第19話

 ホームにあふれんばかりにいた者たちは、事前の整理をしていたおかげか、ひとり残らずヨルムンガンドにおさめることができた。

 そして遅まきながらも、魔導モニターのクエストボードに『緊急クエスト』が出現する。


 ワイバーンなどの大型モンスターが観測されると、その経路が予想され、王室に報告される。

 王様は被害状況を鑑み、『緊急クエスト』の発令を行なうことがある。


 『緊急クエスト』というのはその名の通り、一刻を争う事態のこと。

 近隣の兵力をかき集めるだけでは対応が難しい場合に、近くにいる冒険者の力を借りようというわけだ。


 今回のワイバーン襲来の一件がクエストとなって、どうやらこの近隣のギルドに貼り出されたようだ。

 この『マーウエ』に駆けつけて事態の収束に当たった冒険者には、王様から褒美が出されることだろう。


 しかし、魔導モニターごしの乗客の反応からするに、それは望み薄のようだった。


「やっと、緊急クエストが発令されたか……」


「でも、今から隣町から来てくれたところで、到底間に合わないな……」


「衛兵たちも逃げ出してるってことは、もうマーウエは助かる見込みはないって判断されたんだ……」


「ってことは、冒険者たちも来てくれないだろうなぁ……」


「相手がワイバーンじゃ、無理ないわ……」


「モンスター軍団が通ったあとは焼け野原になって、雑草ひとつ残らねぇっていうじゃないか……」


「ああ、これからふるさとがメチャクチャにされちゃうのね……」


 すでに被災してしまったかのように、消沈するマーウエの者たち。


 俺は座席の上にあぐらをかき、腕組みをして考えていた。


 ヨルムンガンドはマーウエの駅に停車したまま。

 いつもであれば「出発しないのですか?」と急かすアイツも、今は黙っている。


 きっと……俺と同じ考えなんだろうな。


「なぁ、ヨル」


『なんですか?』


「アーサー王だったら、こんなとき、どうしてただろうな」


『それは、アーサー自身がいちばんよくわかっているのではないですか』


「そうだな」


 俺は千人の味方を得た気分になって、マイクに向かって高らかに叫んだ。


『諸君! 本車両はただ今から、戦闘態勢に移行する!』


 すると、乗務員を含めた乗客のすべてが、天を仰ぐほどに驚いた。


「せ、戦闘態勢!? まさか……!?」


 乗客の間から噴出してくる疑問に、俺は答える。


『そうだ! このヨルムンガンドを使って、ワイバーンを迎撃する!』


「えっ……ええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 車体が揺れんばかりの阿鼻叫喚。

 俺は力強い言葉を彼らに投げかける。


『大丈夫だ! このヨルムンガンドは旅客だけでなく、戦闘もこなせる車両となっている!

 車体も頑丈にできてるから、ワイバーンの攻撃程度ではびくともしない!

 このまま発車して、安全な場所に逃げることはたやすい!

 だが、お前たちはそれでいいのか!?

 町には財産がある! そして病気で山を登れず、取り残された者たちがいる!

 ペットや家畜たちがいる! それだけじゃない、いままで生きてきた大切な思い出が詰まっている!

 そんな大切なものを、モンスターどもに好き勝手にされて、悔しくないのか!?』


 俺は訴えかけている最中、妙に冷静になっていた。


 ……あれ? 俺、なんでこんなにムキになってんだ?

 ただ「迎撃する」の一言で終わりな話なのに、なに熱く語ってるんだ?


 っていうかそれ以前に、このまま逃げ出して、乗客を安全な場所に降ろせばそれで終わりなのに……。

 マーウエなんて降りたことすらない町、どうなったって俺には関係ないのに……。


 なんでこんなにムキになって、守ろうとしてるんだ……!?


 しかしいくらそう思っても、俺の口から言葉は迸った。


『俺はそんなのは嫌だぞ!

 やられっぱなしの人生は、もう終わりにするって決めたんだ!

 ケツを蹴られて、火を付けられて、笑われて……!

 泣きたいはずなのに、怒りたいはずなのに、いっしょになってヘラヘラして……!

 失敗も残業もぜんぶ押しつけられて、ボロボロになるまで働いて……!

 そんな人生は、もうたくさんだ!

 俺は思うがままに生きる! 気に入らねぇヤツはブッ飛ばす!

 だから俺は、ひとりでも戦うぞ!

 相手がワイバーンだろうが魔王だろうが、死んでも退くもんかっ!』


 気付くと俺は、肩で息をしていた。


『はぁ、はぁ、はぁ……!

 だが、戦う気のない者まで道連れにするつもりはないから、安心しろ……!

 俺が死んだら、この車両は自動的に出発して、安全な場所まで移動する!

 走り出した時点で、バカなヤツがひとり死んだと、察してくれ……!

 そして溜息のひとつもついてくれれば、それで、死んだ甲斐もあるってもんだ……!

 ……以上、放送終わりっ!!』


 俺の頭のなかでは自分のことと町のことがごちゃまぜになっていて、もうなにを言ったのか覚えていなかった。

 中学の学園祭のときに、首吊り状態でステージにあげられたみたいに、半死半生の状態でメチャクチャなことを叫んでいたような気がする。


 その学園祭が終わったあとは、打ち上げにも参加せずに教室の片隅でひとり悶絶していた。

 俺はなんてことをしちまったんだ、って。


 でもあの時、誰もいないはずの教室にやってきて、声をかけてくれた女生徒がいた。


「さっきのアレックスくん、かっこよかったよ!」


 俺は穴があったら入りたい気持ちだったので、蹲ったまま彼女の顔を見ようともしなかった。

 ソイツはたぶん俺をからかいに来たんだろうが、俺が無反応だったので、そのままどこかに行ってしまった。


 って、そんな黒歴史はどうでもいいんだ!


「おいヨル! 俺はさっきなんて言った!? まさかワイバーンと戦うなんて言ってないよな!?」


『言いましたよ』


「ぐわあっ!? やっぱりか! ワイバーンと戦って、勝てるわけがねぇじゃねぇか!」


『そうですか?』


「そうですか、って当然だろう! 俺はハムスター級なんだぞ!?」


『アーサーはたしかにハムスターですが、アーサー以外の者はハムスターではありませんよ』


「なんだと?」


 ……ドン! ドンッ!


 不意に、強いノックの音が割り込んでくる。

 それは力強さのあまり、操縦室の扉にあった、


『エッチなアーサーくんは、王都に着くまで出ちゃダメ!』


 の張り紙を、剥がし落としてしまうほどに強力だった。


 出てみるとそこには、光があった。

 後光を放っていそうなほどに決然とした三姉妹が、ノック以上に力強い眼差しで俺を見ていたんだ。


「アーサーくん、わたしたちも戦うわ!」


「アーサーさんの演説に、わたしたちも心を動かされました」


「ハムスターと遊ぶのも一興」


 そして彼女たちだけではなかった。

 三姉妹の背後には、冒険者ギルドの仲間たちや自衛団、腕っ節に自身のありそうな町の者たちまで。


「ボウズ、俺たちも戦うぜ!」


「ワイバーンなんかに、ふるさとを好き勝手にされてたまるかってんだ!」


「ワリに合わねぇクエストだが、たまにはこういうのもいいよなぁ!」


 拳を掲げてやる気を見せる者たちに、俺は唖然とする。


 こんな俺なんかに賛同してくれる者が、こんなにもいるだなんて……!


 多少の戸惑いと感激を感じながらも、俺はまだ迷っていた。

 言い出しっぺのくせして、ワイバーンと戦うとなると急に怖くなったんだ。


 しかしそんな恐怖も、ある少女のおかげですぐに吹き飛んだ。

 コスモスは俺の手をガッと握りしめると、いまの俺にとって、もっとも勇気が奮い立つ一言をくれたんだ。


「さっきのアレックスくん、かっこよかったよ!」

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