第33話 vsコカトリス

 ちりとりで広場に散らばったコカトリスのウンコをせっせとかき集める。二十羽となれば結構な数が落ちており、そうしている間にも目の前でコカトリスはブリッとウンコをしだす。ちくしょうと思っても目が合えば石化するので黙々とやるしかない。

 けれど先程の作業に較べればマシだ。せっせとガチャ玉にミルワームたちをつめた後、時間があるのでサナギたちを分けようと東さんがいいだしたのだ。ミルワームは幼虫、サナギを経て成虫になるのだが一番無防備な時期のサナギを隔離しないと他の虫たちに食べられてしまうそうだ。恐ろしい。

 ということで追加作業で、衣装ケースの中に手を突っ込みサナギたちを取り分け始めたのだが、サナギだからといって動かないと思って触れば尻を懸命にふってきて心の底からビビったし、ミルワームの成虫はゴキブリの小型バージョンのような見た目をしていてこっちに来るなと念じても腕をヨジヨジと登ってきてゾゾと寒気が止まらず、ジャイアントミルワームの幼虫に至っては強靭なアゴで噛んでくるので散々だった。ウンコ掃除の方がいいと思う日が来るなんて、俺も随分と心境の変化があったものだとしみしみ感じる。と言っている間にまたコカトリスがウンコした。ちくしょう。


 広場でコカトリスたちが砂浴びしたり、地面をつついたり、座って寝ていたりとそれぞれのんびり過ごしている傍ら、その様子をお客さんが眺めていたり、なでたり、写真をとっている。柵で覆われた広場の二箇所に扉があり、手で押して出入りできるようになっているのだ。扉が開いている隙にコカトリスが脱走しそうだが、木柵の一部がコカトリスの苦手なナナカマドでできているため、近寄りたがらないそうだ。

 ウンコ清掃の他の仕事には、マスク着用や出入りする際の手のアルコール洗浄のお願い、コカトリスを走って追いかける人への注意、カプセル回収、石化しかけた人の救出だ。といっても今までの仕事と較べれば段違いで楽で平和だ。この仕事を俺に任せた東さんは、小屋の大掃除をしている。

 少しかがんだ姿勢の掃き掃除がちょっと辛くなってきたあたりで休憩とばかりに、トコトコ歩いてきたコカトリスの腰あたりを恐る恐るなでてみる。すると彼はヘビの尻尾を左右に揺らし、催促するようにその場で座った。しきりになでているとしばらくして満足そうに立ち上がり去っていった。手をかぐとトリ臭い。あいつ、絶対ドラゴンじゃないだろう。やっぱりニワトリだ。

 違う場所ではカップルがガチャ玉を開け中身を見て、そろって悲鳴をあげていた。ガチャ台には〝コカトリスのごはん〟としか書いていないため、開けるまで何が入っているのか分からない鬼畜仕様になっているのだ。しかも彼らが引き当てたのは大当たりのジャイアントミルワーム。悲劇だ。よもや、あんなデカい虫がうぞうぞうごめいているとは思わないだろう。しかもカプセルを落としてしまい、中のジャンボミルワームがぶちまけられ、多数のコカトリスたちに取り囲まれている状況。女は泣き、男もおろおろしている。まさに地獄絵図だ。帰ったらケンカ決定だろう。おもしろいので見て見ぬふりをした。

 そうしてしばらくの間、掃除をしながらお客たちとのコカトリスのふれあいを眺めていたら、遠くで男の子がコカトリスをなでているのが目に入った。五歳ぐらいだろうか。周りに保護者らしき人はいない。ペットショップでバイトしている友人が“ショップを保育所替わりに子供を放り込む親がいる。そういう子が一番動物にいたずらするので勘弁”とか言っていた。ちょっと注意深く眺めるかと近づこうとしたら、その子はふいにコカトリスを持ち上げ、そして――投げた。コカトリスはボールのように高くあがる。いきなり空へと投げ出されたコカトリスはびっくりして羽ばたき柵を越えふれあい広場の外へとボテっと落ちた。

 コカトリスは、しばらくその場で立ち尽くしていたが自分の状況に気づくと、唖然とした俺を見て――にやっと笑った。あ、まずいと思ったときにはもう遅く、コカトリスはダッシュで背を向け走り去っていった。

「えええええええええええぇっ!??」

 脱走した!? どうして投げた!? 親はなにをしていたんだよ!? いなかったね! 子供を一人にしないでよ! こういう時どうすればいいんだ!?む……無線!とりあえず、情報共有!!

『ふれあい広場、河合です!! 東さんとれますか!?』

『はーい、東です。どうしましたー?』

『コカトリスが1羽、子供に広場の外へ放り投げられ脱走しました!!』

『どうしてそうなるのですか!? ええっと、分かりました! とりあえず河合さんは後をおってください! 走るとさらに逃げるので見つけたらそっと後を付けてください!』

『はい!!』

 柵を越え、姿を見失った先へ急ぐ。これはアレだ。ゼ○ダの伝説だ。逃げたニワトリを追いかけるシチュエーションなんて、ゲームの世界だけかと思っていた。例のアレやら平日やらでお客さんの少ない日で本当によかったと走り続け、どうにか追いついた先、コカトリスは飼育員姿の俺を見た瞬間バッとにらんできたため、さっと目をそらす。目があったら石化してしまう。これどうやって捕まえればいいんだ!?

『こちらアイスドラゴン舎付近、五十嵐。河合、今どこだ?』

 そこへ五十嵐さんの声が無線から聞こえて安堵する。助けてヒゲ。頼りになるのあなただけなんだ!

『河合です。現在、ドラゴンランドを通過して、ワーム舎付近です』

『分かった。裏道通って事務所方面へ誘導頼む。頑張れ』

 だが俺の祈りとは裏腹、そんな短い一言とともに、ぶつりと無線が切れた。え……は……? 前言撤回。このヒゲ、役立たず! 頼むと言われても方法は? せめてどうすればいいか、アドバイスくれよ!

 そうこうしている間にコカトリスはどんどん前を行くため、刺激しないようそっと後を付ける。時折、こちらをちらっと見て石化攻撃をしかけてくるあたり、絶対に俺のことおちょくっているぞ、こんちくしょう……! 

「河合さ――ん、受け取ってください!!」

 そんな時、東さんの叫び声が背後からが聞こえた。

 一体何をと思って振り向けば、俺に向かって超豪速球が飛んできているのを視認できた。ぐるぐるとスピンをかけたガチャ玉がスローションが見えたので走馬灯かもしれない。ああ、またこの展開か、脳細胞が死ぬなぁとか、モンスターボー○を投げつけられるモンスターの気持ちってこんな感じかしら、なんて現実逃避をしていた頭にそれは直撃した。途端、ガチャ玉がパカっと開き、中に入っていたものが体中にぶちまけられる。ジャンボミルワームの群だった。外界へと解き放たれた彼らが俺の髪に、服の中に入り込んできた。

「いやあああああああああ!!」

 体中を小さな虫たちが這いずりまわる感触に、全身さぶいぼがたつ。手を振り、足を振り、体を振り回しても虫たちは出ていくことがない。もう嫌だと涙が出そうになっているところへバサバサと音がしたかと思えば、ガツンと頭にツルハシのような硬いものが刺さった。それは離れたかと思いきやまた突き刺さる。

「いだ、いだ、いだだだだだだだぁ!?」

 見ればコカトリスが俺の髪に入り込んでいたジャンボミルワームを食べようと頭に乗り上げ何度もクチバシで突いていた。全速前進で走れば、振り落とすことに成功したが、やつは逃すまいと追いかけてきた。

「にゃあああああ!?」

「河合さん! そのままコカトリスをひきつけ、裏口を使って事務所方面まで走ってください!!!」

「人の心がないいいいい!!!」


 園路からはずれ、関係者以外立ち入り禁止の札をくぐって裏道へでて事務所方面へと走る俺の後をコカトリスが続く。

 完全に貧乏くじだ。ここまで災難続きならお祓いしてもらうのも検討した方がいいかもしれない。ここんところ、ずっと力仕事が多かった影響か息切れをしないのが不幸中の幸いだ。

 そうして走り続け事務所へと向かっていたら、前方左に茂みに隠れた職員が見え、『このまま進め』と身振り手振りで伝えてきた。彼のそばを通り過ぎ、いよいよ指定の場所に辿り着こうとした時、前方の事務所の裏口から何かが飛び出てきたのが見えた。太陽に反射して銀色にピカピカ輝く人型のなにかだった。何あの銀色人間、怖っ!? とよく見たら全身をアルミホイルでミイラのようにぐるぐる巻きにした姿のようだ。「全身アルミホイルで覆ってみた」という動画をユーチュ○バーがあげていそう。あまりお近づきになりたくないのに、彼はこちらへ駆け寄ってきた。前門のアルミホイル人間、後門のコカトリス。ああ、今年は厄年だっけ。

 アルミ人間の登場に思わず足を止めてしまったが、コカトリスが背後からやってくる気配はない。あれと後ろを振り返れば、奴はその場で固まっていた。ギョロギョロ動いていた目が前方のアルミホイル人間の一点を見つめて止まっていた。

 ――石化だ。アルミ人間のアルミホイルの反射により、石化させてしまう視線を自らに受けてしまったのだ。

 銀色人間はダッシュでつめより、とどめといわんばかりに手にした鏡をコカトリスにかがげた。

「グエエエエエ!」

 とたんコカトリスは断末魔をあげ、目を白黒させるとパタリと倒れた。おおお、と歓声が周りから聞こえる。いつの間にやら鏡を持った職員たちが周りを取り囲んでいた。

「この間実施した、ドラゴン脱出訓練が役に立ったな」

 隣にきたアルミ人間から聞き覚えのある声がした。

 彼がペリペリと顔のアルミホイルをはがせば見慣れたヒゲがそこにあった。

 銀色人間は五十嵐さんだった。

「河合、大丈夫か?」

 五十嵐さんが心配そうな顔をして聞いている。顔以外アルミに巻かれた姿で。しかも動くたびにアルミホイルのカシャカシャ擦れる音がする。

「ぶほぅっ」

 この状況から救ってくれた恩人だと思っても、吹き出さずにいられなかった。

 とたん、五十嵐さんの顔が真っ赤になる。あ、こんな顔初めて見るとまじまじ見ていればバシッと頭を叩かれた。

「助けてやったのになんだその態度は!」

「笑うななんていう方が無理ですよ、その格好!!」

「河合さ――ん、おかげさまで無事コカトリス確保できました! ってなんですか五十嵐さん、その格好!? 強盗ですか!?」

 後からやってきた東さんも五十嵐さんの格好に吹き出し、ペシっとおでこを叩かれていた。

「もう知らん。今度、お前らに何があろうと助けないと心から誓った」

 五十嵐さんはぷいと顔を背け踵を返して事務所へと早歩きで去っていく。

 今まで見たことのない五十嵐さんの様子に、東さんと顔を合わせ目で笑い、二人で後を追いかけた。

「五十嵐さん、本当に助かりました。かっこよかったです、そのキンピカ姿!」

「まさにいぶし銀!」

「バカにしてんのか!?」

 そんなつもりではなかったのに、ますます怒らせてしまったようだ。頼れる先輩に見放されては非常に困る。こうなったらなんとか機嫌を直してもらわないと。これまた難易度が高いぞと思いながら、彼の背中を追いかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る