第15話 デザインって何ですか?

 家に帰るやハンドメイドサイトを巡り、作りたいと思ったのをスクショし、翌日に同じようなパーツを使って真似ようとしたが結果は散々であった。イメージするのは最強のレジンなのに、出来上がりは誉める要素が何一つない駄作だ。どうしたら良いレジンが作れるのかなにも分からない。分かっていることと言えば、材料費を無駄にしまくっていること。そして段々とピースが呼んだだけでは来なくなってきていることだ。「良いものあげるよー」と言われ、なにくれるのーとわくわく喜んでいたのに、もらったものが心の底からいらない時のガッカリ感ははんぱない。それを何度も繰り返していたら、愛想だってそのうちつきるものだ。いかん、このままではピースをますます悲しませるだけだ。

「いきなり複雑なもんを作ろうとするのが駄目だと思うぞ。まず簡単なものを作ってみろ」

 見るに見かねたヒゲにアドバイスをもらい、ビーズのみを使ったレジンを作ってみたが、全体的にバランスが悪く見栄えがよくないものが出来上がった。シンプルなものが簡単とは限らない。シンプルゆえに、空間とか奥行きをどうしたら良いかの別のセンスが求められるのだ。おそらく。

 簡単そうなもの、簡単そうなものと若干ノイローゼ気味に休み時間中にサイトたちを巡回していたら、果実を象った色を染めただけのデザインが見つかった。レジンの中にパーツをいれなくてもいいのか。これなら俺でも作れるだろうと早速取りかかり出来上がったレジンは、そっくりそのままとはいかないものの画像とかなり近寄ったもので、今までで一番の出来であった。

「尾上さーん、これならピスヘントに受け取ってもらえるんじゃないんでしょうか!」

「ふむ、いいと思うぞ。どうやって思いついた?」

「ハンドメイドサイトにのっていたやつを真似しました。この画像なんですけど……」

 そう言い掛けたところで、尾上さんの目が変わった。

「バカヤロウ――!!!」

 罵声で鼓膜がびりびり震える。ワイバーンの花子に絶叫を思い起こされる大音量だった。

「デザインのパクリは重罪だ! 一見、なんてことはないデザインには、何百何千っていう試行錯誤があんだよ。そんな努力を知らないまま、ただなぞったものなんてもんは著作権の侵害だ、文化の盗用だ!」

 マスクをしていなかったら唾が顔にふきかかっていただろう。ちょっと真似ただけ、そんな軽い気持ちだったがここまで怒られるとは思わなかった。あと文化の盗用という言葉の使い方、絶対間違っている。

「でも、そんな簡単にデザインなんて思いつかないですよ!」

「当たり前だ! デザインは、魂から湧き上がるもんだ。一長一短に思いつくもんじゃねぇ!」

 それなら、作ってみろ、なんて簡単に言わないでくれよ。理不尽すぎる、と言いかけた言葉を飲み込む。今そんなこと言ったら油に火をそそぐ。

「最初に言ったとおりだ。自由に作れ。お前の好きなようにだ」

 そこまで言い放つと尾上さんは黙り込んでしまったので作業机に戻らざるを得なかった。


「デザインってなんなんだ……」

 ヒゲや山川さんみたいに手先が器用で細部に魂が宿るようなものなんて作れない。見てはいないけれど、みんなが怖がる東さんみたいに奇抜なものなんてもってのほか。頭を抱えながらでは当然良い物が作れるはずがなく駄作が積み上げっていき、ピースもいよいよ、呼んでも「めんどくさ」という顔をして近寄らなくなってきた。

 好きなもの。自由に。頭の中をぐるぐる回る。そもそも俺の好きなものってなんだ?アニメを見るのが好きだが、オタクを名乗れるほど知識があるわけではなくガンダ○シリーズは一つも見ていない。ゲームは子供の頃は好きだったが、最近ではめっきりやらなくなくなり、アプリゲームをぽちぽちやる程度だ。本もマンガも雑食で、広く浅く読んでいるだけ。思えば、今までの人生でこれが好きだと打ち込んだものがない。だって他の人より優れていると思えるものが、俺にはない。成績は中の中。サッカーではボールを受け取ったら相手に渡らないようにだけ頑張り、すぐにエースにパスを回した。徒競走はいつも中継ぎで、バトンを受け取った時の順位を死守するために走った。ストライカーでもアンカーでもない。それゆえ誰かに期待をされることなんてなく、楽になんとなく生きてきた。公務員になったのだって、表向きはこの市に尽くしたいからとは言っているものの、定時に上がれのんびり生きていけるという利点があったからだ。俺の人生って、なんなのだ。そう考えたら、駄作さえ作れなくなった。作りたいものが思いつかない。イメージが湧かない。手が動かない。なぜレジンを作るだけなのに、ここまで精神的に追い込まれる羽目になるのだ。レジンを作ると言った当初の、ヒゲのあいまいな返答を思い出す。今思えば、絶対こうなるだろうって知っていた反応だろう。止めてくれよ、なにが経験だよ。

 「デザインってなんなんだ……」 

 ぼやいても何も出来ない。透明な液を流し込んだ水晶型のシリコンの型を前に、どうしたものかと思っていたら、手にしていた染色液で緑色に染まったつまようじがぽとりとレジン液に落ちた。

「あ、やべ……!」

 あわててどけるがもう色は入り込んでしまっており、透明な液の中を緑の線が横断していた。

「あー……失敗した」

 今日は駄目だ。失敗作を固めて取り出して片付けようと紫外線照射したところ、水晶の中をすっと緑色の線が走る鉱石レジンができあがった。たまたま緑色のついたレジン液が垂れてしまった産物だが、何か妙に心に響くものがあった。 

「おっと新作ですか? 今までのは誰かの作品をなぞっただけの凡策でしたが、これはヘコアユみたいで可愛いですね!」

 いつの間にか隣にいたひょいと東さんが顔をだした。レジンを作り始めて初めて誉められた。かなりディスられた気がしなくもないが気のせいだ。

「ありがとうございます……ところでへこあゆってなんですか?」

「チンアナゴブームの次にくるだろうと私が思っている、水族館のアイドルですよ」

 ぱぱっとスマホを取り出すと、水槽が映った動画を見せてくれた。どこかの水族館だろうか。海草が右に左に泳いでいる。……いや、これは海草ではない。目がついている。生き物だ。

「この海草……もしかして魚なんですか?」

「そうなんですよ。体を縦にして泳ぐお魚で、海草に擬態しているのですよ。ヘコは『逆さ』アユが『歩く』を意味していて逆さに歩くからヘコアユ。可愛いでしょう?」

 東さんはにこにこ笑った。本当に生き物が好きなんだって思わせる笑顔だ。好きなものを好きって言えるっていいなあ。それにしても不思議な生き物だ。まるで線が動いているようであった。線……?その単語にぴんときた。

「ありがとう、東さん! 思いついたよ俺のデザイン!」

「へぇ?」

 なんのこと?と首を傾げる東さんをよそに、レジン作成にとりかかる。満たした透明なレジンの上に、レジン液をすっと線のように垂らす。――線だ。俺は飛行機雲が好きだった。青い空を白い線がつっきる姿は、見ていて飽きずいつまでも空を見上げていたかった。花火が打ち上げられ、パァーンと花開く前の、ひゅーっと玉が上る軌道が好きだった。花火の主役はそっちじゃないでしょう変だよ、って言われたことがあったが、それでも好きなものは好きなのだ。俺は線が好きだった。まっすぐ突っ切ったその先に、なにがあるのかわくわくさせるものがある。ただ、好きだったことを今まで忘れていただけだ。線が好きなところで日常に何の役にも立たないから、頭の隅に追いやられていたのだ。

 好きな物を、自由に。そうだ。センスの欠片もないのに、スチームバンク風を作ろうとして歯車とか鍵とか入れすぎてゴタゴタさせたものや、なんとなく受けそうと思ってキラキラを入れたのがそもそもの間違いだったのだ。デザインは俺の中にあったのだ。そんな思いを込め、線を描く。そうして固まったレジンを持ち上げ、蛍光灯に照らす。透明なレジンに青い線と白い線がすっと絡み合わないまま延びる。シンプルすぎるような気がする。ちょっと物足りない気がする。でも、誰かのデザインをそっくりそのままなぞらえた訳ではない。好きなものにちょっと工夫を加えた、俺の考えたデザインだ。そうして出来上がりを尾上さんに見せに行くと、じろりと睨まれた。

「……パクリじゃないだろうな?」

「俺の考えたデザインです!」

 言い切ると、ふむという顔をしてレジンを手に取り掲げた。

「悪かないな。最近凝ったものを作りすぎていたから、こういう素朴なものを考えたことなかった。俺は良いと思う」

「うおっしゃあああ!」

 あとは最終試験だ。


「ピースさーん、ピースさまー」

 こうして呼ぶのは何度目か。彼は、また来たよこの人、という顔をしながらもしぶしぶ寄ってきてくれた。まずは第一関門クリアだ。レジンを置くと、じっと眺めてやおら口にくわえた。どきどきして見守ったが、彼は放り投げることなく、そのままくわえている。これはもしや、あれなのか。ついに、受け取ってもらえたのか……? でも、よく見るとものすごい微妙な顔をしている。サンタさんのくれたプレゼントが1番欲しいものじゃなくって、10番目ぐらいに欲しかったものだったような子供の顔に見える。


「合格だな」

 ガッハッハと笑いながら尾上さんがバンバンと俺の背中を叩いた。

「でもどっちかというと、もらっておいてやる、という態度ですよ」

「だが、受け取ってもらえたことに変わりはねぇ。お前がピースのために頑張って作った気持ちが伝わったんだ。よかったじゃねぇか」

「俺としては涙を流して大喜びして欲しいです」

「バカ野郎。俺がこの腕になるまで上達するのにどんだけ努力と時間をかけたと思っているんだ。ほんの数日であいつらが大喜びするようなもの作られてたまるかってんだ」

「ちょっと待ってくださいよ。ではどうして俺に作らせたのですか?」

「今度のゴールデンウィーク用のガチャ用鉱石レジン作りをお前にも手伝って欲しくてな。こういうのってアタリとハズレがあった方が盛り上がるじゃねぇぁ」

「そっちが真の目的じゃないですか!  ていうか頑張って作った物をハズレ扱いされるのは流石に傷つきますよ!?」

「なら腕を磨けばいい話だ。ピスヘントたちの喜ぶ顔が見たいんだろう? ちゅうことで、今後も手伝いよろしくな」

 にやにや笑う尾上さんにまんまと口に乗せられたと知るのも後の祭り。新たな仕事を押しつけられたが、でももっとピスヘントたちが喜ぶレジンを作りたいと思ってしまったからしょうがない。こうなったらいつか、ピースが大事にしてくれるレジンを作ってみせるのだ。そう心に決めた。

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