第16話

 昼メシを終えた俺は、操縦席に戻る。

 そしてふと感じた疑問を口にしていた。


「なぁヨル、さっき昼メシ食ってたらレベルアップしてたんだが、お前、なにかやったのか?」


『先ほどのレベルアップでしたらわたくしではなくて、アーサーの手によるものですよ』


「えっ、俺の?」


『ええ。わたくしは自身の経験によってレベルアップしますが、レベルアップする要因はそれだけではありません。

 機関士であるアーサーが新しいことを経験したり、人間的に成長してもレベルアップするんです』


「そうなのか? でも、俺はさっきオニギリを食っただけだぞ?」


『それだけではないでしょう。ワッペンを身に付けて、コスモス様とクロッカス様の想いに答えたではないですか』


「そんなのでレベルアップするの!?」


『他者との親交を深めるのは、何よりもの人間的成長といえませんか?

 特に他者との関係を意図的に断っていたアーサーなら、なおさら伸びしろがありそうですからね』


「うるさいな。でもまさか、俺の行動でもレベルアップするとは思わなかったよ」


『ですので、行動には気をつけてください。

 他者が抱くアーサーへの感情によってもレベルアップしますから。

 誰かに尊敬されたり、かけがえのない存在だと誰かに思われるようになれば、一気にレベルアップしますよ』


「かけがえのない存在、か……。

 俺がそんな風に思われることなんて、そうそう無いんじゃないか?

 だって俺は、いままで誰からも必要とされてこなかったんだぞ」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 いままで誰からも必要とされなかった……。

 アーサーがそんなことを考えていた頃、彼がかつて務めていた工場では、ちょっとした事件が起っていた。


「おいっ、これは、どういうことなんだ!?」


「工場長、どうしたんすかぁ?」


「どうしたもこうしたもあるか! ウチで作った製品の、不具合の苦情が来てるんだ!」


「ああ、それだったらアレックスのヤツが……」


「アレックスはもうクビにして、この工場にはいないんだ!

 ひとりで不具合を連発したヤツがいなくなったというのに、なんで不具合が同じ数だけ出てるんだ!?」


「さ、さぁ……? たまたまなんじゃ……!?」


「それがアレックスが辞めてから連日だぞ!?

 まさかアレックスが言っていたように、お前たちが不具合を出して、アレックスに押しつけてたんじゃないだろうな!?」


「そ、そんなことしませんよ! たまたま、たまたまですって!」


「ああっ、こんな所にいたんですね、工場長! 大変です!」


「なんだ!?」


「ネジの発注がされてなくて、欠品してしまいました!

 これ以上ラインを動かしても製品が作れません!」


「なんだとぉ!? ネジの在庫管理をしていたヤツはどいつだ!?」


「さぁ……? ネジだけはいつのまにか補充されてたんで……。

 台帳を確認してみたら、アレックスの名前が……」


「じゃあ、アイツが補充してくれてたんじゃないか! 在庫管理担当でもないのに!」


「っていうか、こっちのパーツももうありません!」


「なっ、なんだとぉ!?」


「まーまー工場長、落ち着いて!

 昼休みのチャイムが鳴りましたらから、メシでも食ってひと息入れましょうよ!」


「貴様らはなにを言ってるんだ!?

 ラインがストップしてるのに、メシを食ってる場合かっ!?」


「ええっ、だって今まではメシの時間は大切だって言ってたじゃないっすか!」


「そーそー! 残った仕事はアレックスに任せてメシを食おうって言ってたの、工場長っすよ!」


「そ、それは……!」


 ……ガッシャァァァァァァァーーーーーーンッ!!


「ああっ、俺たちの弁当がっ!?」


「魔導フォークでメチャクチャに……!?」


「おい、なにすんだっ、テメーっ!」


「それはこっちの台詞だよ!

 ここは週一で運搬用のフォークが通るから、届いた弁当を置きっぱなしにするなって言ってただろ!

 いつもはちゃんとどかしてあったのに、どうして今日は置きっぱなしにしてたんだよっ!?」


「そ、そういえば、アレックスが休憩室に弁当を運んでるのを見たことがあった!」


「いつもアイツが運んでくれてたのかよ!?」


「いなくなったヤツのことなんてどうでもいいだろ! それよりも今日は昼メシ抜きじゃねぇか!

 どうしてくれるんだっ!」


「なんだとぉ!? 俺のせいだっていうのかよ!?」


 険悪な雰囲気の工場内。

 その頃、事務の女の子たちが、本社から来たお偉いさんたちを案内してきた。


「ささ、どうぞこちらへ。工場長は、いまラインのほうを見てまわってますので」


「うむ、その工場長から聞いたよ、ひとり、無能な工員をクビにしたんだって?」


「ああ、もうご存じだったんですね。

 ええ、アレックスって言って、それはもう役立たずで……。

 ひとりでこの工場のの不具合率を引き上げてたんですよ」


「この工場は家庭的な雰囲気づくりをしてるんですけど、あのアレックスだけはいつも浮いてて……。

 いなくなったおかげで結束が強くなったんですよ」


「そうなのか、それは良いことづくめじゃないか。

 さぞや職場の雰囲気も和やかになっただろうね」


「ええ、もちろん、あ、みんなあそこに揃ってますよ。

 って、ええええっ!?」


 事務の女の子とお偉いさんたちが目にしたのは、工員たちの大乱闘だった。


「てめえっ、俺たちの昼メシを台無しにしゃがって、死ねっ!」


「なんだとぉ、どけておかなかったお前たちが悪いんだろうが、死ねっ!」


「ぐわっ!? ワシは工場長だぞ!?」


「こっちは腹ペコでイライラしてんだ! 工場長もクソもあるか!」


「ワシを怒らせたな!? このガキどもめ!」


「このクソオヤジ! テメーにはずっとイライラしてたんだよっ!」


「キミたちはいったい、なにをしてるんだっ!?」


「あっ……!? 本社の……!?

 そそっ、そういえば、今日は視察日でしたな!」


「この工場はアットホームなことで有名ではなかったのか!?

 それなのに、殴り合いのケンカだなんて……!

 いったい何があったというんだね!?」


 工場長も工員たちも我先にと本社の人間にすがり、取り繕った。

 彼らの口から出てくるのは、ある人物のことばかり。


「こうなったのもぜんぶ、アレックスのせいで……! アイツがいなくなったから、こんなことに……!」


「そうそう!

 アレックスがいなくなったから部品の在庫がなくなって、ラインが停まって、弁当もメチャクチャになって、こんな大ケンカになったんです!」


「アレックスだと? それはキミたちが無能だと言ってクビにした工員ではないのか!?

 そんな無能をクビにしたのであれば、引き継ぎをしてより良くなっているはずだろう!?」


「そ、それが……在庫の補充も弁当の管理も、ヤツがやってたことだったので……」


「ラインでの作業だけでなく、他の業務もこなしていたのか!?

 彼がいなくなった時点でこんなメチャクチャになるということは、彼は本当に無能なのか!?」


 すると、稲妻のような衝撃が、関係者全員に走った。


「ま、まさか、俺たちは……」


「ヤツがいてくれたから、何事もなくやってこれたのか……!?」


「俺たちが問題なく弁当を食べられていたもの、ヤツが運んでいてくれてたから……!?」


「休憩時間に遅れることなく弁当を食べられていたのも、ヤツに作業を押しつけていたから……!?」


「不良品が出ても、ぜんぶヤツに押しつけられてたから、問題がなかったのか……!?」


「お、俺たちが和気あいあいと作業できていたのは……ヤツがいてくれたから……!?」


「あっ……アレックスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 そんな阿鼻叫喚が起っているとも知らず、俺は操縦席で鼻をほじっていた。


「さーて、ヨル、そろそろオートパイロット解除だ、運転かわろう。

 ……あれ? なんかレベルアップしたぞ。この鼻ほじりで、人間的に成長したのか?」


『たぶん、違うと思いますけど……。って、その手でわたくしに触らないでください』


「いいじゃねぇか。ガキの頃はしょっちゅうだっただろ、こんなこと」


『まったく、アーサーときたら……』

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