第30話 議会ってなんですか?

「例のワームの解説動画見ましたよ。いやあ、話には聞いていましたが想像以上に奇抜な内容で大層驚きました。あれだけの反響を巻き起こすのも納得と言いますか。話題につきませんねぇ、河合君は」

 目の前には、にこやかな笑みを目に浮かべた老人が座っている。彼の第一印象は年取ったタヌキであった。今はそんなこと感じさせない好好爺に見えるが、かえってそれが表の顔を上手に取り繕っているのではないかという疑念を抱かせていた。事実、笑う目の下の表情は読めず、今回の俺のしでかしたことに対して、本音がどこにあるのか分からない。

 確かにワーム動画は世間的には受けたが批判はゼロではない。苦情の電話を受けている事務方を見るたびに心が痛む。自分のケツは自分でふけばいいと思っていたが、そんな考えはあまちゃんだった。あまりに事が大きくなりすぎると、1人では到底対処できなくなる。そしてドラゴンパークに属するかぎり、俺のやったヘマでも、それはパーク全体の責任なのだ。〝お前の行動一つが下手したら組織全体に迷惑がかかると思え〟と五十嵐さんの言ったことが思い浮かび、これが社会で動くことなのだとここにきてようやく理解した。

 今回の呼び出しはお叱りではないようだ。けれど、ねぎらいの言葉を述べるだけでは終わらない雰囲気で、どうして俺が呼ばれたのかいまだ分からない。


「今日こうしてお呼びしたのは、ひとつ聞きたいことがあったからです。新規採用職員としてドラゴンパークに何も知らずに来たあなたの素直な意見を聞きたいのですよ」

「はぁ」

 そういや東さんが、俺をパークにいれたのは新しい風をいれようとした園長の仕業じゃないかと言っていた。一体、何を聞かれるのだろうか。素人目から見たドラゴンパークの改善点か。坂が多いのはバリアフリーの観点からも、俺の体力的にもなんとかして欲しいと常々思っていた。あとは、もう少し順路を分かりやすくするよう、地面に矢印があったらいいな。一本道じゃない上、入り組んでいる箇所もあるので未だに迷うのだ。期待に応えられるよう、何を聞かれてもそれなりの答えがだせるようあれこれ頭で考え、さぁどんと来いと待ちかまえた。

「河合くん、ドラゴンは存在する価値があると思いますか?」

「は……?」

 けれど、いざやってきたのは、思わず無礼な聞き返しをしてしまう問いかけであった。 

「ドラゴンの……価値ですか?」

「ええ。ドラゴンを飼育していくには莫大な費用がかかります。1億円。これがなんの額が分かりますか?」

「ドラゴンの年間の飼料費でしょうか」

「いいえ、パークの年間の赤字です。飼料費、消耗品代、水道代、電気代、ガス代、人件費などの年間3億円の支出、そしておみやげ代、入園費、えやさり料金などの2億円の収入があります。よってマイナス1億円の赤字を市民に負担してもらっています。ただでさえ毎年それだけの赤字がでているのに、今年は一番の稼ぎ時であるゴールデンウィークが休園となり財政が厳しいです。それに加えこの状況がいつまで続くか不透明。それでもドラゴンはそんなお金をかける価値に見合うだけの存在だと思いますか?」

「思います」

「どうしてでしょうか?」

「パークは市民の憩いの場であり……ええっと、大切な場所であるからです。ドラゴンはいなくてはならない存在です」

「ですが、世間にはそう考えない人もいます。彼らにとってドラゴンは大きなトカゲにすぎず、“どうしてそんなものに金をかけるのか”と思っています。現に今度の議会でも、質問が来ていましてね」

「議会とはなんでしょうか?」

「そもそもドラゴンパークは市のものです。経営や方針などは私たち市の職員に任されていますが、きちんと機能をしているか評価するのは市民です。ですが市民一人一人に聞くわけにはいきませんので、代表として市議会議員を選び彼らに願いを伝えるのです。ざっくらばんに言うと、議会はドラゴンパークが評価を受ける場です。年に4回開かれ市議会議員からの疑問やこうした方がいいのではという質問に受け答えしなければなりません。議題にあがらない場合もあるのですが、今回はこうした質問が来ていまして」

 園長がペラりと机に紙を置く。そこには『ドラゴンパークの必要性について』と書かれていた。

「毎年赤字をこれだけだしているならいっそ閉鎖して、お金をもっと別のところへ回した方がいいのではないか、だそうです」

「ですが、やめましょうという事態になったら、ドラゴンはどうするのですか? いなくなってしまうのではないでしょうか?」

「その通りです。ですが、いなくなったところで何も困らない人の方が多いのですよ」

「そんなことっ……!」

 反論しようとして、はっと気づいてしまった。ちょっと前まで俺もそっち側の人間だったじゃないか。ドラゴンパークに来て色んなドラゴンやそこで働く人と出会ったからこそそう思うのであって、でなければドラゴンなんてトカゲの認識のままだっただろうし、いなくなったところで気づかなかっただろう。

「今現在、世界には約七千の言語があると言われていますが、その多くが絶滅の一途をたどっています。2週間に1つほどの割合で言葉が消失しており、このままでは半数が消失するともいわれています。文化というものは言葉とともに継承されていくものですが、言語がなくなれば消滅してしまい、世界から文化の多様性が失われます」

 いきなりなんの話だろう、と疑問顔の俺に園長はふふっと笑った。

「“だからどうした?”って顔をしていますね。それはあなたがたとえ少数言語がなくなったところで“何も困らない”からです。ドラゴンに興味がない方々と全く同じ反応ですね」

 図星をつかれ、言葉につまる。何も言えずにいる俺を、園長は目を細めた。

「ドラゴンはどうして必要なのでしょうか? それは生活に困窮している人に援助できるかもしれないお金を回してまで大切なことでしょうか? 少し前までドラゴンをあまり知らなかったあなたはドラゴンパークの中でこの質問者に一番近い立場にあります。この質問にどう答えればいいのか、参考にしたいのですよ。あなたなりの答えを待っています」

 彼はにこやかな、意地の悪い笑みを浮かべた。実に楽しそうに俺の呆気にとられた様子を見ている。仮面の剥がれたその顔を見て俺は思わずにはいられない。やっぱりこの人、タヌキだ。

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