異世界☆はにぃとらっぱぁ!
狂飴@電子書籍発売中!
第1話 異世界転生は楽し
俺が異世界に転生したのは、ついこの間のことだ。学校帰りに忘れ物に気づいて、取りに戻ろうと来た道を慌てて逆走していると蛇行運転の車に突っ込まれて、そのまま死んでしまった事を女神を名乗る怪しいババアから聞いた。
どうやらまだ死ぬ運命ではなかったらしく、お詫びに剣と魔法が存在する中世ヨーロッパ風の世界で、平民の息子リアンとして生きることになった。身体強化やら無尽蔵の魔力やら、万能なスキルをもらって白い扉をくぐると、俺は本当に十二歳の少年になっていた。いわゆる異世界転生とかいうやつだ。まさか自分がなるとは思いもしなかった。
引っ込み思案だった俺とは違いリアンは明るく活発な性格で、誰とでもすぐ打ち解けられるような人間だったらしい。その体に魂が引っ張られて、最初は親と話すのすら怖かったが、数日もすれば女の子ともそつなく話せるまでになった。世界さえ違えば、こんなにも人生が変わるのか。最高じゃないか異世界転生! 飯があんまり美味くないことを除けば、第二の人生の滑り出しは絶好調だ。
十二歳で魔法が使えるのは非常に珍しいようで、この世界での父親と母親は俺のことを天才だともてはやし、マジェスティ魔法剣術育成学校へ入学させた。全寮制と聞いてまた嫌な学校生活が始まるのかと憂鬱だったが、最初の試験でほんの軽く炎魔法を使ったことで、先生から一目置かれ不良共は絡んでこない。それどころか普通の人も話しかけてこない。軽くでいいと言うから校庭に穴をあける程度に済ませたのだが、それがいけなかったのだろうか? まあ、人付き合いがないのは楽でいいのだけれど。
授業は座学と実技、校外学習で組まれていて、生前のようなジジイの退屈な長話で人生を浪費する無駄な時間でなくなったことはありがたい。世界について何もわからなかった俺には新鮮だ。ただ、魔法に頼りすぎているのか文明は日本より遥かに遅れているので、物資を運ぶのに荷馬車を使っているとは驚いた。何百年も前には一部魔物を使役していたらしいが、統率者の魔王が討たれたことで魔物は消滅。現在は平和そのもので、工学や機械などの下賤な文明は発達するに能わずと本には書いてあった。
実技の授業は要するに体育の時間だ。準備運動から始まって、基本通りに呪文を唱えて空を飛ぶ。大空で体を動かすのは結構気持ちよくて、終わる頃には少し眠くなる。課題もあるが、ゴブリンを倒してこいとか、石に魔力を込めて魔法石に変えるだとか、簡単すぎるものばかりだった。何かする度にクラスがざわつくのだが、段々慣れてきた。
校外学習は名ばかりで、卒業生の店の手伝いが大半だった。だが働けばその分お金がもらえる、簡易バイトみたいなものだ。生前はやれオリンピックは国の誉れだと、無償で炎天下の中をビニール三度笠を被って長時間立たされたが、そんなボランティア搾取は異世界には存在しない。労働の対価には賃金が払われるという当たり前のことがしっかりと成立している。見習ってもらいたいもんだ。
今日は、平和な街ブランシェーヌで宿屋を経営している卒業生のところで、ベッドメイキングや清掃のバイトだ。水魔法でシーツ洗って干して、風魔法で布団はたいて床掃除して、やっていることは生前と変わらなくて、ちょっと楽になったくらいでしかない。もっとこう、異世界らしいイベントとか起きないかな。
「や、やめてください! 人を呼びますよ!」
「呼べるもんなら呼んでみろ、誰も女一人の言葉なんか耳をかさないぜ」
空がオレンジ色に染まり、そろそろ学生は解散という頃合いになった頃。明らかに頭の悪そうな男二人組に、受付の女の子が絡まれているのを見かけた。俺と同い年くらいで、長髪と同じくらい青い眼が憂いを帯びている。この世界でも男尊女卑の精神は息づいていて、女というだけで職業に制限があったり差別されている。学校でも女の子はまとまって行動をしないと叱責を受ける。酷い話だ、なんかムカつく。
「よせよ、嫌がってるじゃないか」
つい感情的になって割って入った。聞き耳を立てていたが、椅子が汚いとか食事が少ないとか、しょうもないことで文句をつけていた。人を呼びたくなるのも当然、主人は知らぬふりをしているので、更にムカついてきた。
「ああ? なんだお前は」
「おい、こいつマジェスティの生徒じゃね?」
「んじゃいっちょ教えてやるか、大人の礼儀ってやつをよ!」
大方予想通り武力でわからせようと襲いかかってきたから、俺は風魔法の小さいやつを使って、勢いそのままに転ばせた。派手にすっ転んだので、顔から落ちて情けない格好になった。笑える。
「っ、この野郎! 恥かかせやがって!」
顔を真赤にして懲りずにもう一度襲いかかってきたので、もうめんどくさくなってきた。学校では禁止されている魔法をまとめてかけてやる。女の子が危険なんだ、正当防衛だこれは。男二人を小さく小さく、手のひらに乗るまで小さくして、そのままゴミと一緒にまとめて捨ててきた。やれやれ、女の子の気が引きたいのか知らないけどあんな絡み方しか出来ないなんて、子供かよ。
「ありがとうございます! あの、あなたは?」
助けに来るような男に今まで出会えなかったのだろう。女の子は信じられないと言いたげな顔で、俺の方を見た。
「俺はリアン、リアン・グレイス。君は?」
「リアン……!?」
名前を聞いて、女の子の眼が輝いた。リアンの知り合いだろうか?
「私のこと覚えてる? ミリアだよ、ミリア・シャルマン。ほら、小さい頃一緒に遊んでた」
「あ、うん、覚えてる……よ」
とっさに嘘を吐いた。記憶にはほとんどないから、会っていたとしても本当に小さい頃なんだろう。こんな可愛い子のことを忘れるなんて、リアンも悪いやつだな。
「また会えてよかった。助けてくれてありがとう」
「え、ちょ、ちょっと……!」
いきなり手を握られて、顔も近くまで寄せてきて頬にお礼のキスをされて、どうしていいかわからずそのまま固まってしまった。ミリアにクスクス笑われたが悪い気はしない。幼馴染なら、これくらいの距離もアリなのかな。
夜になって寮へ戻ったが、心臓はドキドキしたままだ。生前と違って女の子と話せるようになったが、あんなに積極的に迫られるなんて初めてだ。これもリアンがそこそこいい顔つきをしているからだろう。やっぱり異世界転生は最高だ、顔が良ければ女の子の方から来てくれる。キスされた頬を撫でて、そっと口元に移してみる。こころなしか、女の子の甘い匂いがふわっと広がったような気がする。今度の校外学習の時に、またあの宿へ行ってみよう。ミリアに会いたい。会って、話をして、今度は口に……。
そうだ、なかなか落ち着かないし寝る前に水でも飲むか。ベッドから立ち上がると、視界がぐわんと歪んだ。あれ、頭がくらくらする。真っ直ぐ前に歩けない、立っていられない。どうしたんだ、俺? あの男たちに何かされたか? だとしても『状態異常無効』のスキルがあるから、効果はないはず。なんだか、息苦しい。景色がチカチカして、グルグル回って吐きそうだ。どっちが上でどっちが下かわからない。だめだ、意識が保てない。声も出せない、誰か、助け……。
* * * *
【リアン・グレイスこと佐藤雄一の死亡が確認されました。指定口座に10,000,000円が振り込まれます】
「よっし、お仕事完了♪」
スマホに来た通知を見て、ミリアは汚いものを拭うように袖で唇を拭き、うがいをしてから引きちぎるようにエプロンを脱ぎ捨て、やってられるかバーカと悪態をついて宿屋を出た。
彼女の本名は
──その契約とは、高額の金と引き換えに異世界転生した男を殺すことである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます