第27話 伝説を再現しよう

「暗っ!」

 読み終わった後、真っ先にそんな感想がでた。特に悪いことをした訳ではないのにたまたまワームを釣り上げてしまったばっかりに、最終的に子々孫々まで呪いをかけられるなんて理不尽にもほどがある。猫が祟るのは7代までだが、それよりも長いってどれだけ執念深いのか。賢女もやっていることは魔女に近い。

 それに息子よ、7年間贖罪の旅にでるならとっととワーム退治にでかけた方が良かったんじゃないか。ここらへんのキリスト教的な考えはよく分からない。あとこの物語にでてくるワーム、俺の担当するワームと同じ存在とは思えない。言われてみれば口の端に孔が何個か空いていた気がするし、食べ物は鶏頭、好物はミルク、トゲトゲの服を着ないと巻き付いてくるなど共通点はあるが、サイズは小さいしここまで凶暴ではない。一体どういうことだろう。

「ドラゴンって訳が分からないな」

「まったくもってその通りですね」

 椅子の背もたれによりかかり背伸びしながら顔をあげた先に、東さんの逆さまの顔があった。なんでここに、と思うと彼女の手にドラゴンの資料があった。 

「河合さん、ここに来るのは初じゃないですか? どうしたんですか?」

「ワームの魅力を伝える動画作成のために何か良いアイディアがないかと調べていたのです。ちょうど今、ワームのでてくる昔話を読んで現在とは全然姿形が違うなって思ったところで」

「それ、ワームを見た瞬間に気づくことじゃないですか? 今更ですか? たとえ知らなかったにしても担当ドラゴンの伝説を今日まで何一つ調べようともしなかったんですか?」

「……はい。俺はダメダメ担当です」

 つらい。正論だけにつらい。何も言い訳できねぇ。

「あ、すみません。河合さんはここに希望して来た訳じゃないってことを忘れていました。でもドラゴンパークにドラゴン好きじゃない人がいること自体珍しいんですよ。ドラゴンを飼育している施設自体少ないので、毎年求人がある訳ではなく求人がでたら倍率は軽く50倍は越えるほどです」

「えぇ……どうしてそんなところに俺が?」

「さぁ。あえて何も知らない人をいれて新しい風をいれてみようと園長あたりが思ったんじゃないでしょうか」

 園長ってあの小柄な老人か。あの二日酔いした日以来見かけた覚えがないがどこにいるんだろう。

「で、何かいいアイディアは思いつきましたか?」

「色々と考えてみたのですがやっぱり解説動画しかないかなと。もう少し詳しい内容を盛り込んだものを作ることができれば」

「案自体は良いと思いますよ。でも河合さんがもしドラゴンパークに勤める前、ネットを見ているときにドラゴン解説動画が流れてきたら開いていたと思いますか?」

 言われてハッとした。ドラゴンに興味をもったきっかけはあくまでそういう仕事に就いたからで、もし普通の公務員だったら何一つドラゴンのことなんて知ろうともしなかっただろう。

「……思いません」

「でしょう? そういうものなんです。解説系ってよっぽど興味がないと見ないんですよ。動物園の看板とかがいい例です。ゾウさんキリンさんを見て大きいね、首長いね、と動物だけ見て、そばの解説なんて読まれないまま通り過ぎられます」

 我が身に思い当たる節がありありとあった。確かに読んだ覚えがない。

「うーむ、解説動画を作る方向性は悪くないけれど、知ってもらうのが目的ならばまず目に入るような工夫を考えていかないのか」

「はい。言われると当たり前のことだと思いますが、本当に難しいんです。どうやったらもっとドラゴンのことを知ってもらえるだろうと誰もが悩んでいますよ」

 人の目をひきつけるものってなんだろう。美しいもの、恐ろしいもの、奇抜なもの、見たことがないもの。何かに特化していれば注意をひくし、そうでなけなければ存在すら気づかないで終わる。今のワームにはどういう注目ポイントが必要だろうか。

「参考に聞きたいのですが、東さんはドラゴンのどういう点にひかれるのでしょうか」

「圧倒的存在感で人を恐怖たらしめるところです」

「恐怖、ですか?」

「ええ、たとえば旧約聖書などで語られるリヴィヤタンです。太陽や月を食い荒らし日食や月食を起こし世界から光を奪い、神々さえも恐怖させる誇り高き獣の王。彼は世界の終末である『審判の日』には人類を滅ぼそうと暴れ回ると言われています。かのドラゴンを前に私たちは無力感にうちひしがれるしかないんです。まさに人類を弱者におとしめ絶対的恐怖を体現させてくれるドラゴン。なんと魅力的な生き物だと思いませんか?」

「え……ええ。そう思います」

 キラキラした目で強く訴える東さんには同意する他ない。その輝くばかりの顔で話しているとは思えない内容だが、なんというかやっぱり変わっている人が多いよね、ドラゴンパーク。

 しかし、ドラゴンと言えば恐怖。確かにそうだ。ワームも村を脅かす怪物であったことをうまく表現できればいいのじゃないだろうか。かつての伝説のように。……伝説の、ように?

「いい案が思いつきました! ワームを知ってもらえて虫って言われないような方法が!」

「え、どんな案でしょうか?」

「ラムトンのワームの伝説を――再現するのです!」

 オンボロの資料館内を声が響きわたる。東さんは不思議そうな顔をして首を傾げた。

「伝説を再現……ですか? 一体どのように?」

「展示場を舞台に見立てて、ラムトンのワームのエピソードを語る場とするのです」

 俺の言葉に東さんはますますフクロウのように首を曲げた。

「ワームを虫って呼んでしまうのは、そのバックグラウンドを知らずに見たまんまの感想を言ってしまうからです。なのでどんなドラゴンなのか知ってもらうことが大切ですが解説動画を作るにしても、まず目を引きつける要素が必要です。ワームといえば、あまたの家畜や騎士を絞め殺し村人を恐怖にさらしたドラゴンです。そこを最大のアピールポイントとし、伝説になぞった複数枚の大きな絵を展示場の後ろにズラズラっと並べて、直感でワーム本来の恐ろしさを感じとってもらえるようにして、その後に物語を伝えるのです」

「なるほど、絵物語のようなものですか。教会で壁画や祭壇画を使い聖書の物語を伝える手法に似ています。普通はドラゴンを主体にどう解説するか考えますが、ドラゴンも物語に取り込んで紹介すると。“伝説の再現”とはちょっと大げさですが、おもしろいです。やってみましょう。せっかくなら絵だけではなく他にも小道具が欲しいですね」

「はい、最大の見せ場である退治シーンにでてくるトゲトゲの鎧は欲しいです。これは段ボールでなんとかそれっぽいのを作ることができれば」 

「鎧なら本格的なものが倉庫にありますよ。以前“君も聖ゲオギルスになろう”イベントで作った後、放置されているものがあるので勝手に借りても大丈夫です。トゲ部分には私のムシュムシュ毒針コレクションを使いましょう」

 なんだそのイベントは、なんだそのコレクションは、と色々と突っ込みたいが長々と説明が始まりそうなのでぐっと抑えた。

「鎧はよしと。バッグの絵の方は大まかに“息子がワームを釣り上げるシーン”“ワームがどんどん巨大化するシーン”“ワームが家畜をむさぼり騎士たちが太刀打ちできないシーン”“退治のシーン”の4つに分けたものを置きたいと思っています。A3用紙でカラーコピーしたものをラミネートして何枚かつなぎ合わせて等身大サイズにして板に張ればいいと思うんですが……肝心の絵は何かいいのありませんか? 俺、ちょっと絵には自身なくて……」

「ラムトンのワームの表紙絵はどこかにあったと思うのですがそれ以外は見たことないです。私が描きましょうと言いたいですが、それだけの量の絵を描き終えるにどれだけ時間がかかることか」

「いい案だと思ったんですが、絵がないとどうしようもないな……」

 伝説を再現する! なんて思いつきで勢いで言ったものの、肝心要の絵をどこから調達すればいいか全く考えていなかった。見る人を引きつける絵なんてそうそう描けるものではない。かといって他に良いアイディアは浮かばない。これはもう、へのへのもへじと棒人間しか描けない俺がやるしかないのか。いや、無理! 誰か無茶を承知で描いてくれる人がどこかにいないのか?

「それなら僕が描くよ」

 と思っていたところにて天の声が聞こえた。振り返るとそこには山川さんとヒゲがいた。いやなんでここに、と目をぱちくりさせているとヒゲが口角をあげた。

「おもしろそうな話をしているじゃないか。俺らも混ぜろ。今日の業務が終わったら手伝うぞ」

「いいんですか!? ありがとうございます! 山川さん、絵を描けるのですか?」

「うん、前にワーム担当だったときに解説のために描いたのが色々とあるから大丈夫だよ。こんな感じのものだけれどいい?」

 山川さんはポケットに入っていたスマホを手に取りこちらに画面向けてきたが、そこに映し出されたものに思わず息をのんだ。そこには暴れ狂うワームの姿があった。伝説にのようにその体は巨大で、蛇を思わせる胴体には鱗が鈍色に並ぶ。広げた口には無数の歯がぎらぎら輝き、餌食となった獲物の最後を思いぞっとさせる。足下にはこのドラゴンの犠牲になったであろう、何かの動物の頭蓋骨やあばら骨、やひしゃげた騎士たちの死体が横たわり、グロテスクさも相まって凄みが伝わる。豪勢さと筆致の細部までこだわった緻密さはまるでバロック美術だ。すげぇ。こんな絵を描ける人、世の中にいるんだ。隣で東さんもほぅっと感嘆の声をあげた。

「私、山川さんがどうしてこの道に進まなかったのか、絵を見る度に思うんですよ」

「まあ趣味の範囲だし、ドラゴンを見るのが好きなんだよ。こういうのでいいならちょっと修正を加えたものを知り合いのところに頼んでパネル絵にしよう。耐久性はあまり高くないけれど撮影するだけであれば問題ないだろう」

「ありがとうございます! お願いします!」

「配置場所はここら辺にするか」 

 ヒゲがなにかしていると思っていたらメモ帳に詳細なワーム舎の見取り図を描いていた。どうして定規なしにまっすぐ線が引けるの。どういう記憶力なの。なんなのこの2人。

「すっげぇ。はい、そこが一番いいと思います」

「ついでに井戸をここらへんに置こう。前にイベントでナッカー紹介に使ったハリボテがある」

「ありがとうございます。欲しいと思っていた鎧と絵とドラゴンはもうほとんどそろっている。あとは……」

 東さんがぴっと手をあげた。

「ワームの説明書きです! 紙芝居のようなものに子供にも分かるようにイラストをふんだんに使ったやつを作りましょう。こっちの絵は私が描きます!」

 東さんがそう言うと、山川さんとヒゲが顔を見合わせた。いや、まずいぞ、流石に止めた方が……でもここはあえて描かせた方が……しかし……となにやら小声で会議を2人が始めている。レジンの時も思ったがそこまで言わせるとは、東さんが作り出すものはどんだけやばいんだ。

「わ・た・し・が描きます!」

 けれど結局東さんと俺で作ることになった。方向性は決まり早速制作にとりかかる。五十嵐さんがふせんを張ったワーム資料をもとに大まかな解説板の下書きを東さんが書き俺が清書する。他の3人に較べ出来ることなんて限られているがやれることをやるのだ。ただ一心にやり続けるだけだ。遅れて尾上さんもやってきた。なぜか、等身大の牛の模型を引き連れて。

「…………なんですか、それ?」

「牛だ。これぐらいの大きさの動物をむさぼって食っていたんだぞ、って伝えるには本物と同じ大きさが目の前にあった方がリアルでいいだろうって思ってな」

「どっから持ってきたのですか? それを持っている人はどれだけ牛好きなんですか」

「知り合いんとこの移動動物園ところだ。ただの模型じゃねぇぞ。中に水をいれれば搾乳体験も出来るんだが、水漏れしちまうってことで後で直すことを条件に無料で借りてきた」

「ありがとうございます! 助かります!」

 そうしてワイバーン班総出でとりかかることになり、何かやっているらしいと噂を聞きつけた他の班から差し入れや動画編集をやってもらいながら、作業は進む。やることは果てしなく、ちゃんと完成するのかと不安はゼロではないけれど、それよりも楽しさの方が大きい。このわくわく感は、あれだ。文化祭のだしものの準備していたあの時に似ている。いつまでも終わらない準備に学校に時間遅くまで残っていたあの日々。けれどあの頃とは一点、違うことがある。先生という、権限をもって制御してくれる人物がいないのだ。ゆえに誰の歯止めのないまま、作業は続く。

「この絵、もうちょっと手を加えていい? もっとおどろおどろしい感じにしたいんだ」

「血糊買ってきたぞ!」

「実際の骨もあったらリアルでいいですね。鶏頭を煮て骨格標本を作りましょう」

「やりましょう、やりましょう」

 一度加速したものは急には止まれない。作業は熱気を帯びて進む。そしてそれは数日後――ようやく完成した。

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