第31話 ドラゴンの存在価値

 カリッカリッ……とかすかな音が聞こえる。ワーが扉をひっかいており、外に行きたいとアピールしていた。ヒモをひっぱり戸を開けると、彼はお目当ての牛の模型にまっしぐらに突き進みよじよじ登ると巻き付いた。今やワーのベストプレイスだ。ちょっと前まで、朝一はワラの中でうだうだしていて、牛乳をあげてようやく出て行っていたことを考えるとすごい変化だ。ムーもワーほどではないが、やはり牛を気に入っている。家畜をみると巻き付きたがるというのはワームの特性のようだ。もともとは動画を撮り終わったら返す予定だったが牛の模型の持ち主が、あんなに惚れ込まれたら仕方ねぇなぁと寄付してくださった。取り上げるのは忍びないと思っていただけに大変ありがたい申し出だ。という訳で、壊れたらどうしようという俺の心配もなくなり、ワーは存分に巻き付いていいのだ。あの嬉しそうな様子を見れば、ちょっとやそっと嫌なことがあってもへっちゃらである。

 ――あなたにとってドラゴンはどうして必要なのでしょうか? 

 けれど先ほどの園長の言葉が脳裏に浮かびズンと気分が沈んだ。

 何一つ反論できなかった。

 お前にドラゴン愛なんてないと言われたようだった。

 でも本当に分からないのだ。

 生活がにっちもさっちもいかなくなり、支援を必要としている人がいるというニュースを見た。そんな人たちをさしおいて俺はドラゴンを必要だと言えるだろうか。ドラゴンを飼育しても誰かの腹は満たすことはできないのに? たまたまここに来ただけの人間のくせに? 頭をぐるぐる疑問が渦巻くが答えなんてでなかった。

 はあとため息をついて、ブラシに体を預けていると、ノックが聞こえた。扉を開ければ案の定ヒゲだった。

「河合、そこの清掃が終わったら餌の引き取りに行くぞ」

「餌の引き取り? どこにですか?」

「近所のスーパーとかだ。ドラゴンのごはんの四分の一は寄付でまかなっている。週に一回飼育の誰かが取りに行くことになっているんだが今日は俺とお前だ。キリがいい所で無線よろしくな」

 ヒゲの去りゆく背中を見て、とりあえず目の前のことをやらねばとブラシをにぎり直し清掃を続けた。 


「で、どうして俺は大量のポリバケツを積んでいるのでしょうか」  

 どんと最後の大きなバケツを荷台に乗せる。普段は餌運搬に使う軽トラックには今、八個の九十リットルポリバケツと四個のコンテナがところせましと敷き詰められていた。

「その中に色々詰めるものがあるからだ。まずはパン工場に行ってパンの耳をもらう。その次はスーパーへ野菜の切れ端を、最後に斎場だ」

「さいじょうってなんですか?」

「葬儀を執り行う場所だ。お供え用の果物が余っているから引き受けているんだ。冷蔵庫で果物籠やマンゴーを見た覚えがあるだろう? あれは全部斎場からもらってきたものだ。ほのかに線香の香りがするから今度かいでみるといい。お盆の季節には寺からも寄付してもらっている」

 たまにやたら綺麗な果物があるなと思っていたら、そういう代物だったのか。元はお供えものと知るとドラゴンに食べさせるのは気が引けるが、捨てるよりはよっぽどいいかもしれない。飼料費はそうやって節約していたのだと今更知った。 

「昼までに帰りたいからとっとと行くぞ」

 ヒゲはポリバケツに手慣れた様子でロープをぐるぐるひっかけると運転席に乗り込んだ。助手席に座るとエンジンがかかり車が動き出す。五十嵐さんとニ人で長時間のドライブだ。一体、何を話すべきかと考えていたら、裏門をでてしばらくしてヒゲが口を開いた。

「園長に無理難題でもひっかけられたか?」

「ぶっ……!」

 一番突っ込まれたくないところを突っ込まれた。なんでこう、この人は鋭いのかね。

「俺ってそんなに分かりやすいですか?」

「園長室からでてきた直後、“無茶言うな、あのタヌキ!”と顔に書いてあった」

「ぶっふぉ!?」

 思考的中され鼻水がでた。いや、だからなんなのこの人。

「んで、なんて言われたんだ?」

「ええっと、今度の議会で『ドラゴンパークは必要か』という質問がきているそうで、少し前までそっちの立場だった俺だったらどう答えるか参考に知りたいと。ドラゴンパークの今後に関わるそうなのでよくよく考えろとプレッシャーも与えられました」

「あー……なるほど。あのタヌキらしい。長年働いている人間だって難しい質問だよそれは」

 ハンドルを握るヒゲの横顔を思わず見た。彼ならいつものようにささっと答えるかと思っていた。

「どうしてですか?」

「答えがないからだ」

 五十嵐は前を向いたまま答えた。その目は、どこか冷めているよだった。

「そうだな。この間、ワームの伝説を調べてみてどう思った?」

「実物と伝説上ではまるで姿が違うなと思いました。共通点はゼロじゃないですが、丘を三週ぐるりと巻き付けるぐらいの大きさなんてありえないですよ」

「そうだ。かつてはいたかもしれないが現代では無理だ。どうしてだと思う?」

 巨大なワームが現実にいたら? ワームが巻き付いてガラガラと建物が崩れる映像がすぐに頭に浮かんだ。絵面は完全に怪獣パニック映画だ。

「そんな巨大なワーム、そこらへんを歩いているだけでも危険だからですよ」

「それが答えだ。科学がまだ発展していなかった時代、人は自然災害や理由のつかない現象をドラゴンによる仕業と考え、多くのドラゴンの伝説や英雄を生み出していった。けれど、時代が移り変わり科学が発展し自然の仕組みが解き明かされると関係性は変わっていった。人を食べる、人を焼き殺す、致死性の毒を吐く……畏敬が失われ、よき隣人とは言えない存在は人間にとって危険であり悪だ。だから中世以降、ドラゴンは悪魔と同一視されどんどんと狩られていった。タラスクの退治の話なんて典型的な例だ」

「つまり、大きなワームは絶滅し、今の大きさのワームしか生き残れなかったということですか?」

「そうだ。そうして現在、野生のドラゴンはほぼ絶滅し、大半がドラゴンパークのような施設で暮らしている」

「ドラゴンたちを野生に返す計画とかはないのですか?」

「獰猛で希少の荒い野生ワイバーンに頭上を飛んで欲しいか? ゾウをたいらげる大食漢だぞ。人間なんて格好の獲物だ」

 ぶんぶん頭をふる。無理だ。人慣れしているから付き合っていけるけれど、野生のワイバーンなんて遭遇したら、一流のハンターでないただの一般人の俺は死ぬ。間違いない。

「ドラゴンには返せる生息地がなく、人間が維持管理していくしかない。だからこそ、飼育する上で必ずつきまとう疑問がある」

「なんですかそれは?」

「ドラゴンを飼育し続けるのはただの人間のエゴではないか? 見せ物として維持したいだけではないか? 本当にそれはドラゴンのためなのか? ドラゴンパークが必要かどうか。俺もまだ分からない答えだ」

 ヒゲはガシガシ頭をかいた。彼が分からないというのに、どうして俺が答えられるというのか。

「ぶっちゃけ頭に追いついていないところがあって、分からないことが多いです。でも、人が飼育をやめたとき、ドラゴンはどうなるのですか?」

「――伝説にかえる。それだけだ」

 車内に沈黙が訪れる。けれど、それを打ち勝てるような言葉を俺は持っていなかった。

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