第35話 ノブロー村の青年
タラ―ナ湖を出発して二時間、予想だにしなかった豪雨に見舞われた俺たちは逃げ込むようにノブロー村へ足を踏み入れた。俺たちは宿屋の看板を探すも、あまりの雨の強さになかなか見つける事が出来なかった。
「まずいな、このままじゃ荷物が全部駄目になってしまう」
「どうするのカシス」
「とにかく何処か湖を出発して二時間、予想だにしなかった豪雨に見舞われた俺たちは逃げ込むようにノブロー村へ足を踏み入れた。俺たちは宿屋の看板を探すも、あまりの雨の強さになかなか見つける事が出来なかった。
「まずいな、このままじゃ荷物が全部駄目になってしまう」
「ど、どうするんですかカシスさん!?」
「とにかく何処か軒下にでも……」
俺が周りをきょろきょろと見渡していると、右の方から誰かが馬に乗ってこっちに向かってくる姿が見えた。その人は俺たちのすぐ側までやってきた。フードを深くかぶっているため顔はよく見えないが、声や身体の大きさから若い男であるという事は分かった。
「こんな雨の中どうしたんですか!」
「宿が見つからなくて困っているんだ」
「宿は川を渡った先にあるんですが、今は増水して橋が渡れないんです!」
何てこった、それは困ったな。増水した川を無理に渡る訳にもいかないし、かといって今から道中にあった休憩所まで引き返す訳にもいかない。
「すまないがこの辺りに雨宿り出来る場所はないだろうか」
「それなら僕の家に来てください! 馬を止める所も部屋もありますので!」
「本当か、それは助かる!」
いきなり見知らぬ人の家にお邪魔するのは少し申し訳なく思ったが、この雨の中他にどうしようもないので、彼のご厚意を受けるしか道は残されていなかった。彼は「こっちです」と言って村の東側へ馬を走らせていった。俺たちもそれに続いた。
彼はどうやら村の中に住んでいる訳ではないようで、村から少し離れた高台に住んでいた。その家は街道沿いの村にしては大層立派なものだった。家の横にある厩舎に馬を止め、荷物を降ろすと、家の中に案内された。
家の中はかなり綺麗に片付けられていて、濡れた俺たちが入っていくのは気が引ける。
「ああ、後で掃除しておきますから気にせず入ってください」
「す、すまない」
「いいんですよ。タオルを取ってくるので少し待っててください」
そう言って彼は洗面所の方へ歩いて行った。
「まさか雨宿りさせてくれるなんて、ラッキーやん」
「とてもいいお方だわ。それにしても凄い雨ね」
「ああ、通り雨であってくれる事を願うしかないな」
とは言ったものの、恐らくこの雨は当分やみそうにない。今晩は間違いなくこの家に泊まる事となるだろう。それにしても立派な家だ。石で作られているのにも関わらず温かみがあるのは、家が丸身を帯びているからだろうか。またその石も明るい色で塗装されているから、石の冷たさを感じる事はない。加えてこの家には花を始めとした植物が多く育てられている。
「いい家だな。特に自然が家の中にある事は凄くいい……セレンはやっぱりここに植えられている花とかって知っていたりするもんなのか?」
「……え、ええ勿論よ」
俺の質問に、セレンは一瞬返答が遅れたように感じた。思えばこの家に入ってからのセレンの表情は少し強張っているように思えた。何処か彼女はおかしかった。そしてそれはクロリスも同様だった。彼女の場合はしきりに鼻をすすり、時折くしゃみをしていた。この二人の異変に、最初は俺も不信感を覚えたが、恐らく長時間雨に打たれた事によって風邪をひいてしまったのだろうという考えに落ち着いた。
しばらく玄関で彼を待っていると、階段から誰かが降りてくる音が聞こえた。その足音はとてもゆっくりで、多分手すりに掴まって一段一段慎重に降りているようだった。俺たちは突然の事で驚き、皆階段を注視した。
やがて細く白い足が見え、そこから段々と階段を降りてくる者の全容が明らかになっていく。若い女性であった。
「リグラ?」
彼女はか細い声で誰かを呼んでいた。恐らくさっきの彼だろう。足取りがおぼつかないものの、彼女は階段を全部下り、壁に手をつきながらしきりにリグラを探していた。ただ不思議なのが、彼女はその間ずっと目を瞑ったままであった。
「皆さんお待たせしました……ってロア! 一人で大丈夫なのか!?」
そこに戻ってきたリグラは、女性を見つけると即座に駆け寄り体を支えた。ロアと呼ばれたその女性は、探し求めていたリグラが居る事に気が付くと安堵の表情を浮かべた。
「あっリグラ、何か音がしたから気になって」
「そうなのか。でも勝手に階段を降りてきちゃ危ないじゃないか」
「ごめんなさい……それで何かあったの?」
「雨が降って困ってた旅人さんを連れてきたんだよ」
「そうなの。やっぱりリグラは優しい人なのね」
ロアはリグラの事を褒めると、彼の頭を撫でた。リグラは少し恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうな表情を見せた。
「ねぇ、私たちは一体何を見せられているの?」
シャルが耳打ちをしてくる。どうやらいちゃいちゃしている彼らを妬んでいるようだ。
「妬むなシャル……ええと、そのタオルを貸していただいても?」
「あっ! すみません……どうぞこちらをお使いください。体を拭き終わったらどうぞリビングの方まで来てください。夕飯にしましょう!」
彼はそう言うと、ロアを支えながらリビングの方へと歩いて行った。
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