第23話

 次の日の朝、身体に異様なまでの密着感を感じて目が覚めた。

 瞼を開いてみると、見知らぬ少女のドアップ。


 少女はまだ寝ているようで、目を閉じたままでいる。

 規則的な呼吸にあわせ、か細い吐息が俺に顔にかかる。


 ちっちゃな小鼻が、ついばむように俺の鼻をツンツンと突いていた。

 触れるか触れないかのところに、桜の花びらのような唇が遊んでいる。


 唇から、「好き」と寝言がこぼれた。


 ……これじゃまるで、恋人どうしの朝だな。

 完全に夢だと思った俺は、せっかくだからこの状況を楽しむことにする。


 しっかし、とんでもなくキレイな顔だな。

 まるでビスクドールの人形みたいだ。


 歳はコスモスより幼いけど、ひけをとらない端正な顔立ち。

 きっと大きくなったら、グラジオラスと同じくらいの美少女になることだろう。


 睫毛が長くて、瞼なんて白い貝殻みたいだ。

 きっとこの奥にある瞳は、宝石のように美しいんだろう。


 と思ったら、不意に宝石箱の蓋のようだった瞼が開き、ルビーのような真っ赤な瞳が現れた。

 寝起きなのか最初は茫洋としていたが、やがて焦点を結び始めた。


 その瞳は絶世の美を誇っていたが、同時にゾッとするぐらいの眼力があった。

 その感覚に覚えがある俺は、直ぐに気付いた。


「もしかして、お前……クロッカス?」


 俺は返事を待たずに、「うわああああっ!?」と飛び退こうとした。

 しかし、彼女が一緒になってついてくる。


 よく見たら、クロッカスはハムスターの着ぐるみパジャマを着ていて、まるでコアラの赤ちゃんみたいに俺の身体にギュッとしがみついていた。

 同時に、俺の部屋の扉がズバーンと開く。


「おっはよー! アーサーくん! もう朝だよ! 起きて起きて……って、ええええっ!?」


 入り口に立っていたコスモスは、ベッドの上の状況を見て目を剥き出しにする。


「く、クロちゃん!? クロちゃんがなんで、アーサーくんの部屋に……!?

 それに、抱き合ってなにをやってるの!?」


 俺が誤解を解こうとするより早く、クロッカスが即答する。


「夜這いされた」


「なっ……!? アーサーくん、クロちゃんはまだ12歳だよ!?

 それなのに夜這いだなんて……!? え、エッチ! いや、変態さん!」


「待て待て待て! ここは俺の部屋だぞ!

 夜這いしたんだったら、俺はクロッカスの部屋にいるはずだろ!」


「あ……。そ、そういえばそうだね」


 すると、クロッカスは表情ひとつ変えず即答する。


「夜、トイレに起きたときに部屋に戻ろうとしたら、引っ張り込まれた」


「えっ、えええええっ!? あ、アーサーくん、最低っ!

 変態さん変態さん変態さん! クロちゃんから離れて!」


「っていうか、離そうとしても離れないんだよコイツ!

 スッポンみたいにくっついていてて……!」


「クロちゃんも離れなさい! って、んぎゅぅぅぅぅぅぅ~~~~~!」


 クロッカスはどうやら、夜中にトイレに起きたあと、部屋を間違えて俺のベッドで寝てしまったらしい。

 そして彼女は抱きつきグセがあるらしく、簡単には離れようとしなかった。


 俺とコスモスは力を合わせてクロッカスを引っぺがす。

 これらの事からどう考えても誤解なのだが、コスモスはずっとおかんむりで、俺と口を聞いてくれなかった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 美少女三姉妹との共同生活は、朝っぱらからさっそくトラブルに見舞われる。

 でもなんとか出発の準備を整え、マーウエで泊まっていた乗客を乗せると、王都に向けて運行を再開した。


 王都への距離が近づくにつれ、風景は山や森が少なくなっていき、建物や人の姿が多くなってくる。

 そして線路の数も増え、頻繁に魔導列車ともすれ違うようになった。


 魔導列車どうしがすれ違う時は同業者どうしの挨拶があり、俺も見ようみまねで挨拶を返す。

 そして線路が多いので、すれ違いには難儀しなかったのだが、時たま正面から別の魔導列車がやってくることがある。


 そんな場合はどうするかというと、専用の『すれ違い機構』を使う。


 魔導列車のレールは内側と外側の2列になっていて、普段は内側のレールを走るきまりになっている。

 すれ違う際には、どちらか一方の列車の車輪が外側のレール移動させ、車輪がキリンの脚のように長い支柱となって伸びる。


 ようは車体を上と下にして、高低差を利用してすれ違うというわけだ。


 そしてこれはヨルムンガンドから教えてもらったのだが、立場が上の車が上側になるらしい。

 たとえば大手と中小の鉄道会社の車両がすれ違う場合、大手の列車が上になる。


 イメージとしては、目下の者が目上の者に跪いているイメージなのだそうだ。

 立場が同じような鉄道会社の場合、どちらが上になるか機関士どうしでケンカになることもあるらしい。


 俺にとってはそんなくだらない風習はどうでもいいのと、むしろ上になるほうが面倒くさいと思っていた。

 なので、すれ違いが発生した場合はすすんで上側を譲ってやっていた。


 するとどの鉄道会社の機関士も、「勝った」といわんばかりの顔で、ヨルムンガンドの上を跨ぎ越していく。

 そんなことでドヤ顔できるだなんて、鉄道会社の機関士ってのは案外ストレスの溜まる仕事なのかもしれない。


 そんなことをしているうちに、ヨルムンガンドは『中央プリセリア駅』に到着する。

 『中央プリセリア駅』は王城のすぐ近くにある駅で、規模も利用者も国内最大規模。


 王都なんて、俺は中学の修学旅行のときに一度来たっきりだ。

 まさか機関士なって、再び訪れることになるだなんて夢にも思わなかったな。


『終点「中央プリセリア」でございます。どなたさまもお忘れ物のなきよう、気をつけてお降りください』


 初めての大仕事の達成に、ヨルの車内アナウンスもどことなく嬉しそうだ。


『到着までお時間がかかってしまい、乗客のみなさまには大変ご迷惑をおかけいたしましたことを、深くお詫びいたします』


 すると、降りる客たちからヤジが飛ぶ。


「いいってことよ!」


「こんなに乗り心地がよくて、楽しかった列車の旅は初めてよ!」


「そうそう! ユーピトア家の方々とも話しができたし、最高の思い出になったぜ!」


「また見かけたらぜひ乗らせてもらうわね!」


 道中いろいろあって、ありえないほどの遅延運行になってしまったが、乗客たちはみんな満足してくれたようだ。

 俺もうれしくなって、ガラにもなく操縦室から出て、日常に戻っていく客たちを見送った。


 心地よい疲労感と達成感に包まれていると、不意に冷たいものがピトッと頬にあてがわれた。

 すると、キンキンに冷えた瓶入りのジュースを手に、コスモスが立っていた。


「えへへ、おつかれさま!」


 コスモスは朝のことも忘れ、いつもの笑顔を取り戻していた。

 彼女は早とちりがひどくて怒りっぽいようだが、すぐにサッパリ水に流すタイプのようだ。


「それじゃ、カンパーイっ!」


「カンパイって、なにに?」


「なにって、『アーサー鉄道』の初仕事達成に決まってるじゃない!

 ちゃんとしたカンパイはあとでみんなでやるとして、今は前祝いってことで、ね」


「そっか」


 俺たちは栓を抜いたジュースをカチンと打ち鳴らしたあと、ふたり揃って、ぐいっと一気にあおった。

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魔導鉄道のヨル 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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