第32話 見た目はただのニワトリです
ぐるりと1メートルぐらいの柵で囲まれた広場に、ニワトリが何羽も歩いていた。
けれどここはドラゴンパーク。ただのニワトリなはずがない。その証拠に4本足で歩いており、尾は体より長くウロコに覆われてヘビのようにニョロニョロしている。と思っていたら、マジモンのヘビだった。それに目が怖い。顔は鳥なのにギョロギョロと目が動いている。
「ということで代番研修の最後はこの私、東が担当します! さて早速ですが問題です。このドラゴンの名前はなんでしょう?」
ニワトリもどきをまじまじと見る。見覚えがあるなと思っていたら、ちょっと前に入院していた時に眺めていたフィギュアとそっくりな見た目をしていた。
「コカトリス、ですか?」
「大正解! 私の大事なコレクションをお渡しした甲斐がありました。それではコカトリスはどんなドラゴンでしょうか?」
「ええっと……ゲームでちらほら見るドラゴンです」
「それから?」
「そうですね……ものすごく睨んできて怖いです」
「お、いいですね。ドラゴンの由来です」
「と、いいますと?」
「ドラゴンの語原はギリシャ語のドラコーンからきていますが、その言葉はもともと『するどい視線を持つもの』『睨むもの』を意味するデルケスタイの語幹からきているのですよ」
へぇなるほど、とコカトリスを見るとギロリと睨んできた。ニワトリもどきの癖に生意気だなと思った瞬間、背筋をぞわりと寒気が走り体温が一気に下がる。肉のかたまりに心が覆われているような奇妙な感覚にさいなまれ指一つ動かせない。一体我が身に何が起きているのか混乱していると、ペシっと横から頭を叩かれハッと思った時には体が動かせるようになっていた。
「ちなみにコカトリスと目があったら石になります」
「そういうことは最初に言いませんか!?」
「ドラゴン界隈では有名な話で今更説明が必要なんて思わなかったので」
「何も知らず、すいませんでした――!」
「無知を悟ることはいいことです。コカトリスには他にも、見られたら即死するという伝説もありますが、流石に現代のコカトリスにはそこまでの威力はないですね」
見られたら即死するって防ぎようがないではないか。まだ回復呪文で復帰できそうな石の方がいい。そういえば、目があったら石になるという生き物、他にもいたような気がすると考え、大蛇の姿が思いついた。
「ファンタジー小説とかにでてくるバジリスクも同じような能力を持っていませんでしたっけ?」
「その通りです。そもそもバジリスクから生まれたのがコカトリスなのですよ」
「え、そうなんですか?」
「はい。バジリスクはもともと北アフリカのリビア東部の砂漠に生息していました。古代ローマの博物学者プリニウスの著した『博物誌』では、全長24cmの大きさで生き物を死にいたらせる強力な毒を吐き、砂漠に住む蛇たちの王と記されています。けれどある日のこと、何者かの手によりイギリスのハンプシャー州へと持ち込まれてそのまま定着し、環境の変化により今のニワトリのような姿になったと言われています」
目が合わないように気をつけながらコカトリスを見る。
ちょこちょこ違う点があるが、やはりニワトリだ。どうやったらバジリスクのヘビの形態からこうなるのか分からない。環境でそんなに変わるものなのか? 分類の時点でドラゴンは訳が分からない生き物だったがさらに謎が深まるばかりだ。
「バジリスクも実際に見てみたいですね」
「残念ながらドラゴンパークにはいません。バジリスクは絶滅寸前で、イギリスのセントラルドラゴンに数頭いるだけなのですよ」
「え、そうなんですか? 俺でも知っているドラゴンなのに?」
「バジリスクなんて超弩級の危険なドラゴンはきちんとした施設と専門知識を有する人間がいて初めて扱えますが、膨大な維持費用がかかりますので飼育には向かないのですよ。害が少ない、お金がかからない、人手をそこまで必要としない。それが現代まで生き残れたドラゴンの条件です。知名度とは比例しません」
「危険なドラゴンは退治され扱いやすいドラゴンだけが残った……ワームと同じだ」
「そうです。果たして今のそんな現状で、本当のドラゴンとしてのあり方を伝えられているかと疑問に思う人も多いです。でもだからこそ、あのワームの動画は良かったと思いましたよ。あのようにドラゴンが怖い存在だって表現できるなんて考えたことがありませんでしたから」
東さんがにこりと笑う。隙あらばサラッと毒舌な東さんに褒められた。なんということだ。思わぬ反響と苦情電話の数々にやらない方が良かったかもしれないと思ったこともあったが、そんなことはなかった。
「めっちゃ変な顔していますよ、河合さん。人前ではやめた方がいいですよその顔」
少し上がったかもしれない好感度は、下がったかもしれなかった。
「長々と話しましたが、コカトリスの飼育に戻りましょう。日中はこのように広場で放し飼いをし、夜間はコカトリス小屋に入れます。清掃は他のドラゴンと同じで展示場のウンコや残った餌の回収、水洗い、ブラッシング、水切りです。ですがコカトリスには他のドラゴンとは違う作業があります。こっちにきて下さい」
東さんについて、広場の奥まった場所にある建物を目指して歩く。いかにもニワトリ小屋のような建物が見えてきたが、あれがコカトリス小屋だろう。その脇にある一階建ての木造建築に入ると、所狭しと何に使うか分からない物が転がっている。
そのうちの一つ、大きな衣装ケースをゴロゴロとキャスターを鳴らしながら東さんが持ってきた。半透明のプラスチックで中に黒いものが入っているのが透けて見える。今までの経験上、とてつもなく嫌な予感がビリビリするが、お構いなしに東さんはパカっとフタを開けた。
「ヒイイイイィィィィ!!!!」
心の準備をして恐る恐るのぞき込んだがだめだった。中には無数の黄色くて細長い虫がうごめいた。叫ばずにいろなんて無理な光景だった。
「な、なんなんですかコレ……!!」
「繁殖しているミルワームです。コカトリスたちが大好物なのですよ」
俺の悲鳴なんてそっちのけで満足気にしている東さん。
彼女は軍手をしてむんずと掴むと、こちらに向けてきた。
「こちらの虫たちを十匹ずつガチャの中に入れる作業をします。
「ガチャ? この虫を……?」
「ええ。ピスヘントに鉱石レジンを渡せるように、一回百円でコカトリスたちにはミルワームをあげるサービスをしています。その補充用のガチャ玉詰めですね」
「誰がやるんですか、そんなガチャ……」
「結構人気ですよ。では早速入れていきましょう」
軍手を渡され、衣装ケースと向き合う。虫なんてしばらく触れ合っていない。夏の蚊との対決を除けば、ゼミ教室でGが現れ、女子学生に見守られながら死闘を繰り広げたくらいか。
仕事だ。これは仕事なのだ。たとえ手の中でウゴウゴ虫が蠢いて、気持ち悪さに心が悲鳴をあげても達成せねばならない。がんばれ、河合。東さんが見ているのだ。
「あ、私としたことが大当たりの存在を忘れていました。ガチャ玉十個中一つにこちらの虫たちを入れてください」
そんな俺をよそに東さんは新たに衣装ケースを転がしてくる。絶対に見たくない。けれど、そんな訳にはいかない。意を決して中を覗き込むと、ミルワームの十倍はでかい虫たちがわさわさしていた。
「ミルワームをさらに大きくさせたジャイアントミルワームです。こっちは噛み付いてくるので気をつけて下さいね」
俺の悲鳴は彼女には聞こえていなかったに違いない。
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