第2話 人は金なり
蝶野美香は現役女子高生。父親を早くに亡くし、母子家庭で育った一人っ子だ。母は朝から晩まで働きほとんど家には帰らない。自分を育てる為だとは知っていたが、それでも美香は一人ぼっちの孤独を抱えていた。愛されていない想いが強く、ぬくもりを求めて夜の繁華街を歩いては警察に補導される毎日だった。
お金さえあれば母はもっと家にいてくれたのに。お金さえあれば切り干し大根ばっかりおかずの生活なんかしなくて済んだのに。お金さえあれば、お金さえあれば、お金さえあれば。
そんな折、バイト先で知り合った子の紹介でSNSを通じパパ活を始めると、話を聞いたり食事に行くだけで多額の金が手に入り、見た目も可愛いと褒めてもらえる。クラスの男子からの称賛など比べ物にならない。その快楽に溺れてしまった彼女は勉強をしてもくだらない、役に立たない、大人がどれだけ綺麗なことを言っても、所詮世の中は金なのだと結論付けてしまった。
それからは元々のコミュニケーション能力が高かったこともあり、対話や交渉術を難なく覚えていく。少し際どい写真を撮って送ることはあれど制服、学生証、顔は絶対に出さないよう細心の注意を払い、持ち物には必ずボイスレコーダーを入れ、相手がフレンチキスやハグ以上の性的なことを要求したり、あまつさえ暴力を振るおうとしようものなら迷うこと無く警察に駆け込み、被害者として振る舞えるだけの度胸があった。努力の甲斐もあり、ストーカーや粘着してくるような男に出会わずやってこれた。
そちらに注力する一方学業成績は悪く、出席日数が足りないことから留年になると担任の教諭から電話で告知された。伝えても母は何も聞かずに、そう。とだけつぶやいて、いつも通りに出勤していった。同情もしない、叱ってもくれない母に嫌気が差して、美香は翌日ただぼんやりと当てもなく出かけた。何をするわけでもなく、思いついたままに歩いていると、今まで気にもとめていなかった教会の前で足が止まった。神や仏を信じているわけではないが、なんとなく呼ばれているような気がして足を踏み入れた。
冷たい石造りの建屋の中は外見からは想像できないほど綺麗で、陽の光が差し込んでいるおかげで温かい。誰もいない聖堂を歩いていると、巨大な十字架がそびえる祭壇があり、美香はこんなものは気休め程度にしかならないだろうと思いつつも手を組んで目を閉じ祈ってみた。
すると目が眩むような光りに包まれ、気づけばどこかの豪邸の、ふかふかのソファに座っていた。目の前には豪華なテーブルと美味しそうなティーセット、向かいにはピンクロリータ服の少女が行儀よく座っている。
「え!? なにここ? あたし教会にいたはずじゃ……」
「ねぇ。もっといいお金稼ぎがあるんだけど、やってみる気ある?」
少女は戸惑う様子の美香を気にも留めず、いきなり本題を切り出した。
「えっ?」
「あなたの人生を覗き見させてもらったんだけど、随分男の扱いに慣れてるみたいだね。すごいねパパ活って、こんな程度でお金もらえるなら、ボクもやってみたいもんだよ」
「……人の人生覗き見するなんてサイテーね」
美香は吐き捨てるように言った。
「おっと、それは失礼。ボク、神様だからできちゃうんだ。お金、必要でしょ? 貧乏な暮らしなんて嫌だもんね」
「あたしに何しろって言うわけ? 性的なサービスなら、他をあたって欲しいんだけど」
「おお、結構厳しめだね。そんなことさせないよ、ただ男を褒めたり持ち上げたりして、キスしてくれればそれでいいんだ。いままでやってたことと殆ど変わらないよ」
「嘘ね。そんな簡単なことなら、わざわざあたしを選んだりしない。悪いけど、あたし自分のこと特別とか、選ばれた人間とかって思えないタイプだから」
突然妙な空間に引きずり込んで美味そうな話を持ちかけてくる相手に、美香は敵意を剥き出しで言い放つ。一筋縄ではいかないと悟ったのか、ロリータ服の少女は紅茶を一口啜り、観念したよと両手を上げる。
「わかった。じゃあ率直に言う。人を殺してほしいんだ」
「はあ!?」
男を持ち上げるのとは程遠い、人殺しを頼まれて美香は驚いた。本気で言っているのかと付け加えた。
「まあそういう反応になるよね。大丈夫大丈夫落ち着いて、相手は全員日本から異世界に転生した奴らなんだ」
「いせかい? てんせい?」
いきなり異世界や転生という言葉が出て、一気に現実味がなくなっていく。ゲームの話でもしているのではないかと疑いはますます強くなる。
「そ。今は姿も名前も違うけど、そいつらは元々いなくてもいい存在、無くてもいい命。だから殺したところで罪にはならないよ。神であるボクが保証する」
「いなくて、いい存在……」
ふと自身の人生を振り返り、相手の言葉を繰り返す。その隙に付け入るように、少女は顔写真や経歴の書かれた紙をテーブルに広げる。どいつもこいつもブサイクで、いじめられっ子で、陰キャで、自分に自信が無くて、機能不全家族の出だ。確かに、この先生きていても絶対に良いことないだろうなと、差別意識を抜きにしても自然とそう思える人間ばかりだ。
「一人最低でも1000万あげるよ。面倒な相手なら上乗せしてあげるし、それならいいでしょ?」
「い、い、いっせんまん!? やるやる! 全然やっちゃえる!」
1000万円という金額に目が眩んで二つ返事で引き受けることを了承し、勢いに任せて契約書にサインした。
「はい、じゃあこれで契約成立ね。汝蝶野美香は、異世界に転生した男を手段を問わず殺すこと。我アシュメドゥールはその対価を日本円で支払い、所定の銀行口座に入金すること。この誓いはお互いの同意を以て解消される場合を除き、決して破られない」
「うんうん、それでいいよ! ばっちり!」
先程までの警戒心はどこへやら、すっかりその気になった美香は、さあ異世界へ連れて行ってくれと態度を変えた。
「……君、切り替え速いタイプなんだね。わかったよ、でも丸腰ってわけにはいかないからね。色々あげるよ」
神を自称するロリータ少女……もといアシュメドゥールは、スマホに標的の情報を得られる“カミサマ”アプリを入れ、好みの女に変身できる【なりきり変身コンパクト】、男にしか効かない即効性に優れた毒の仕込まれた【ポイズンリップクリーム】、確実に急所を刺せる【伸縮自在ピアス】を与え、スキルは毒を無効化されない『状態異常耐性・無効貫通』、鑑定系のスキルで情報を開示されない『秘匿暗幕』、相手の言いなりにならないよう『魅了無効』を与えた。
「それじゃあ、お仕事頑張ってね~」
アシュメドゥールが指を鳴らすと美香の意識は遠のき、再び目を覚ますとそこはもう異世界。そよ風と剣と魔法が溢れる、ファンタジックな中世ヨーロッパのような場所だった。
そこで彼女は生涯初めての殺人を犯すのだが、見るからに恋愛経験のない童貞の仕草をしていたので、さも高感度が最初から高いように見せかけて接近し、あとはリップを塗ってキスをするだけであっという間に殺せた。誰にも裁かれず天罰も落ちず、スマホに入金通知が来ただけで終わったので拍子抜けしてしまったくらいだ。死亡が確認されれば音声認識でアプリが起動し、すぐに別の世界へ転移するので、跡が残っても最悪問い詰められても、逃げ切れるのだ。
「なんだ、こんなんでいいなら楽勝じゃん☆ 稼ぎまくって、家を出よう。あんな親捨てちゃって、本当の本当に自由で、優雅な暮らしをするんだ!」
美香は決意を胸に、異世界を転々と迷い無く流れていく。
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