第3話 今まで見てきた中で一番最低の男

 美香の心は徐々に麻痺していき、転生者を殺すことに抵抗や不安、緊張を感じることがなくなっていった。というのも、ほとんど楽に殺せてしまえたからであった。コミュ障のまま転生した目標達は、女へのアプローチが壊滅的に下手くそなのだ。


 恋愛というのは出会いから会話を広げ、共に過ごす時間やデートを重ねてお互いを理解していくことだが、転生者たちはどうせ自分は理解してもらえないと努力を嫌がり、そのくせ良い思いをしたいと結果だけを欲するので、賭けに勝ったらパンツを見せろとか、呪いで身体が蝕まれるから、抱きしめてディープキスをしろとか言い始める。裏返せば、性的な視点でなければ女と関わり合いが持てないのだ。


 そんな女のことを性欲処理道具が服を着て歩いているものだと認識している彼らは、美香にとっては鴨がネギを背負って鍋で運ばれてきたようなものである。散々相手をしてきたパパのように過去の栄光を長々と聞かされるよりも、さっさと性的な方に傾いてくれればリップを塗ってキスをしておしまいにできる。確実に急所を刺せるピアスの出番は、殆どない。それで1000万円が口座に振り込まれるのだから、これほど楽なバイトはない。


 しかし、困ったこともあった。異世界を渡り歩ているうちに、剣と魔法のファンタジーにほとほと飽きてしまっていた。最初は魔法があると喜んでいたが、そのどれもを自分は使えないと知ってからは、他人だけが仕える便利グッズ程度にしか思えなくなっていった。広大な自然にも開放感があったが、代わり映えしない景色にうんざりしてしまい、今では感動のかの字も消え去ってしまった。


 文明も現代日本に比べれば遥かに劣っていて、生活は不便極まりない。移動は馬車で尻が痛いし揺れも激しく、数日かかることもある。新幹線のグリーン席なら快適なのにと窓の外を見ても、憎たらしいほど豊かな自然が広がっている。

 電気やネット環境がないので、スマホはカミサマアプリ以外は使えず、移動時間は暇で仕方ない。下水道が完備されておらず、ゆっくり座って用を足せるトイレ、温水便座を心から恋しく思った。


 その上食事は口に合わず、パンとジャムくらいしかまともに食えたものではなかった。たまに美味いと思えることがあっても、転生者が食文化を書き換え日本と同じ味付けにしているからだった。


「もっと考えてから引き受ければよかったかな……」

 予想していたよりも厳しい現実を前にため息を付きながら、目先の金目当てに契約してしまったことを少し悔やんだ。誰も知っている人がいないのは一方で心がとても楽だったが、一方でとても寂しい気持ちになった。

 転生者は碌でもない性欲の煮こごり屑野郎ばかりだったが、付き従う女の子たちは洗脳されていることを除けば良い友人になれた。だがそれも世界を跨げばリセットされる。いつまでもどこまでも、美香は一人ぼっちだ。


「いやいや、あっち戻ったら遊んで暮らせる億万長者なんだから、やるっきゃない。次の目標が好きそうな女の子はっと……」

 何度目かの殺人を迎えるにあたり気を取り直してスマホを取り出し、アプリで標的情報を確認する。この世界ではノエル・ブライトと名乗っているが、本名は瀬戸内裕也。四十三歳で童貞のまま死亡、黒髪ぱっつんロング巨乳メイド好きらしい。既に幼馴染を含めた数人の女性を屋敷で囲って生活をしていると書いてあり、気の毒に思うのだった。


「男って、本っっ当に単純よね。髪の毛が黒くて長けりゃ清楚だと思ってるし、乳はでかけりゃでかいほどいいと思ってる」

 この手の男は何人目だろうと大きなため息をついて、ポケットからコンパクトを取り出す。彼女専用の変身アイテムで、表面にはユニコーンの金細工が彫り込まれている。


「麗しき乙女の純情を汚す男に制裁を! はにぃ☆とらっぷ!」

 の掛け声とともに、開かれたコンパクトから光が溢れ美香を包み込む。光の糸が幾重にも重なり、身体と服装を溶かし再構築することで、望む姿への変身が完了する。身分も好きに変えられるので、令嬢になったり貴族になったり姫になったりも可能だ。

 名をミカエル・フォックと偽り、目標の家に募集していないはずの押しかけメイドとして向かった。金と権力に物を言わせて作られた豪邸は、爪を立ててメッキを剥がしてやりたくなるほど眩しく輝いていた。



「こんにちは。あの、メイド募集の張り紙を見て来たのですけれど。家主のノエル様はいらっしゃいますでしょうか?」

 声色も変身した時に変わっていて、大人しめになっている。あわせて言葉遣いも直し、怪しまれないように微笑む。

「ああ、ノエルのお客さんか。寒かったでしょう? さあどうぞ」


 出迎えたのはピンクのツインテールを揺らす年下の少女だった。メイド服を来ている姿を見るに、悪趣味に付き合わされている哀れな被害者だろう。温かいものを持ってくるから待っていてと案内された部屋は広くソファも暖炉もあり、ここならある程度いい暮らしができそうだと思った。


「と言われても、おとなしく待ってるわけないのよね」

 音を立てないように部屋を出るのは慣れたもので、手袋をはめ指紋が付かないように扉を開け、廊下を歩く。アプリには目的のいる建屋の見取り図が転送されてくるので、広くても迷うことはない。中庭や厨房、テラスまで出てみるのだが、屋敷の中はどこも少女だらけで、男の気配は感じられない。ある一室で、着替えている最中の少女が胸や尻を触り合っている様子を見て、中学生の時は自分もああいうことをしたなと微笑ましく思って、小さく笑った。


「これでぐるっと一周したはず。でも、男なんていなかった。どういうこと? アプリが間違えるなんて今までなかったのに」

 調度品の影に隠れてアプリを再起動すると、美香は凍りついた。先程女の子同士でふざけあっていたうちの一人が、転生者だった。ノエルという名前で男だと思い込んでいたのだ。情報に追加された文言を見て、凍りついた感情は怒りとなって燃え上がる。この転生者は女の子がイチャイチャしている間に挟まりたくて、記憶を保持したまま性転換を頼み込んだ上で転生しているのだ。


「うっわ、マジ最悪。おっさんキモすぎいい加減にしろよ」

 思わず声に出てしまい、慌てて口を抑える。一旦案内された部屋まで戻り、出された紅茶を飲みながら目的の到着を待った。目標は入ってくるなり口角が上がり、来ちゃったものはしょうがないと、雇われメイドになることがあっさりと決まった。


「ありがとうございます。他に行くあてもありませんでしたので」

 精一杯ごまかしの笑顔を作ってみせる。漫画なら青筋も一緒に立っていたことだろう。


「決まりだね。主人の私がお屋敷を案内してあげる! こっちこっち」

 強引に手を引かれ、その場で刺し殺してやりたい気持ちを抑え、個室へ連れて行かれるのを耐える。


「ここがキミのお部屋! 素敵でしょ? 欲しい物があったらなんでも言ってね!」

「そうですか、それではあの、いきなりで申し訳ないのですが……」

 入ってきた扉側に回り込み、もじもじと下を向く。

「うん、なあに?」



「その気持わりい喋り方をやめろおっさん。女の子をなんだと思ってやがんだクソが」

「えっ?」

 顔を覗き込もうと近づいてきた瞬間に、外したピアスを顔めがけて殺意を乗せ刺した。


「うげっ、げほっ、うぇぇ……かほっ、な、なにをした!?」

 こめかみの急所に入り、目標は平衡感覚を失って倒れる。血が出ないのがピアスのいいところだ。


「お前みたいな四十過ぎのおっさんが、女の子同士の空気に割って入ってくんじゃねーって言ってんだよ! 死ねっ!」

 これまでならリップを塗ってキスをしてやればよかったが、怒りに燃える美香は倒れた目標の頚椎にピアスを何度も何度も、アプリに通知が来るまで刺し続けるのだった。

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