最終話 幸せのスペシャリスト

 ウイルスが蔓延してから1ヶ月が経とうとしている。


 人口12万人のこの街で、既に1万人もの死者が出ている。


 街の人口の1割、10%もの人間の命を奪ったこの未知のウイルスは、感染力・致死率のどちらを取っても今までの感染症とは一線を画す。


 まさに殺人ウイルス。


 しかし、そのウイルスが、この数日、突然その動きを止めた。


 もちろん自然消滅したのではない。空気中の窒素と酸素に僕の開発した、ウイルスを死滅させる薬(もちろん他の生物に害を及ぼさない)を結合させてウイルスを殺し、さらに、既に感染してしまった人や、その他の人の予防の為に、抗ウイルス薬・その他のあらゆる栄養成分・そして、カテキンを沢山含んだスパークリング抹茶を街中に配り歩いた。


 これは、人々をウイルスから守る為に無償で配っていたのであるが、それが偶然この街に居合わせたインフルエンサー(僕の学校の同期生)のTikTokで動画配信した所あっという間に1億再生超えをして、さらにTwitterやInstagramで世界中にスパークリング抹茶はうまいという情報が拡散され、あれよあれよという間に、世界中から注文が殺到し、現時点で一千万本の受注を受けている。注文を受けるにあたり、価格を1本500円に設定したので、つまりは、今の時点で、五十億円の売り上げが確定している事になる。


 これは、コカ・コーラに迫る勢い、ビジネスにする気等、更々なかったのであるけれど、この世界はGiveをすれば必ず何かしらの見返りがあるものだ。


 僕は息を吐く様にGiveをするから、結果としてぼくのビジネスは上手くいき、僕の元に金が集まり、その金がまた新たな金を生み、その金を使って僕はまたしてもGiveをする。


 GiveがGiveを生む、まさにGiveの連鎖、この連鎖が世界中に広がれば、人類の抱える問題は全て、今すぐあっという間に消えてしまうだろう。


 まぁ、そんな話はいい。


 とにかくウイルスの脅威は去ったのだ。


 ようやくこの街に日常が訪れた。


 喜ばしいはずであるのに、なぜだか僕の目の前には、修羅の如き形相の水谷みずたにが、禍々しいオーラを放ち佇んでいる。


 『やぁ水谷。どうした、便秘が悪化したのか?』


 『こぉづきぃ~!!おまえかぁ~!!』


 血走った目で僕を睨み付けて、唾をまき散らしながら、水谷が喚き散らす。


 『お前か?とは、一体なんの事だ?』


 『ウイルスだよ。この街からウイルスがなくなっちゃってるんだよ。どうしてだろうなぁ?お前なんだろぉ?こんな事が出来る人間は、この街で、いやこの時代にはお前しかいねぇだろうぉがよぉ~!!』


 水谷は我を忘れた様に喚き散らした後で、


 『なんでだぁ?』


 先程までとは打って変わって、感情の無い冷たい言葉で僕に尋ねる。


 『なんで邪魔したぁ?いらない人間を正確に選び出し殺す事の出来るウイルスをせっかく俺が開発してやったというのに、俺のウイルスがあればこの惨憺さんたんたる世界を変えられたのに、なんでお前はそれを滅ぼしてしまったんだぁ?ねぇ、どぉ~してぇ~?』


 まるで死人の様な顔を向ける水谷に、僕は答える。


 『別に、君の邪魔をした訳じゃない』


 『邪魔しただろぉ~がよぉ~!!』


 水谷がまたしても語気を荒げて唾をまき散らす。


 『僕はいつだって僕のすべき事をしているだけだ。今回僕のとった行動が、結果として、君から見たら邪魔であったとしても、別に、僕には君を邪魔しよう等というつもりは微塵もなかったよ』


 本当だ。


 僕は誰の邪魔もしない。


 他人の事等気にしている暇はない。僕はただ、僕の歩むべき道を進むだけだ。


 『うるさい、うるさい、うるさぁ~い!!お前のせいで、もうぜぇ~んぶおしまいだよぉ~!!だから、俺の命もこれをポチッと押して終わらせちゃうもんねぇ~』


 水谷は、ポケットから何やらスイッチを取り出すと、それを押した。


 カチッ。カチカチッ。


 ボタンを何度も押すが、何も起こらない。


 『なんでぇ~?どぉ~して俺は死ねないのぉ~?おいっ!!こぉづきぃ~、これもお前かぁ?』


 まるで狂犬病にかかった犬の様な水谷が、白目をいて僕を指差す。


 『何の事だ?』


 『とぼけんじゃねぇよぉ!!このスイッチを押したら俺の体の中のナノカプセルが開いて、中の毒が体中に回って、あっという間に俺の命は終わるはずなんだよぉ!!』


 水谷はスイッチを地面に投げつけると、それを何度も何度も踏みつける。


 『なのに俺は生きている。皇月、お前やったなぁ?なぁ、皇月?』


 『あぁ、毒の件か。まぁ正確に言うのであれば、スパークリング抹茶のせいと言うべきだろうな。言っただろう?カテキンは体に良いって』


 真白な灰の様になって小刻みに震える水谷。


 彼の情緒は一体どうなっているのであろうか?


 忙しい奴である。


 『なぁ、死なせてくれよぉ!!頼むよぉ、この通り。俺ハッピーな世界を作るとか勝手に盛り上がって、人を殺しまくっちゃったんだぜ?その結果はこのざま。お前に邪魔されなくたって、きっと世界はハッピーにならなかったんだろうよ。今の俺なら分かる。だからさ、生きている資格なんてないんだよ、俺には』


 そう言ってうつむく水谷に歩み寄った僕は、左手で彼の顔を上げると、右の拳を彼の頬に叩き込んだ。


 『うっ!!』


 うずくまる水谷。


 生きる資格が無いだと?


 なに寝ぼけた事を言っているんだ?


 生まれて来たのならば、たとえそれがどんなに無様な人生であったとしても、死ぬまで生きなければならないんだ。


 この世界の誰一人として、死ぬ権利を有する人間等存在しない。


 思い上がるなよ。


 自分だからという理由で、自分の命を絶って良い道理など、この世界には一つもないんだ。


 だから、大人しくお前の人生を生きろよ。


 ハッピーな世界を作りたいんだろう?


 お前の足掻きや、お前の見た地獄は、いつの日か巡り巡って必ず幸せな世界に結実する。


 だから、踏ん張って生きろ。


 『甘えた事を言うな。君は身勝手に人の命を奪ったのだから、何としてもハッピーな世界を作らなければならない。だから、どれ程苦しかろうが、こんな所で立ち止まるなよ』


 『でも俺は、人を殺し過ぎた』


 『人なら僕も殺したさ。それはもう、数え切れない程たくさんね』


 勝者の移り変わりと共にその形を変える正義という曖昧模糊あいまいもこな概念の為に、今までどれ程の命が犠牲になったであろうか?


 この世界に絶対的な正義などない。正義を捨てない限り、平和や幸せはいつまで経っても手に入らないのだ。


 この世界に悪はいない。


 間引くべき人間なんていない。


 誰かの犠牲の上に成り立つ幸せ等、この世界には存在しないのである。


 殺してしまった人間は、決して生き返る事はない。


 なればこそ、生き残った人間は、死んでしまった人間の無念も、殺してしまった自分の後悔も全部胸に抱いて、前に進んでいくしかないのだ。


 『幸せな世界を作るには、お前の力が必要なんだ。だから水谷、お前の力を俺に貸してはくれないか?』


 僕の差し出した手を、水谷がしっかりと握り返した。


 この世界は、夥しい数のせかいの上に在る。


 それぞれのせかいがより良い現実を目指す事で、いつかきっとこの世界は理想の形になる。


 いつか世界が幸せを手にする為にこそ、僕は輪廻転生を繰り返し、その度毎に人々に幸せの種をき続けている。


 いつかこの世界は必ず幸せを手に入れる。


 なにせこの世界には、幸せのスペシャリストがついているのだから。



        おわり。


 

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人生マジ楽勝!!だって僕、人間100回目だもん。 GK506 @GK506

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