第22話

 マーウエの町を守る戦いは、俺たちの大勝利で終わった。

 今回の戦闘はヨルムンガンドにとってはかなりいい経験になったらしく、一気に2レベルアップする。


 そして結局、その日はヨルムンガンドの再運行とはならなかった。

 グラジオラスがせっかくだからと、作っていた聖女スープで炊き出しを始め、俺たちはその流れでマーウエで一泊することとなった。


 乗客たちはマーウエの町で泊まり、明日の朝にまた乗車することになっている。

 俺とコスモスは人気ない駅のホームから、夜のマーウエを一望していた。


 マーウエはそれほど大きな町ではないので、夜景も地味

 どの家の明かりも小さかったけど、不思議とあたたかく感じた。


 俺に寄り添っていたコスモスが、安堵の溜息とともにつぶやく。


「この町の明かりを、わたしたちが守ったんだね」


 「そうだな」と答える俺。


「でもアーサーくんがあんなに射撃がうまいだなんて知らなかった」


「ガキの頃に、ちょっと遊びでやってただけだ」


「それだけの訓練で、飛んでるワイバーンの頭を射貫くだなんて……職業適性のある人以上なんじゃない?」


「あれは偶然だよ」


「はぁ、あんなすごいことをやったのに、ぜんぜん得意にならないなんて……やっぱりアーサーくんはすごいや」


「そんなたいしたことはやってないさ」


「またそんな。アーサーくんってば中学のときからずっとそうだったよね。

 わたし、アーサーくんのおかげでアイドルになれたんだよ」


「えっ」


「アーサーくん、学園祭のときにひとりでステージをやったでしょう?

 首に縄をつけて、命がけで……それが大受けしてたじゃない。

 わたしそれを見てアイドルになろうって決めたんだよ。

 命がけでやれば、こんなにも人の心を動かせるんだって思って……」


「ええっ」


 俺は虚空を突かれた思いだった。

 まさか俺の黒歴史で、当時からすでに学園のアイドルだったコスモスを、本当にアイドルにしていたなんて……。


「アレは身体を張った芸じゃなくて、無理やりやらされてたんだよ。おかげで死ぬところだったんだぞ」


 するとコスモスは目をまん丸にし、ハッと手で口を押えていた。


「ええっ!? う、うそっ!? そうだったの!?

 ぜっ、ぜんぜん気付かなかった……!

 ご、ごめんね! そんなに大変だったなんて!」


 どうやらこのアイドルさんは、なかなかの天然らしい。

 クラスが違うから無理もないかもしれないが、俺が中学のときに酷いイジメにあっていたのを知らないんだろうな。


 しかし、心底申し訳なさそうにしているコスモスを見ていると、そんなことはどうでもよくなった。


「もしかしてアーサーくんにとっては、思い出したくない過去だったり……?」


「いや、もう過ぎたことだ。

 あの時のことがキッカケでお前がアイドルになったんだったら、俺の黒歴史も灰歴史くらいにはなったよ」


「そう、ならよかった!」


「これでグラジオラスへの一件も帳消しかな?」


「それって、お姉ちゃんの胸に触ったこと?

 あーっ! そういえば、王都に着くまで外に出ちゃダメだって言ったじゃない!」


「悪い悪い、もうしないから許してくれ」


「うふふ、どうしよっかなー?」


 冗談めかすコスモス。

 しかし不意に、顔から笑いを消すと、


「……わたしじゃ、ダメ?」


 ドキリとするくらい、真剣な表情で言った。

 俺は思わず、言葉に詰まってしまう。


「えっ、な、なにが……?」


 するとコスモスの顔が、メーターが上昇するみたいにぎゅんと赤くなっていく。


「なっ……なんでもない! わわわ、わたしってばナニ言っちゃってるんだろ!?

 ご、ごめんねアーサーくん! いいい、いま言ったこと忘れて!」


 コスモスは返事を待たず、ポニーテールを鞭のようにしならせる勢いで背を向ける。

 俺が呼び止める間もなく、ぱたぱたと走り去っていった。


 ふと、俺の腕輪がほのかに光る。

 なぜかヨルムンガンドが1レベルアップしていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その日は、ヨルムンガンドの乗務員用の部屋で一泊した。

 乗務員用の部屋は区画で分けられた個室になっていて、俺はそのうちのひとつを自室として使っているんだ。


 列車の個室というと狭そうなイメージがあるが、ヨルムンガンドの個室にはエルフの秘伝とされている空間拡張技術が用いられている。

 外の廊下から見ると隣室との扉はすぐ近くにあるんだけど、扉を開けると中はワンルームほどの広さがあるんだ。


 それで俺は、とんでもないことに気付く。

 なんと俺の隣の部屋はコスモスの部屋で、向かい側がクロッカス、クロッカスの隣がグラジオラスの部屋だということに。


 そう、俺の部屋のまわりは、美少女三姉妹にすっかり囲まれていた……!

 部屋だったらこの車両にいくつもあるのに、なんで俺のまわりを包囲するように……!?


 これじゃあ、プライベートもなにもあったもんじゃ……!

 いやいやそんなことよりも、嫁入り前の娘たちと、ひとつ屋根の下で寝る……!?


 それは良くないことなんじゃないかと思い、俺は三姉妹に、マーウエの町で宿泊することを提案したのだが、


「アーサーくん、いまさらなに言ってるの。わたしたちはパーサーになったんだよ?」


「お気遣いありがとうございます、アーサーさん。でも、ヨルさんの中で暮らすのはわたしたち姉妹の憧れでしたので」


「もう寝る」


 と、三姉妹は聞く耳を持たない。


「待て待て待て! 俺がその気になったら、部屋のロックなんて簡単に解除できるんだぞ!?

 なんたって俺は、ヨルムンガンドのオーナーなんだからな!」


「なぁに? 今度エッチなことしたら、また操縦室に閉じ込めるからね!」


「ひとりでお眠りになるのが寂しいのでしたら、お眠りに眠るまで子守歌を唄ってさしあげますので、いつでもおっしゃってくださいね」


「もう寝る」


 と、さっさと自室に引っ込んでしまった。


 俺はしかたなく部屋に戻ると、悶々とした気持ちのままベッドに倒れ込む。

 壁際に寝返りをうつと、


「この壁を隔てた向こうに、アイドル寝てるだなんて、信じられないな……」


 そう思うと、スキマ風ですら芳香に感じる。

 この部屋は、俺が工員として働いている頃から自室として使っていたが、ひとりぼっちだったあの頃とはえらい違いだ。


 そして打てば響くように、腕輪から声がした。


『アーサー、壁の厚みでしたら変更可能ですよ。

 完全防音にもできますし、寝息が聴こえるくらいに薄くもできます』


「いや、いいよ。

 アイドルの寝息なんて聞いたら、余計眠れなくなっちまう。

 今ですら、想像でおかしくなりそうだってのに」


 俺はこの時点で、なんとなくだがトラブルの予感がしていた。

 それは次の日の朝、さっそく現実となった。

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