第15話

 『アーサー鉄道冒険者ギルド』は、開設初日にして多くの登録者を得た。

 これがヨルムンガンドにとっては経験となったのか、1レベルアップする。


 そして入会費と年会費が20万エンダーと高額だったため、とんでもない儲けを叩き出していた。


 他のギルドから比べるとボッタクリ同然の費用であったが、入会者たちはみな満足そうだ。

 さっそくクエストボードの前に集まってワイワイやっている。


 俺はそれであることを思い出し、人のはけた受付カウンターの客側に立つ。

 カウンターに肘を乗せながら、対面側にいるクロッカスに向かって言う。


「俺もギルドに入れてくれよ」


 よく考えたらこのギルドは、俺が冒険者になるために設立したようなもんじゃないか。

 どこのギルドも門前払いだった俺も、このギルドなら入れてもらえるはずだ。


 しかしクロッカスは同じ職場にいるとは思えないほどに他人行儀な対応だった。


「この書類に記入して」


 俺たちの関係なら書類なんていいだろうと思ったが、書かないと手続きを進めてくれそうになかったので渋々記入する。


「水晶玉に手を置いて」


 言われるがままに水晶玉に手を置くと、俺のステータスが浮かび上がった。


 それは、隣で見ていたコスモスが苦笑いするほどの内容だったらしい。

 受付嬢であるクロッカスは、まるでカウンターに虫が止まったかのような表情で告げる。


「こんなに低いステータスの人間は存在しない。幽霊?」


「目の前にいる人間を勝手に殺すなよ! 俺は生きてるよ!」


「いずれにしても当ギルドにはふさわしくない。またどうぞ」


「そんな! 俺は冒険者になりたくて機関士になったようなもんなんだぞ!?」


「言っていることが意味不明」


「い、いや……たしかに意味不明だけれども! お前も事情は知ってるだろうが!」


 すると見かねたコスモスが助け船を出してくれた。


「クロちゃん、からかうのはそのくらいにして、そろそろ入れてあげたら?」


「モス姉が、そこまで言うなら」


「おお、入れてくれるか! それじゃ、俺の階級は!? やっぱりウサギ級か!? まさかひとつ上の、オオカミ級……!?」


 クロッカスは俺の問いに答えるかわりに背を向け、階級表を貼ってあるボードのほうに注意を移す。

 それで気付いたのだが、階級ボードの『ウサギ級』の下には不自然な空白があった。


 『ウサギ級』の下はめくりになっていて、被さっていためくりをベリッとはがすと、そこには……。


 必死になって回し車を回す、ネズミの姿が。

 その下には、


「は……『ハムスター級』っ!?」


「まさか、この隠しランクをこんなに早く公開する日が来るとは思わなかった」


 『隠しランク』というと凄そうだが、ハムスターは明らかに下方面への拡張であった。


「や、やっぱりハムスターって、ウサギ以下……!?」


 無情な無表情で、コックリ頷くクロッカス。


「入会規定を満たしていない者に、お情けで授与する階級。

 通常の冒険者ギルドで例えるならFランク以下。

 子供遊びで例えるなら『おみそ』『おまめ』に相当する」


「くっ……!」


 周囲にいたギルド員たちから笑い声がおこる。


「わははは! まさかハムスター級なんてあったとはな!」


「あははは! ボウヤのステータスを見せてもらったけど、その程度で私たちと同じ階級になるのはおかしいものね!」


「ぎゃはは! 本来だったらどのギルドにも入れないステータスだぞ! クロッカス様のお情けに感謝するんだな!」


「せいぜいがんばってウサギになりなさいよ、ハムスターくん! きゃはははははっ!」


 俺は嘲笑と屈辱、そして大いなる後悔に包まれていた。


 くっ……くくく、クロッカスめ……!

 クエストボードの件で助けてやったってのに、この仕打ちとは……!


 お、覚えてやがれっ……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それからギルドのほうも一段落ついたので、俺たちは昼休憩を取ることにした。

 昼休憩はスタッフ全員で休むんじゃなくて、2人ずつペアになっての交代制。


 俺とコスモスは休憩室で、昼メシがわりのオニギリをつまんでいた。

 コスモスはお茶を差し出しながら、「あれ?」と何かに気付く。


「アーサーくん、ハムスターのワッペンは付けないの?」


 そう言うコスモスの胸には『ペガサス』のワッペンが踊っていた。

 俺からあからさまにふてくされた様子で答える。


「付けられるかよ、あんなの」


「どうして? あれ、すっごくかわいいのに」


「だったらお前が付けたらどうだ」


「えっ、いいの!? ……って、それはダメだよ」


「やっぱりお前も最低ランクになるのは嫌なんじゃねぇか」


「ううん、わたしはランクなんて別に気にしないけど、あれはクロちゃんがアーサーくんにあげたものだから。

 わたしが付けたら、クロちゃんはきっと悲しむわ」


「そんなわけないだろ」


「そんなことあるよ。クロちゃんがいちばん好きな動物って、なんだかわかる?

 『ハムスター』なんだよ」


「……そうなのか?」


「実を言うとわたし、ビックリしてるの。

 アーサーくんと話してるときのクロちゃん、すごく楽しそうだもん」


「あれで? 俺にはぜんぜん楽しそうに見えないが」


「たぶんクロちゃん、アーサーくんのことが好きなんだと思う」


「んぐっ!?」


 俺は頬張っていた形の悪いオニギリを、思わず喉に詰まらせそうになる。


「だってわたしやお姉ちゃんと接するときと同じような感じだもん」


 あ、なんだ、家族としての『好き』ね……。

 俺は胸を叩きながら問う。


「だ、だからって、あんな意地悪をするのか……!?」


「あれはクロちゃんなりの感謝の気持ちなんだよ」


「ずいんぶん捻くれた感情表現だな」


「それはまだ子供だから、うまく伝えられないんだよ。

 わたし、ギルドのワッペンの在庫を見てみたんだけど、他の階級のはたくさんあるのに、ペガサス級は3枚だけで、ハムスター級なんて1枚しかなかったんだよ。

 だからクロちゃんは、ハムスター級は特別な人に渡すつもりだったんだと思う」


 ペガサス級は言うまでもなく、三姉妹が身に付けている。

 そして唯一のハムスター級は、俺のポケットの中だ。


「あ、お茶がもうないね、おかわりする?」


「……ああ、頼む」


 コスモスは空になった湯飲みを手に、給湯台に立つ。

 すぐにお茶のおかわりを持ってきてくれて、俺の胸のあたりの変化にも目ざとく気付いていた。


 そして、春の日差しのような柔らかな笑みを浮かべる。


「うふふ、付けてくれてありがとう。きっとクロちゃんも喜ぶと思うな」


「別に、お前やクロッカスのために付けたんじゃねぇよ。冒険者ギルドに入るのは、俺の夢だったんだから」


 俺も、クロッカスと同じくらい感情表現が下手なのかもしれないな、と思う。

 そして気付いたらなぜか、ヨルムンガンドが1レベルアップしていた。

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