第7話 ワーム
急ぎ足で向かった先は、コンクリート造りの掘っ建て小屋であった。
先ほどのワイバーン舎を宮殿とするならこちらは犬小屋といって差し支えないだろう。ドラゴンにも格差があるのかと、未だ見ぬこの小屋の主に同情してしまう。
五十嵐がジャラジャラと鍵を鳴らしながら扉を開けると、廊下を挟んで二つの仕切空間があった。
仕切の一つをのぞくとこんもり盛られた牧草があり、中でもぞもぞ何か動いているが姿は見えない。
「ここで作業する場合、この特製手袋と長靴を必ず身につけること」
ゴソゴソと何かしているなと思っていたら、五十嵐はトゲトゲがいっぱいついた長靴と肘まで届く手袋を身につけていた。
思わず吹き出しそうになるほどダサい。怪獣になりたい子供お手製の変身セットのようで、大人のする格好ではない。これを来て人前にでるのは間違いなく罰ゲームだ。
「な……なんでですか?」
「ここのドラゴンは巻き付くのが大好きで、かつて数多の戦士はその締め付け攻撃により命を落としている。退治方法もトゲのついた鎧を着ることと言われていて、これをつけずに入るとギリギリと巻かれるぞ。縛られたい願望があるなら止めないが」
なんだその変態願望は。
しかし、ここのドラゴンってそんなに凶暴なのか。
ワイバーン舎に較べて厳重さのゲの字も見られないこの建物で?
俺のハテナ顔を無視し、五十嵐は寝室と展示場の扉を手前のロープを引っ張り開けると仕切を飛び越え、牧草をひょいっと持ち上げた。
その下に隠れていたドラゴンを見て俺はうへぇと思った。
全長30cmほどの腕の太さほどの胴体には羽どころか手足がない。
顔だけはドラゴンっぽいが、ヘビとドラゴンをくっつけたようなアンバランスさで人面犬のような不気味さがある。それは牧草から抜け出るとずずっずずっと寝室内を這いずり回った。
正直に言おう。気持ちが悪い。そもそもこれってドラゴン?
ドラゴンの仮面をかぶったヘビじゃないのか?
「ワームだ。手足がないのが特徴のドイツ・イギリス産ドラゴンで、お前の担当ドラゴンでもある」
「えええええっ!?」
この芋虫っぽいのが俺の担当だと……!?
俺は毎日、あのトゲトゲを装着しないといけないのだと……!?
担当ドラゴンが決まったら家族ラインに画像を送れと兄に言われていたが、ヘビ嫌いの母が見たら間違いなく激怒であろう。ワイバーンは旋回中は遠すぎて何か分からないし、至近距離でスマホを向けたらたたき落とされそうなので却下だ。
「せめて、羽! ドラゴンを名乗るなら羽が欲しい!」
「なにをいう。ワームは由緒正しいドラゴンだ。イギリスにはこのドラゴンが由来となったワームヒルやワーミングフォードなど数々の地があるし、ラムトンワームは竜伝説のなかでも有名だ。ちなみに名前は左がワーと右がムーだ」
「由緒正しいドラゴンの割に名前が適当すぎません? そもそもワームってことは虫じゃないんですか?」
俺の言葉に目のはしで動いていたワー(?)がぴたりと動きをとめたと思いきや、こちらをぎろりと向き口から何か吹きかけてきた。
昨日のウンコのこともあり、何かあればとっさに避けられるように脳内トレーニングを重ねていた成果もあり僅差で当たらなかったが、恐る恐る振り向けば壁にどろっとした唾がかかっていた。
「その単語を発したら、ワームは侮辱されたと思って唾液を吐いてくるから気をつけろ。あとwormではなくwarmだ」
「そういうことはもっと早く言ってくださいよ!!」
「ドラゴン界隈では常識的なことを知らないお前が悪い」
「俺は昨日まで人間界しか知らなかったんです!」
「なら早くなじめるように切磋琢磨しろ。ちなみに、唾液には毒が含まれている」
「ひぃっ!」
「という話だが、食事のせいか土のせいか分からないが、日本で飼育されるワームには毒がない。担当になったあかつきには、どうやったら毒を吐けるようになるの調べてくれ」
「嫌です! なんでわざわざ危険度をアップさせなきゃいけないのですか!」
「まぁ、今のうちは作業を覚えるのにいっぱいいっぱいだろうからそのうち頼むわ」
人の話を聞いてないぞ、このヒゲ。
「作業の方だが、ワーム舎にきたらそこのひもを引っ張って仕切を開けて止金で固定し、ワームを展示場へだす。出すのは1頭で偶数日がワーで奇数日がムーだ。朝は乾草の中で眠っていることが多いが、起こせばそのうち出て行く。出したら寝室の清掃をして外にだしていない方のワームを移動させ、もう片方の部屋の掃除だ。たまにどうしてもでないときがあるが、そんな時は牛乳を使う」
五十嵐が牛乳瓶を胸ポケットから取り出し、近くに立てかけてあった浅皿にとくとくとつぎ始めると、甘い匂いに気づいたワームは皿にうぞうぞ近寄ってきた。その皿を展示場へすっと滑らせると、ワームも後をついて寝室をでていった。
「牛乳が大好物なんだ。外展示場へ行ったら仕切扉を閉め、寝室の残餌と糞便のチェック。そのほか異常がなければ掃除だ」
ワームがいなくなった部屋を五十嵐はほうきとちりとりを使い片づけていくが、どうしても手足のトゲトゲが気になる。俺だったら、あのトゲトゲがグサグサと胴体に当たり掃除に難儀しそうだ。
ホースで水洗いしワイパーで水切りし手早く入れ替え、もう一つの部屋も同じ作業をしたところで腰の無線機がぽっと明るいライトがついた。
『フジ舎に乾草が入りました。全飼育員は集合してください』
「ちょうど良いな。今から乾草搬入だから気張っていくぞ」
「かんそうはんにゅう?」
「乾草は草食ドラゴンのごはんだ。牧場から月一回まとめて搬入していて、それを倉庫にいれる作業をその日出勤の飼育全員でやっている。朝のミーティングでも言っていたはずだが」
さては話を聞いていなかったな? と言いたげな目をごまかすように俺は愛想笑いした。
「まぁいい。尾上さんたちにトラックで迎えにきてもらえるよう頼んであるから、来たら現地へ行くぞ」
外展示場ではワーが皿に頭をつっこみ牛乳をぐびぐび飲んでいた。
その姿にほっこり……しないなぁ。
唯一ドラゴンっぽい顔が見えないぶん、より芋虫っぽい外見に近づきドラゴン感はまるでゼロだ。
あれが俺の担当かぁ。
ドラゴンといえば背中に乗って飛べるような姿を想像していただけにがっかり感はハンパない。
メダカすら飼ったことがないのにカッコイイドラゴンを担当するなんて高望みをしていたといえばそうだし、それに、ワームが牛乳おいしい! 牛乳おいしい! と飲んでいる姿は可愛いいともいえなくない……と思うことにしよう。
「ママー、おっきな虫がいるー」
通りすがりの子供がワーを指さして言う。
あ、まずい。
そう思った時には遅く、ワーは顔をあげ飲んでいた牛乳をその子供めがけて勢いよく吹き出した。
「きゃああああっ!?」
展示場を取り囲むアクリルに阻まれ子供が牛乳まみれになることはなかったが、ドドドドドドっとたたき込まれる音に驚いた子供は泣きながら逃げていった。
うーん、容赦ない。
獰猛なワイバーンに虫っぽいワーム。
俺の担当するドラゴンを思い浮かべ、先が思いやられるばかりだ。
しばらくすると、斎藤さんたちがトラックでやってきたので乾草搬入とやらに向かうべく再び荷台に乗り込んだ。
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