第13話 レジンを作ろう
翌日の朝。
尾上さんとできたてホヤホヤのピンク色の鉱石レジンを持っていくと、例のピスヘントは近寄ってふんふんと臭いを嗅いだが、何か違うと分かったのか受け取らず、そうこうしている間に別のピスヘントにとられてしまった。
「うーん、だめか。せっかく尾上さんに新らしいものを作ってもらったのに」
「ハンドメイドってのは一点ものだからなぁ、まるっきり同じものってのは作れねぇよ。ま、ピスヘントがお気に入りのレジンをなくすのはよくあることだ。3日もすればころっと忘れるさ」
「そんなものですか」
チラリとピスヘントを見ると、相変わらずしょぼくれた顔をしている。なんとかしてやりたいなと思っていると、尾上さんがポンと手を叩いた。
「そうだな、兄ちゃんがレジンを作ってみねぇか?」
「俺が、ですか?」
「ああ。いつもと違うデザインだったら、あいつも面白がるんじゃねぇかな」
「でも俺より山川さんとか五十嵐さんとかの方が手先が器用そうで適役じゃないでしょうか」
「あの二人は凝り性すぎてちょっとな」
尾上さんは尻ポケットから生温かいスマホを取り出し画面を向けた。そこには夜空を思わせる深淵な青に星空をちりばめたような輝きを放つ鉱石レジンとルビーのような深紅の中に歯車がしきつめられ時計仕掛けの心臓を思わせるがハート型のレジンが映し出されていた。美しい。もはや芸術品だ。
「青いやつが山川作、赤い方が五十嵐作だ」
「これはピスヘントたちも大喜びですね」
「そう思うだろう? だがな、もしこれを山に投げるとな、このレジンを巡ってピスヘント同士の血みどろの戦いが起きちまうんだ。それが原因で角が折れちまった奴もいる」
あの平和なピスヘントたちが喧嘩するなど、よっぽどのことだ。理性を失わせるほどのものなのだろう。俺だって欲しい。
「じゃあ、東さんはどうでしょうか?」
俺の言葉に、尾上さんは残念そうに顔を横にふった。
「試しに1度作ってもらったことがあるんだが、そりゃあひどい有様だった」
「ひどい……? センスがですか?」
「いや、ありゃあセンスがどうのこうのっていうレベルじゃねぇ。東ちゃんが作ったレジンはどう表現して良いのか分からんが、近代美術とか前衛美術っていう言葉が一番当てはまるかもしれん。でもまぁ折角作ってもらったしって山にいれたら、ピスヘントたちは全く近寄ろうとしなかったんだよ。それだけじゃねぇ。何かに怯えたようにそれから3日間、どんなに他のレジンを渡そうとしても、遠巻きに見ているだけで1頭たりとも寄ってこなかったんだ。完成品を写真で残したらスマホが呪われそうだったんで撮ってもいない」
いやいやいや。一体どんな出来のレジンだったのか。ピスヘントたちをそこまで恐慌させるレジンってクトゥルフ的な冒涜的なものを作り出してしまったのだろうか。それをやってのけてしまう、東さんって一体……?
「ということで、兄ちゃんに頼みたいんだ。ピース……あのピスヘントのことだが、あいつのためと思っていっちょ作ってみないか?」
レジンの作り方はよく分からないが、あの美しい鉱石レジンを一度作ってみたい気持ちもあったし、落ち込んでいるピースが喜ぶなら嬉しい。
「分かりました。俺も作ってみたいです」
そうして安請け合いをしたのだが、この時の俺はドラゴンパークの人間が一癖も二癖もあるってことはまったく知らず、そんな人たちの“ちょっとしたお願い”が、ちょっとどころか遥かなる苦難の道であることを理解しないまま、飛んで火に入る夏の虫のごとく、自ら選び取っていたと後々知ることになる。
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