第34話 タラ―ナ湖と老婆
タラ―ナ湖についた俺たちは湖畔にある大きな木の下に座り、昼食を取っていた。昼のぎらぎらとした日差しが湖に照り付けて、湖面は光り輝いている。湖の向こう側には山脈が連なっており、その中でも一際大きいものがオリル山だ。今日はあのオリル山の麓にあるノブロー村まで行くつもりだ。
今日の昼飯はサンドイッチだ。こういう旅には日持ちする物を持っていくべきだが、コードス街道の様に人通りが多かったり、街道沿いに村や宿が点在していたりしているから日持ちする物じゃなくても問題ない。むしろ食糧を沢山持っている方が荷物になってしまい、かえって邪魔になる。だからサンドイッチの様な手軽に作れて、その日のうちに食べてしまう方がいいだろう。因みにこのサンドイッチは俺が二日酔いに苦しみながら作ったものだ。
「やっぱカシスさんの料理はうまいっすね!」
「そうか? ただのサンドイッチだろ」
「味付けが私たち好みなのよ」
「何年も俺の手料理ばかり食ってたわけだし、舌が慣れたんじゃねぇのか?」
「奴隷は胃袋で掴むって事っすか!」
ルーイの言葉に俺たちは大爆笑した。彼女にしてはなかなか的を得た表現を出してきたと思う。
昼飯を食った後は、しばらく休んでから出発する事にした。活発なルーイとクロリスは湖の方へ行って水遊びをしている。エチュードは事故が起きないように、二人を見ている。一方で、俺とシャルとセレンは木陰でくつろいでいる。
「よくもまあ、あんなにはしゃいで遊べるもんだな。俺にはそんな元気がねぇよ」
「彼女たちは一見他の子に比べれば大人びて見えるけど、まだまだ子どもなのよ。本当は同じくらいの年代の子たちと遊んだりしたいんじゃない?」
軽い気持ちで言った俺の言葉に対するセレンの返事は、俺の心に深く突き刺さった。彼女の言う通りで、今年でそれぞれ16と17になるルーイとクロリスは本来ならば学校に行っているような年齢だ。学校に行かずとも、どこか定住している場所で近所の子供たちと遊んだり、時には恋愛したりする年頃だ。だが、彼女たちは幼少期の頃から既に奴隷として転々とし、あの街で何年も自由を縛られた状態で過ごしてきた。一体彼女たちに何の罪があったというのだろうか。むしろ罪深いのは俺の方だろう。
セレンは当てつけの様にそう言ったのか、それともそういった意図を含めずに行ったのかは分からないが、俺はそれに対して何か返事をする事は出来なかった。
「もし、もしそこの旅人さん」
少し暗い気持ちになっていると、ふと横から声をかけられた。見れば大層立派な紫色のローブを身にまとい、これまた立派な装飾のついた杖をついた老婆であった。この湖には行商人も休憩がてら留まる事もあるので、それを対象にしたセールスのようなものもある。この身なりからして恐らくそれらの類だろう。
「どうした婆さん、胡散臭い壺ならいらんぞ」
「そうではない。お前さん達はノブローへ行くのか? それともミトレアへ行くのか?」
俺はノブローに行くと答えると、突如老婆細く閉じていた目がクワッと開いた。あまりにも突然の事で、俺だけでなくシャルやセレンもビクッと驚いていた。
「あの村に行ってはならぬ! あの村には邪悪が住み着いておるのだ!!」
老婆はそう何度も激しい剣幕で俺たちに訴え続けた。
「ちょっと待て、落ち着け。邪悪って何なんだ? 村民が邪神信仰でもしてるっていうのか?」
「違う! 神でさえ見放すような心なき者があの村にはおるのだ! そやつはお前たちの心に災いを振りかけるであろう!!!!」
「そうは言ってもな、ヴェネスに行くにはノブローを通らなくちゃ駄目だし、今から迂回したら野宿する羽目になるし……」
「どうしても行くのであればこれを持っていけ」
老婆は懐をごそごそと漁ったかと思えば、何やら変な棒のようなものを取り出した。よく見ればそれは棒というよりも何か動物の牙の様だった。
「おいおい婆さん、だから幸運になるお守りとかはいらないって」
「黙ってこれを持っておけ! いいか、あの村ではくれぐれも一人で行動してはならぬぞ!」
老婆は牙を押し付けるように俺に渡すと、足早にその場を去って行った。
「一体なんなの? あのお婆さんは」
「ほんとにだよ、この牙の方が気味悪いっての」
「あれ、でもそれラビの牙じゃない?」
シャルは興味深そうに牙を手に取り、眺めた。
「やっぱり、これラビの牙よ!」
「ラビの牙?」
「持っている人に身の危険が迫ると光って教えてくれるの」
「それなら私も聞いたことがあるわ。確かラビという魔物は殺気を感じると牙を光らして逃げるのよね」
シャルとセレンは知っているようだが、俺は全然知らなかった。なるほど、一応ちゃんとしたお守りではあるのか。胡散臭い婆さんだったが、いいものをくれたじゃないか。
「な、何か大声で叫んでいましたけど、大丈夫ですか!?」
騒ぎを聞きつけたのか、ルーイ達を連れて帰ってきたエチュードが心配そうに聞いてきた。
「いや、何もないさ。じゃあそろそろ行くとするか」
何やら雲行きが怪しくなってきたが、俺たちは当初の予定通りノブロー村へ向けて出発した。
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