第36話 おもてなし

 リビングに通された俺たちは椅子に座っていた。この部屋は少し広めで、座席も十人ぐらい座れるほど用意されていた。リグラはロアさんを座らせると、台所に姿を消した。彼が居なくなる事で、この部屋にはちょっとした静寂が訪れた。セレンやクロリスは調子が悪いのであれだが、シャルとルーイ、エチュードは何やら気まずそうな感じでいる様に思えた。多分このロアという女性の存在がこの場を支配しているのではないだろうか。彼女は目を瞑ったまま、何か話す訳でもなくただニコニコと大人しく座っている。別に彼女が何か害を与えている訳ではないのだが……

 このまま無言の状態が続くのも少々厳しいので、俺はロアに話しかける事にした。


「ええと確かロアさんだったかな」

「はい! ロアと申します」


 彼女は元気よく返事をした。


「さっきの彼……つまりリグラさんとはどういった関係なんだ?」

「夫婦です。元々は目が不自由な私の世話を村の人達の中から買って出てくれて、そこから段々親密になり結婚に至りました。次の冬にはその……子どもも生まれる予定で……」


 ロアさんは頬を赤らめながら言った。


「それはおめでたい!」

「ありがとうございます。念願の子どもで……!」


 嬉しそうにロアさんは笑っていた。その傍ら、シャルはじっと一点を見つめていた。彼女のお腹だった。


「シャル? 何でそんな羨ましそうにお腹を見てるんだ? お前さっきまで妬ましそうに見てたくせに」

「えっ!? い、いや見てないから! そんな見てないからね!!!」


 シャルは慌てて首を横に振った。その様子を見て、いつもはしっかりしている彼女も年頃の女の子だなと思った。

 しばらくロアとの会話を楽しんでいると、台所からリグラが大きな鍋を抱えて戻ってきた。シチューのようだ。


「お待たせしました。すぐにお皿の方も持ってきますので、もう少しお待ちください」

「お皿は私が取ってきましょうか?」

「お気持ちはありがたいですが、お客様に手伝っていただく訳にはいかないので」


 シャルの申し出を彼は丁寧に断った。そして足早に台所へ戻ると、食器類を抱えてまた帰ってきた。


「色々バタバタして申し訳ありません。お風呂を湧かしている間、少し早いですが夕食を取りましょう」


 リグラはてきぱきとシチューがそれぞれの皿に盛りつけていった。シチューはこの辺りの郷土料理みたいなものだろうか、見たこともないものだった。机の中央にはパンの入ったバケットが置かれている。多分このパンをつけて食べるものなのだろう。

 

「では、いただきましょう」


 食事前の挨拶を済ませ、俺たちは夕食を取り始めた。スープは少し熱いが、雨で冷えた体にはちょうど良く、体に染み込んでいった。パンを手に取って、ちょっとだけ千切ってスープにつけてみる。白い断面が赤色に染まりふやふやになった所で口に入れる。スープの味が染み込んでいておいしい。

 

「ところで皆様はなんとお呼びすればよいでしょうか?」

「そういえば名乗っていなかったな。俺はカシスだ。金髪のエルフがシャルで、赤髪の元気な奴がルーイ、黒髪の猫人がクロリス、恥ずかしそうにしているのがエチュードで、一際大人びたのがセレンだ」


 俺が軽くみんなの事を紹介した。みんなは頭を下げて軽く会釈をした。


「僕たちの事はもう知っていると思いますが、僕がリグラで彼女がロアです」

「二人で住んでいるのか?」

「はい。ロアの目が見えなくなってからは彼女の世話をしながらこの家に住んでいます」

「目が見えないのか。それは何か病気を患ってしまったという事か?」

「その、実は七年前……」


 リグラはつらそうな顔をしながらもぽつりぽつりと話を始めた。彼の話によれば、当時15歳のロアは村の北側にある一軒家に両親と住んでいたそうだ。七年前の冬の夜、突如家に強盗が押し入ってきて、彼女の両親を殺害した。ロアさんだけは何故か殺害されなかったものの、魔法で目を潰されてしまった。強盗は今もなお捕まる事無く逃げているそうだ。


「それは、災難だったな。申し訳ない、無神経に色々聞いてしまって」

「大丈夫です。敢えてこうして事件の事を色々な人に話すことで、何か犯人の手がかりも掴めるかもしれないと僕は考えているので……そろそろお風呂が沸く頃ですね。少し様子を見てきます」


 そう言い残してリグラは浴室の方へ歩いて行った。


「リグラさんはああ言ってたっすけど、ロアさんは昔の事思い出すのは辛くないんすか?」

「正直辛いって気持ちはあります。でも、だからといって過去の事を見ないふりする訳にはいかないんです。死んでしまった両親に対する思いもそうですが、何よりも犯人を許さない気持ちを持ち続けなきゃならないんです!」


 語気を強めながら話す彼女からは、強く犯人を恨む気持ちがにじみ出ていた。


「皆さん、お風呂が沸きましたので順番に入ってください」


 リグラが戻ってきて、風呂が沸いたことを伝えてくれた。話し合いの結果、まずはシャルから入る事になった。なお俺は一番最後だ。当然っちゃ当然の事だ。

 俺たちは順番に風呂に入った。風呂を上がった後は着替えが用意されていて、そのまま寝室へ通された。全員に一つずつ部屋が設けられていた。俺は夜更かししないようにみんなに伝えて部屋に入った。まあ、注意したところでどうせ一つの部屋に集まって夜遅くまで話すに違いない。俺にはそんな体力は残っていないので、早々にベッドに横になる。


「夫婦……か。俺もいつかは愛しい人なんてのが出来るのか?」


 シャルはロアさんの事を羨ましそうに見ていたが、俺も心なしか彼らが羨ましく思えた。結婚なんて考えたこともなかったが、辛い過去がある中でも幸せそうに暮らしている彼らを見ていると、結婚っていいなと考えてしまう。


「でもまあ、とにかく今は自由に旅を続けることが最優先だな。結婚は人生の墓場って言うしな」


 そう自分に言い聞かせるように俺は呟いた。

 しばらくすると俺は睡魔に襲われた。風呂に入ってから一時間ぐらいが経過した頃合いだろう。心地の良い睡魔だ。目を閉じ、趣もクソもない豪雨の音を聴きながら俺は眠りについた。


  

 

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奴隷商人は旅をしたい @anchovy777

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