第14話 ピスヘントのピース

「鉱石レジンてのは、そもそもレジン液というものに色をつけて素材を封じ込め固まらせたものだ。レジン液にはUVレジンとエポキシレジンの2種類ある。UVレジンは紫外線で短時間で固まるのに対し、エポキシレジンは化学反応で硬化する分、完成するのに1~3日と時間がかかるが厚みのあるもの立体的なものを作るのに適している」

 午前中の飼育作業を一段落終えた空き時間にハンドメイド講座が始まった。

 ビール腹を抱えた尾上さんが女子力やマダム力溢れるレジンを作るなど、端から見たらまるで想像できない。今の世の中、そんなこといったら偏見だのなんだのと怒られるだろうから口にはださないが、まるで対極の存在ではないだろうか。ちなみにいつものヒゲの質問は後回しになった。というのも、尾上さんにレジン作りに誘われたと伝えると

「あ――うん。まぁ、いろいろと経験も大事だ。そっちに力をいれて欲しい。あれだ、頑張れ」

 と、微妙に歯切れの悪い返答をもらった。一体なんなんだ。

 使用するものを並べていたところで東さんが「私もまたやりたいです!」と寄ってきたが、尾上さんがさっとヒゲに目配せすると「東、そういえば手伝って欲しいことがあるんだ、あったはずだ」とヒゲがいきなり言いだして「えーしょーがないですねー」と言う東さんを連れ立っていった。なんなんだ、その無言のやりとりは。そこまでやばいのか。


「今回は時間があまりないからUVレジン液を使う」

「紫外線ってことは太陽にあてるのですか?」

「いや、太陽だと一定の紫外線量を当てるのが難しいし、天候に左右されてよろしくねぇ。んなもんで、こいつを使う」

 指を差した先にあったのは両手で持ち上げられるカマドのような形をした白い機械だった。どこかで同じようなものを見たことのあるなと思ったら、彼女の部屋にあったジェルネイルを固まらせるやつだ。

「レジン液をシリコンでできた型枠に入れて、紫外線で固まらせれば完成だ。とりあえず、着色や素材を使わない小さい半円のを一個作ってみろ。こういうのは実際やってみるに限る」

 尾上さんから渡されたのは片手サイズの乳白色の長方形の物体だ。表面には色んなサイズの半円の穴が並んでおり、触るとぐにぐにしている。豊胸手術で使われるシリコンでできているそうだ。早速、小さな半円にどろっとしたレジン液を注ぎ、パンを焼くようにUVライトの中にいれ待つこと2分。取り出してみると、液体の表面が固まっており爪でたたくとコツコツと伝わり、押し出すとぽろりと落ち机に転がった。ゲーセンでとれそうな小さなプラスチックのおもちゃのようなものが簡単にできた。科学ってすげー。

「すごい……こういうのを自分でも作れると思うとなんか感動します」

「物さえそろっていれば、簡単にできる。あとはセンスとどれくらいのレベルを目指すかだ。色をつける塗料や素材、シリコンモールドも一通りそろっているから好きに使って色々作ってくれ。持っていってピースが受け取ってくれたら合格だ」

「分かりました。早速作ってみます!」

 ざっと並べられた素材を眺める。ビーズ、ガラス粒、ドライフラワー、天然石、金銀の星や月や動物型のメタルパーツ、ラメなど盛りだくさんだ。シリコンの型も、立方体、長方形、シズク型、水晶型、ダイヤ型もある。中には本物の鉱石から型どりしたやつもあるそうだ。その中でも一番目を引くのは歯車だ。中二病をくすぐる何かがある。ヒゲの、心臓をモチーフにしたレジンに使われていたやつだ。これは絶対使いたいと何個か手に取り、赤い塗料で色つけしたレジン液を満たしたシリコンの中にポイポイと入れる。そして、UVレジンにいれて紫外線を照射した後、わくわくして取り出したが、完成品を見て思わず首を傾げた。

「うーん……?」

 思い描いていたものと、実際出来上がったものが違う。ぱっと見てカッコいい!という感じがまるでせず、素人がつくった感が否めない。それに素材をいれた時に泡がいっぱい入ったまま固まり、かなり目立っている。封じ込められた歯車の位置のバランスが悪い。でもよく考えれば素人だし、初めての出来としては良いんじゃないだろうか。

「尾上さん、これどうですか?」

 声をかけると、彼は頬をかいてじっと見た。

「まぁとりあえずピースのとこへ持って行ってみるか」

 

 そして向かったドラゴンマウンテン。ピスヘントたちは元気に遊んでいる。

「ピースー!」

 アクリル板の前の、ピスヘントたちに鉱石レジンを受け渡せる場所に立ち、名前を呼ぶと1頭のピスヘントが寄ってきた。鉱石レジンをなくしたピスヘントのピースだ。朝に較べれば落ち込んでいないが、レジンを持っていないところをみると、まだお気に入りのレジンがないようだ。

 早速できたレジンをぽとりと置くと、ピースは近寄ってきて興味深そうにふんふん鼻をならしてた。

「ピースのために作ったんだ。大事にしてくれよな」

 彼は俺の言葉に応えるように口でくわえた。受け取ってもらえた。ちょっと微妙な出来かと思ったがそんなことないようだ。今日初めてレジンを作り始めて、早速合格とはなんという上達スピード。俺ってレジン作りの才能があるんじゃないだろうか。ほくほくした気持ちでピースを見つめる。彼はすごく喜んでいるのか、口でくわえたレジンを天に向けた。そして――そのまま顔を大きくふりかぶると、ぶんっという音とともにレジンをふりなげた。レジンはカランカランと音をたてて地面を何度もバウンドし、転がった先にあったウンコの中へとドブっと入っていった。ぱちぱちと瞬きをする。目の前の出来事を受け止められずにいた。投げられた。捨てられた。そう気づいたのは、しばらく放心してからだった。

「ピ――――ス――――――!」

 俺の悲痛な叫び声を無視して、ピースは来たときと同じくトテトテ歩き去っていった。

「気に入らなかったようだな。あいつら出来にうるさくて、満足いかないとああやって放り投げて捨てるんだ。お陰で俺の腕があがる一方だ」

「ひどい……あんまりだ……もし人だったら初めてにしては上出来だってほめてくれるのに、いきなりウンコまみれにするなんて酷すぎる……」

「ドラゴンは正直だからな。人みたいにおべっか使うことなんてまずないし、ぶっちゃけあの泡だらけの微妙な出来映えからあの反応は予想できたな」

「ぐは……!?」

 悲しみにくれる俺を、尾上さんがとどめをさす。でも確かにそうだった。あの泡は気になっていたし、傑作では到底言えない出来栄えだった。どこかで、ピスヘントならあれでも受け取ってくれるいだろうと思っていた己を恥じたい。俺は彼らの審美眼をなめており、その心境を見透かされたのだ。

「次! 次こそは受け取ってもらってみせる!」

「おお、その意気だ」 

 事務所に帰り、色とりどりの素材に向き合う。さっきは歯車に興奮したのが駄目だった。かっこいいよね、歯車。使いたくなるもの。でもこのパーツを使ったレジンを作るとなると、位置をどうするか、一緒に何をいれるかと、高いレベルのセンスが問われる。簡単に扱えないパーツなのだ。今回は泣く泣くあきらめるしかあるまい。

 次はどんなデザインにすべきか。レジンといえば、キラキラ系だ。イン○タ映えだ。女子っぽいものを目指そう。流行りのタピオカなんていいのではと半円の型枠に入れたピンクのレジン液の中へ、黒いビーズをどどどっといれる。泡はつまようじでせっせと取り除いた。ついでにラメや銀色の星をちりばめた。そうして固まらせたものを見て愕然とした。タピオカのつもりの黒い丸がカエルの卵にしか見えず、見た目がよろしくない。好き勝手いれたラメもけばけばしい印象だ。でも、遠目で見たらキラキラしていて綺麗だし、もしかしたら気に入ってもらえるんじゃないか。

「尾上さーん、これはどうですか?」

「判断するのは俺じゃねぇから持っていって見ろ」 

 そうして再び舞い戻ったドラゴンマウンテン。今度のやつはウンコまみれにはならないだろうと見つめていたが、呼ばれてきたピースはレジンを見るなり不満げな顔をしたかと思えば、そのままを触ることさえなくトコトコ去っていった。

「ぴ――す――――!!!」

 今回もまた駄目だったよ。でも確かにあれを彼女にプレゼント出来る作品かどうかと言えば答えはノーだ。絶対に一瞥して捨てられる。なのにどうしてピスヘントたちなら受け取ってくれると思ったのだ。まるで成長がないぞ。

 その後、作ってはドラゴンマウンテンに持って行ったが尻尾でたたきつけられたり、爪で割られたり尻に敷かれたりと散々な結果になり、その日は一度も受け取ってもらえずに終わった。

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