第12話 ピスヘントと鉱石レジン

 尾上さんは山を容赦なく消防ホースで洗い出していく。

 ピスヘントたちは慌てて逃げていく個体、動じない個体、自ら水にあたりにいく個体と様々だ。32頭もいれば個性も分かれるのだろう。背後から襲われないよう背を気にしながら排水溝に向かうと、そばには1頭のピスヘントがおりこちらをじっと伺っていた。この場合どうすれば良いのか。熊手で追い払えばよいのだろうか。だまって横を通り過ぎれば良いのか。攻撃的な態度はだめな気がする。近寄れば逃げてくれないかという願いをこめて恐る恐る進むが逃げるそぶりはまったくない。頼むから排水溝のゴミを回収させてくれ。一刻も早く、この腐海からでたいんだ。

 あと5歩で接触するという距離まで近づくと、目の前のピスヘントはぽいっと口にくわえていたものをこちらの足下に投げてよこした。拾うと綺麗なピンク色の鉱石風レジンだった。中には花が封じ込められており凝った作りをしている。100円では安すぎる手の凝りようだ。中にはそのままピスヘントにあげずに自分のものにするお客さんも結構いると思う。

「これは綺麗だな。ピンク色に中の赤い押し花が映えて見える」

 つぶやくと、ピスヘントはそうでしょうそうでしょう、と誇らしげな顔をした。彼のお気に入りなのだろう。投げ返すとぱしっと口で受け取り満足そうに去っていった。ゴールデンレトリーバーがフリスビーを受け取るようなしぐさに似てちょっと可愛い。ほっこりしながらこれで作業ができると気持ちを切り替えようとして背後から視線を感じた。振り返った先には、新たなピスヘントが3頭こちらを伺っていた。

 「僕のお宝もみて!」「私のも!」「これもこれも!」と言わんばかりに、ぽいぽいとレジンを投げてよこしてきた。幼稚園児に囲まれた保母さんのような気分だが、期待をこめられた目に応えねばと思い、それぞれのレジンを拾った。

「これはマダラな緑がまざりあって綺麗だし、これは空色を閉じこめたような青と白のグラデーションが良いな。お、これは凄いな、水が入って中のビーズが動くのか」

 尾上さん、どんだけ器用でバリエーションがあるんだと思いながら3つのレジンをほめ、顔をあげた先の光景に俺は固まった。ピスヘントがさらに増えていた。それだけではない。いつの間にかぐるりと囲まれて逃げ場がな口なっていた。そして誰もが次は僕のをほめてと、口にレジンをくわえている。みんなちがって、みんないい。誰かの好きなものは、どれも輝いているのだ。そう言いたいが、それではすまなそうな雰囲気が漂っている。順番に1つ1つ褒めていけばみんな去っていくだろうかと考えていたら、囲いの中に最初の1頭が混じっており、さっきとはまた違うレジンをくわえて待っていた。ちょっとまって。これ、キリがないパターンだ。絶対に終わらない。褒めても次から次へと新しいレジンをみんな持ってくる。

 あはは、と愛想笑いしながら輪をぬけようとすると、かえってじりじり近寄ってきて円がせばまった。俺はこのまま一生、ピスヘントに囲まれて暮らしていくのか。ご飯は、ヒゲに上から投げてもらうのか。そんな妄想じみた未来を考えていた俺の真横を、噴射された水がどどどっと通り過ぎ、ピスヘントがわらわら逃げていった。

「遊んでないでとっととゴミを回収しろぉっ!!」

「はいいいいいい!!」

 上からの怒鳴り声に慌てて熊手を構える。慌てふためくピスヘントたちに罪悪感にかられながら「あとで、時間がある時にまたくるからぁ!」と言いながら俺は、作業にとりかかった。

 作業事態は1時間ぐらいだったろう。時間だけみれば昨日のナッカーホール清掃の方がよっぽど長かったし辛かった。だが終わった時の汚れ具合は圧倒的にこっちが圧勝だ。尾上さんにシャワー浴びてきても良いと言われた瞬間俺は速歩きした。走ると筋肉痛を抱えた大腿がひきつれるのだ。そして向かったシャワー室で髪の毛に水を当てたとたん、黒い水が流れ出てきてぞっとした。いくら流してもその色が薄まる様子はまるでない。雨合羽着ていたというのにどれだけ汚れているんだ。鼻が麻痺して臭いを感じなくなっているのが恐ろしい。今の俺はどんな臭いを放っているんだ。なんとか人工の匂いで元に戻ろうとシャンプーを頭に振りかけたがまったく泡立たない。あまりにも汚れているとそうなるって聞いたことあるけれど初めてだよ。お願い、泡立ってシャンプー! あなたが今、ここで負けたら俺の髪はどうなるの?と思いながら洗い、3回目でようやく泡だってくれた。


 その日の仕事終わりに、俺はドラゴン山に向かいアクリルガラス越しにピスヘントたちと向かい合った。

「持ってきていいのは、一番のお気に入りだけだぞ」

 念を込めて言うと伝わったのか、1頭ずつきちんと1個だけ持ってきて褒めると満足して帰って行った。そろそろ寝る時間だった、というのもあるかもしれない。ひとつひとつ大事そうに抱えるレジンを褒めていったが、かぞえた頭数は31頭だった。一頭足りない。一番最初に出会ったピスヘントが来なかったのだ。おかしいなとアクリル越しに探すと、少し離れた場所でしょんぼりしている。掃除の時はあんなにうれしそうだったのになぜだろうと不思議に思い、レジンを持っていない姿を見てはっと理由が分かった。さっきの掃除のゴタゴタでお気に入りのレジンをなくしてしまったのだろう。

 新しいレジンがあればとガチャを回して黄色の鉱石レジンを渡してみたがだめだった。彼のお気に入りは一番最初に見せてくれたピンク色のあのレジンなのだ。尾上さんに似たようなものを作ってもらおうにも、今日はもう帰っている。となるとゴミ捨て場に捨てた糞便の中をどぶさらいするしかない。せっかく綺麗になった体をまたあの中へと思うと気が重い。しかし、ピスヘントがずーんと落ち込む姿を見るのはさらに気が滅入る。こうなったらちゃちゃっと見つけようと事務所に戻るとヒゲは珍しいそうなものを見る顔をした。

「定時でとっとと帰らないなんて珍しいな。どうした?」

「実はですねぇ……」

 と経緯を説明すると、パソコンを閉め立ち上がった。

「そういうことなら完全に日か暮れる前にやるぞ」

「え、手伝ってくれるんですか?」

「当たり前だ。お前が家に帰るまでは俺の責任だ。一人で無理して怪我でもされた日にはこっちが困る」

「なんですか、その遠足終了時の校長先生によるスピーチのしめくくりのような台詞は」

「うん、やっぱり帰ろう。じゃあな」

「嘘ですお願いします手伝ってください!! 」

「私も手伝いますよー」

 左隣の机に座っていた東さんもひょっこり顔をだしてきた。

「え、良いんですか? うんこまみれになりますよ?」

「そんなの普段からなっていますし、人手があった方が良いでしょう?」

 にこりと笑う姿は、やっぱり天使だ。運転をさせたらゴートゥーヘルの走りを見せるけれど。

「河合さん、失礼なこと考えていません?」

 じと目で見られ俺は慌ててとりつくろった。

「いやいやそんなことないですよ。決まったら早く行きましょう!」

 

 ドラゴンのうんこは富士さん舎の後ろの一角にまとめておいてある。ある程度量が確保されたら堆肥にするそうだ。

 そのうちの一区画の、本日分のドラゴンのうんこと乾草が混じあった汚物にスコップを突っ込み一輪車で運び、ひたすらザルですくう作業を繰り返す。食事を邪魔された虫たちがぶんぶん飛び回って体にまといつくのも構わず続けたが、それらしきものは見つからず、だんだん日が暮れてきた。

「これ以上暗くなったら足元も分からなくなるし、ここまで探しても見つからないとなると諦めるしかない。明日、尾上さんに似たようなものを作ってもらおう」

 ヒゲが全身うんこまみれになりながら言った。

「でも……」

「でもじゃない。昨日言った5つのFの1つを覚えているか?」

「〝先を見通す力を持て〟」

「そうだ。仕事は明日も明後日もある。今日ヘロヘロになるまで続けて、体力があと2日もつと思うか? 」

「う……」

 明日も仕事があると考えると、どっと疲れが出た。

 しょぼくれたピスヘントの顔が思い浮かぶが、諦めるしかなかった。

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