石の床に叩きつけられる。ピアスは外れ、コンパクトはポッケから飛び出し、リップは床を転がっていく。
「うぐっ!」
「マジでボクのこと神様だと思ったの? 名前で気づかれるかと思ったけど、学がない君はわからなかったみたいだね」
目に見えない力で押しつぶされ、床から顔を上げるのが精一杯の美香を路上のゴミのように見下しながら、アシュメドゥールは鼻で笑う。
「それって、どういう……」
「アシュメドゥールはヘブライ語読みに寄せた偽名。ホントの名前はアスモデウス、色欲の悪魔さ」
「悪魔……そんな、じゃあこの契約って」
「そ、最初からニンゲンだけが損をする悪魔の契約さ。まだまだ君には働いてもらわないと困るんだ、ほら次の世界にいってらっしゃ~い」
アスモデウスが指を鳴らすと、美香は声を上げる間もなく異世界に転移させられた。
「人を殺して金儲けだなんて、そんな美味い話があるわけないのに、ニンゲンってやつはいつまで経っても愚かだねぇ。それにしても、今どきの若い子は悪魔の名前も知らないのかぁ。ソロモン72柱を暗唱してた子らのいた時代が一番良かったなぁ」
アスモデウスはやれやれと日本の未来を憂い、またマカロンを口に放り込んだ。
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