第28話 なんでもいいからやってみよう
夜に書いた手紙はそのまま投函せずに朝、一度読み直しなさい。そう、誰かが言っていた。
後から読むとどうしてこんな恥ずかしいものを、という内容が書いてあるからだ。なんでも夜という時間は静かで自分たちの世界に没頭してしまうからだとかなんとか。けれどそれは手紙に限ったものではなく物事全般に言えるだろう。
連日、通常業務後に夜遅くまで制作し、ついに完成した動画を翌日すっきりした頭で改めてみんなで鑑賞したのだが――その内容はまさにシュールという言葉につきた。
「なにこれ」
「なんか見ていて不安になんぞ」
「解説動画というよりは恐怖動画じゃない?」
「これアップしたら何か規制に引っかからないだろうな?」
完成した5分ほどの動画に、ワイバーン班の誰もが困惑するしかなかった。この気持ちはなんだろう。人口減少の歯止めをかけるため、なんとか人が来るよう村おこしをしようと躍起になって地元の人が、その村に伝わる逸話をもとにお手製でつくった巨大な謎の建築物を見た時の感情が一番近いかもしれない。完成したのかと、やじうまに来た他の班の人間が動画を見終わった後、何も言わず曖昧な笑みを浮かべて帰って行く始末だ。
動画が始まると真っ先に山川さんのパネル絵が映し出されるのだが、ものすごく怖い。ぎょろりとした目で家畜を食らうワームは、ゴヤ作の『我が子を食らうサトゥルヌス』を初めてみた時の恐怖を思い起こさせる。見たら呪われる画像のページを開いたようだ。
パネル絵からカットが切り替わると、井戸があり、小川があり、トゲトゲの鎧があり、あたりかしこに頭蓋骨が転がり、牛がいる映像が映し出される。意味不明のカットの連続だ。そこへ背後からズイズイっと不気味な音が聞こえてくる。バッと後ろを振り返ると得体の知れない生き物がこちらに這い寄ってきており、このままでは衝突するというタイミングでその生き物は方向転換して牛の模型へと向かい巻き付き始めた。
一体、何が起きているのかと不安に感じたタイミングで解説が差し込まれるが、これまた不気味さを醸し出す東さんのイラスト入り解説板だ。文章だけみれば子供にもわかりやすい内容だ。だが問題は絵だ。独特すぎるそのタッチは劇画調。方向性としてはホラーマンガや不条理マンガに近い。山川さんの絵のような思わず目を奪われる美しさがあるわけではない。けれど一度、視界に入ってしまったが最後。心をつかんで離さない何かがある。いや、そんな言葉では生ぬるい。何かねっとりとまとわりつくものに絡まれ身じろぎ出来なくなり、目をそらすことができないと言えばいいのか。どこからともなく声が聞こえた。――これは見てはいけないものだ、と。動画が終わりはっと目が醒め、現実に戻った。一体俺は何を見せられたのか理解できないのに、まるで過去にワープしてその目でワームの退治見てきたかのように細部までありありと情景が浮かぶ。東さんに何か作らせることを阻止するみんなの気持ちが分かったよ。現代の科学をもってしてでも説明できない現象を引き起こす危険があるのだ。今日は悪夢を見るに違いない。
「異様な雰囲気ですね」
完成した喜びよりも、これを世に出していいのかという気持ちの方が大きい。救いを求めて五十嵐さんを見ると、ぽりぽりと頬をかいた。
「ともかく完成したんだ。アップしよう」
視聴者の反応は思っていたとおりのものだった。
『ヒイイイイイ』『俺たちは一体何を見せられてたんだ……?』『ワーム怖い……ヒェ……』『アム……リタ……』
様々な反応を前に、この動画が彼らのトラウマになってしまわないよう、苦情がこないように祈った。ワームも条件反射で虫って言われず、知名度アップに少しは貢献するだろう。予想とはまるきり異なるが、結果的には良かったのだ。これでいいのだ。
昼休みにご飯を食べたあとに爆睡していたら、隣からの「ええええ!」という悲鳴に飛び起きた。寝ぼけ眼で横を見やると東さんが鼻先にスマホをつきつけた。
「さっきの動画の再生数がすごいことになっています!! しかも今なお拡散中です」
「へーどれくらいですか?」
「10万です! 次々にまとめサイトに転載され、ネットニュースサイトから記事にしていいかとリプが何件もきています!」
東さんがどれだけ熱心に説明しても、いまいちピンと来ない。ネットの出来事なんて、所詮ネット内のこと。まぁこれで閉園期間が終わったらワームを見に来る人が少しでも増えたらいいなとあくびをし、業務開始まであと十五分あるし二度寝するかと構えたところで、広報担当の方がこちらに歩いてきた。
「ワーム担当いる~?」
「あ、はい。なんでしょうか」
「テレビからリモート取材依頼が来ていてね。ワームがどうたらって言っているんだけれど詳細が分からないの。なんのことか分かる?」
思い当たることがありすぎて思わず、東さんと顔を見合わせる。
「えーっとですね……」
そこへもう1人、広報が現れた。
「河合君、新聞取材の申し込みがあってさ、ネットで話題のワームがとあちらは言っているんだけれど、なんのことかさっぱりで。心あたりある?」
「へ? えーっとですね……」
改めて説明しようとしたら電話が鳴り響いたあと、誰かが声をあげた。
「もう一件、別の局からもワームのことで依頼はいりました――!」
ここから先のことは忙しすぎてよく覚えていない。事実だけ列挙すると、例のワーム解説動画が“とある動物園の公開した動画がヤバすぎる”“見たら呪われる動画”“公式が病気”とネットで受けた結果、新聞テレビ雑誌ラジオの取材が殺到した。
友人たちからは「テレビ見たよ!」「いきなりお前がでてきて鼻水ふいた」「どこにも行けないこの時期にヘンテコな話題をありがとう」というメッセージが届き、家族ラインは大いに盛り上がっていた。
時間をかけて作った力作はあまり反応がかんばしくない一方、ぱっと思いつきで作ったものや精神状態が尋常でない時に作ったものの方が世間的な受けが良いのはなぜなのだろうか。この現象になにか名称をつけて欲しい。
「なんで……こんなことに……」
ため息をつけば、ポンと五十嵐さんに肩を叩かれた。
「結果はどうであれ、これだけ話題になるなんて大したもんだよ。俺はこの閉園期間中、何をすべきか悩みに悩んでいた。でも結局あーだこーだ考えたところで、手をつけなければ何も始まらないと分かったよ。ありがとうな」
目をパチパチする。五十嵐さんも同じ悩みを抱えていたなんて思いもよらなかった。
「さぁ午後作業に行くぞ」
「あ、はい!」
連日の報道で先行きがどうなるのか不安だった。見えないふりして、なんでもないふりをして、このままでいいのかと思っていた。
そんな中、ちょっとでもドラゴンを知ってもらいたい一心であの動画を作った。人にとっては何の役にもたたないと思う。けれど、どこかの誰かにとっては生活のちょっとした刺激になってくれたのだ。それが何より嬉しい。俺がやれることなんてたかがしれてる。でも、できることを少しずつやるしかないのだ。
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