第29話 どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません
5月上旬。閉園期間は終わり、園内にはお客さんが帰ってきた。中にはワームを見るために来園しました、という人もいる。暗いニュースは少し落ち着いたかのように見えるが、もしかしたら感覚が麻痺しているだけかもしれない。令和が始まった時は歴史の節目にいると感じたが、ここ数ヶ月の出来事はまさにリアルタイムで歴史が動いているようであった。後年教科書で触れられるのは間違いないが、2020年はどういう年号ゴロになるのだろう。
かくいう俺も、また人生の節目に立たされていた。
失恋したワイバーン相手に酒を酌み交わし、翌日二日酔いで獣舎に倒れていたところを発見される新人なんて他にはいないだろう。でもあの晩以来、色々と吹っ切れた花子が元気に飛び立つ姿を見れば結果的に良かったと思う。
それにワームの解説動画の件はがむしゃらにやっただけだ。たとえその結果、あちこちから取材が殺到し、電話線がパンクし広報に「なにやっとんじゃあああ!」と怒られても、それは理不尽だというもの。とある有名漫画家が夢にでてうなされたってつぶやいてたことや、「誰もが大変な思いをしているのに無神経ですね」という苦情電話がゼロではないことはそこらへんに置いておこう。
まだ社会に出て数ヶ月。間違えたっていいじゃない、人間だもの。と、グダグダ自身を正当化しないと目の前の扉を開ける勇気がわいてこなかった。「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」という文章の裏に隠れてにんまり口を開ける化け猫が描かれた看板がそばに置かれており、ただでさえ入りたくない。けれど、このまま引き返すことなんてもっての他だ。俺は園長室に呼び出されていた。
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