第20話

 操縦席の魔導モニターには、現在地であるマーウエの町の周辺地図が映し出されていた。

 モンスター軍団を示すワイバーンの顔を模したアイコンが、じりじりと近づいてきている。


 計算によると、敵勢力はあと30分ほどで町に到達するという。

 俺はヨルムンガンドのスキルリストを操作して、いくつかの戦闘用スキルを取得した。


 残り3ポイントあるスキルポイントを2ポイント使い、『兵装』にあるスキル、『リピーター』と『アーバレスト』を取得。


 『リピーター』というのは車体から発射できる鉛の弾のことだ。

 そして、『アーバレスト』というのは……。


 ……ガコォンッ……!


 重苦しい音とともに操縦室の天井が開き、座席がせりあがっていく。

 コクピットの操作パネルが変形し、槍を打ち出せるほどの巨大なクロスボウと化した。


 これこそが、据え置き型のクロスボウ『アーバレスト』。

 駅のホームに集まっていた戦闘要員たちは、「おお~っ!」と俺を見上げる。


「俺はここからお前たちを援護する!

 お前たちは町に降りて、押し寄せる敵軍団と戦ってくれ!」


 するとコスモスが「おーっ!」と拳を掲げて応じ、他のものたちも後に続く。


 俺が町に降りずに援護に回ったのは、これもひとえに得意分野の差だ。

 ユーピトア三姉妹や冒険者たちは戦い慣れているが、俺は近接戦闘はからっきし。


 しかしこのアーバレストはガキの頃から遊びがわりに撃っていたのでお手のものなんだ。

 もし集中攻撃されたらひとたまりもないが、その時は引っ込んで守りに入ればいい。


 俺は駅から町へと降りていく仲間たちを、アーバレストの照準を調整しながら見送る。

 いっしょにいるヨルは、なぜか嬉しそうだった。


『アーサーとこうやって「射撃ごっこ」をするのも久しぶりですね』


「そうだな」


『腕前は衰えていませんか?』


「どうだろうなぁ。でも何発が撃てば、カンを取り戻すさ。

 そういえばガキの頃は『アーバレスト』のスキルを取得してたはずなのに、なんで今は持っていなかったんだ?」


『ああ、それはアーサーがスキルポイントの振り直しをしたからではないですか』


「そうだっけ、もう覚えてないや」


 なんて雑談をしているうちに、数百メートル先に遠くに巨鳥のような存在が確認できた。

 間違いない、ワイバーンだ。


 その下には山あいの道があるから、ゴブリンたちも進軍してきているんだろう。


「おいヨル、アーバレストの有効射程はどれくらいだ?」


『アーバレストのスキルポイントが1ですから、200メートルといったところですね。

 ちょうどこの町に上空にワイバーンがさしかかったあたりが200メートルになります』


「なるほど、それじゃあいちおう町の隅々までは狙えるわけか」


『その通りです。距離としてはかなりギリギリですので、射手の腕前が問われることになりますが』


 俺はヨルムンガンドのスピーカーを全開にして、麓の町全体に届くほどの大音響で叫んだ。


「もうすぐ敵軍団が町の北側から到着する! 北側を意識して守りを固めるんだ!」


 すると、麓にいる仲間たちが虫のように動き回り、迎撃態勢を整えているのが見えた。


 戦乙女ヴァルキリーのように先頭に立つコスモスは、アイドルのステージに立つときと同じ、姫騎士の格好をしていた。

 後続はクロッカスをリーダーとした遠距離攻撃軍団。弓術師アーチャーと魔術師で構成されている。


 そして町の中央部に時計台があって、そこにはグラジオラスをはじめとする衛生兵軍団が控えていた。


 このマーウエの駅の上からだと、彼らの布陣が手に取るようにわかる。

 砲台による援護するにはもってこいの場所だった。


 やがて、ワイバーンの姿がハッキリと目視できるようになる。

 魔導戦車のような灰色の巨体に、軍旗のような翼をはためかせる、ヤツの姿を。


 距離にして、およそ300メートル。


 ばさっ、ばさっという羽音がかすかに聴こえる。

 ワイバーンというのはドラゴンの中では小物だが、それでも倒すには百人隊ほどの戦力が必要だという。


 羽ばたきは木造の家くらいなら軽く吹き飛ばし、石造りの家は軽く踏み潰す。

 吐く炎はあたり一面を火の海に変えるという。


 腐っても最強モンスターである、ドラゴン族の端くれというわけだ。


 ワイバーンは山の頂上スレスレを飛んでいるので、高度的には俺のアーバレストと同じくらいだ。

 これから急降下して町を襲うつもりだろうが、そうはいかない。


 ここで俺が先制攻撃をしてヤツの注意を引きつければ、下で戦う仲間たちは、陸から攻めてくるモンスター軍団に専念できるだろう。


 俺はアーバレストの台座を回頭させて、鋭い切っ先を遠くにいるワイバーンに向ける。

 ガキの頃にさんざんやっていた『射撃ごっこ』を思いだしながら、照準器を覗き込んだ。


 距離にして、およそ200……!


『アーサー、あと10秒ほどで、有効射程に入ります』


「わかってる」


 そして、町を大いなる影が覆った。

 まるで入道雲のように山の向こうから現れた巨大なる存在に、唖然とするコスモスたち。


『お……おっきい……!?

 ワイバーンって、こんなにおっきいんだ……!?』


 先陣の者たちが、明らかに萎縮するのが伝わってくるほどの迫力。


 そう……!

 ヤツの名は大空の覇者、ワイバーンっ……!


 ヤツは眼下にいる人間たちが立ちすくんでいるのがわかったのか、覇王のように一喝する。


「ギエエエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」


 それだけで、コスモスたちは落雷に撃たれたようにビクンとなった。


『こっ、こんなの、無理だよっ!

 こんなの、勝てるわけがないよっ……!?』


 自然と腰が引け、後ずさりをはじめる先陣たち。


 ワイバーンはさらに調子に乗って、すでに勝ったかのように、さらにひと鳴き。


「ギエエエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」


『うわあああっ!? に、逃げましょう、コスモス様!

 ワイバーンと戦おうだなんて、やっぱりムチャだったんだ!』


『うっ……うううっ! わたし、逃げないっ!

 ここで、わたしが逃げたら……この町がメチャクチャになっちゃう!

 それに……わたし、決めたんだ!

 アーサーくんみたいに、もう逃げないって……!

 アーサーくんみたいに、どんな困難にも立ち向かうって決めたんだ!

 それに……それにそれにっ、それにっ……!

 わたしはこの戦いが終わったら、アーサーくんに告白するって決めたんだから!!』


 少女の決意をあざ笑うかのようなワイバーン。


「ギエエエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」


 ……っていうか、うるせーな。

 せっかく心の中のナレーションで盛り上がってるのに、邪魔すんなよ。


 次の瞬間、



 ……ドシュウンッ!!



 ワイバーンの頭部は、大槍によって跡形もなく吹き飛んでいた。

 もはや鳴くこともできなくなったヤツは、それどころか飛ぶこともできなくなったヤツは、一瞬にして失速。



 ……ズドォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!



 町の外の道端に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなる。

 俺は、少しだけ意外に思う。


「なんだ、一発で終わりかよ」


 麓の町からは、地割れのマグマみたいな絶叫が噴き出し、山々にこだましていた。


「いっ……いっぱつぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」

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