第18話
調理場にいた俺はコスモスにグイグイと背中を押され、操縦室に追いやられてしまう。
操縦室の扉に、
『エッチなアーサーくんは、王都に着くまで出ちゃダメ!』
と念押しのように張り紙までされてしまった。
操縦席のなかで、俺はひとりごちる。
「誤解だって言ってるのに……。でも、柔らかかったなぁ……」
コスモスに抱きつかれたとき、女の身体ってこんなに柔らかいのかと驚愕した。
しかしそのときの感情すらも、アレの感触は大きく上回った。
同じ生き物が所有しているとは思えないほどの弾力性。
グラジオラスは普段は白い大聖女のローブを着ているので、身体の線があまり目立たないのだが、実はかなりのナイスバディ。
そのせいで、パーサーの制服になるとギャップがすごい。
正直、目のやり場に困るレベルなほどだ。
だからといって、触ろうとする者はいない。
女神の身体に触れようと思う者がいないように、あまりにも神々しくて怖れ多いんだ。
俺もずっと、アレは手の届かない場所にあるものだと思っていた。
まさか、あんなことで女神の身体に触れてしまうだなんて……。
俺、バチが当たるんじゃなかろうか。
しかし正直、バチが当たってもよいと思えるほどの心地良さだった。
なんてことを悶々と考えているうちに、ヨルムンガンドは『マーウエ駅』に到着。
マーウエは山に囲まれた盆地にある町なのだが、駅は山の上にある。
山を登らないといけないので駅の利用者もそれほど多くはないのだが、今日に限ってはホームから落ちそうなほどに人がいた。
ヨルムンガンドがホームに停車するなり、人々はヨルに殺到。
「あ、開けてくれ! 開けてくれぇ!」
「乗せてくれ、乗せてくれぇぇぇぇ!」
まるでゾンビのように群がって、乗車口をガンガン叩いてきた。
窓の外がいきなり世紀末のような状態になっているので、乗客たちは何事かと騒然となる。
乗車口の開閉は機関士である俺の仕事だが、俺はまず、開けずにマイクごしに尋ねてみた。
『みんな落ち着け! いったい何があったんだ!?
理由がわかったらここを開けてやるから、何があったか話すんだ!』
しかしホームにいる者たちは叫ぶばかりで話にならない。
俺はひしめきあう者たちの中から、話ができそうなくらいに落ち着いている若者を見つけ、外部アームで引っ張りあげた。
「うわあっ!? な、なにをするんだ!?」
『落ち着いてくれ! なにがあったか知りたいだけだ!』
すると若者は、アームに襟首を掴まれたまま教えてくれた。
マーウエの近隣に、飛竜型のモンスターであるワイバーンが確認され、警報が発令されたらしい。
ワイバーンはあと1時間ほどで、マーウエの上空を通過する見込みとなっているそうだ。
ワイバーンに襲われてはひとたまりもないため、街から脱出しようと駅に人が押し寄せたというわけだ。
しかし、他の鉄道会社はホームに人がいるとわかるや停車せずに、すべて走り去っているらしい。
その理由は簡単。
これだけの人を乗せてしまうと、間違いなく運行スケジュールに支障が出るからだ。
大手の鉄道会社は人命よりも、時刻表を守るというのは有名な話である。
そのうえ緊急ということで運賃も取れないので、鉄道会社にとってはいいことナシだからだ。
ちなみにではあるが、こうしたモンスター襲来は世界的に見て珍しいことではない。
しかしマーウエでは滅多にないことらしく、住民たちはパニックに陥っていた。
さらに余談となるが、ワイバーンなどの襲来でいちばん厄介なのは、その大型モンスター自体ではない。
大型モンスターの出現にあわせ、近隣に巣くうゴブリンなどが集まってきて、一緒になって街を襲おうとするのだ。
ようは相手にせねばならないのはワイバーンだけでなく、急造のモンスター軍団ということになる。
ワイバーンだけなら頑丈な石造りの家か、地下にでも隠れていればやり過ごせるが、ゴブリンなどは狡猾なので、家に火を放ってくる。
そうなればもう、街に安全な場所などどこにもない。
街がモンスターによってメチャクチャに荒らされるのを覚悟で、よそに逃げるしかないんだ。
でも、事情はだいたいわかった。
外部アームで吊り上げていた若者を降ろしていると、操縦室の扉がドンドンとノックされる。
出てみると、そこには三姉妹がいた。
俺への軽蔑はどこかに吹き飛んでしまったのか、コスモスが泣きそうな顔で俺にすがる。
「そ、外に人がいっぱいいるよ!? どうしよう、アーサーくん!?」
「コスモス、落ち着くんだ。こんなときにパーサーが取り乱していたら、乗客も不安になるだろう」
「そうですね、落ち着きましょう、コスモスさん」
そう言ってコスモスを抱きしめるグラジオラスも、なんだか不安そう。
三姉妹の中で落ち着いているのはクロッカスだけだった。
まるで日常の中にいるように、いつもと変わらない。
俺にとっては、それがなんだか妙に頼もしく、おかげで決断することができた。
「よし、これから乗車口を開く。ホームにいる全員を乗せるんだ」
すると、三姉妹は「ええっ!?」となった。
「ええっ、みんな乗せちゃうの!?」
「それは、人助けの観点からはとても良いことだと思います、でも……」
「明らかに定員オーバー」
「ああ、だから先頭の操縦車両と、最後尾の機関車両以外は全車両を開放する。
貨物車両も使って立ち乗りにすれば、ホームにいる全員を収容できるだろう。
これからホームに整列させたうえで乗車口を開くから、手分けをして中に入った者たちを整理してくれ。
いいな?」
「わ……わかったわ!」「かしこまりました」「了解」
俺は操縦席に取って返すと、操縦室と機関室の扉をロックする。
このふたつの車両は間違って入られると、大変なことになるからな。
そして外部マイクを使ってホームの者たちに伝える。
『アーサー鉄道はお前たちを見捨てたりはしない! これからお前たちを車内へと収容する!
ただし、こちらが指定した乗車口に並ぶまで扉は開けない!
元気やヤツは後部の、貨物車両の扉に二列に並ぶんだ!
小さな子供がいる母親やケガをしている者、老人などは前部の客室の車両に二列に並べ!
乗車したあとは、客室乗務員の指示に従え! 逆らったり、勝手な行動をするのはナシだ!
こっちはちゃんと見ているから、ズルはするんじゃないぞ!
それにお前たち全員を受け入れるだけの広さはあるから、慌てず騒がず割り込まず、おちついて並ぶんだ!
このヨルムンガンドは、ふたつにひとつ!
全員乗るか、誰も乗らないかだ!
そしてそれを決めるのは、お前たちの行動次第だ、いいな!?』
俺がピシャリとそう言うと、ホームにいた者たちの動きが一変。
一瞬にして統率が取れ、集団行動を始める。
「聞いたか今の!?
衛兵はすでに馬車で逃げ出していないから、我らマーウエの自警団がホームを整理する!
みんな、自警団の指示に従ってホームに並んでくれ!」
街の自警団の者たちが率先してホームの混雑を整理、行列を駅の外まで伸ばすほどにキッチリと整理してくれた。
それでも中にはズルをして、客室の列に割り込もうとする者がいたが、
『あなたは見たところ健常そうですね。貨物の列に並んでください』
ヨルのカメラと外部アームのコンビネーションでつまみ出す。
おかげで思ったより早く、俺は車両のドアを開放スイッチに手をかけることができた。
『よし、それじゃあこれから車両の扉を開ける!
前のほうから順番に、走らず車内に進むんだ!
中に入ったら奥に進んで、できるだけ詰めてくれ!
車内に客室乗務員がいる場合は、その指示に従うんだ!』
……プシュゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーッ!!
圧縮空気の漏れる音とともに、ヨルムンガンドのハラワタが一斉に開く。
俺の声で、大衆がまるでひとつの意思となったかのように整然と行動する様は、なかなかの壮観だった。
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