第14話

 クエストボードには、まるで手品のように依頼があふれ出していた。

 リスト化され滝のように流れていく項目に、冒険者たちは我が目を疑う。


「う、うそだろ……!? なんで、こんなに依頼が……!?」


「わ、わかったぞ! ありもしない依頼を適当に出してるだけなんだ!」


「いや、違うわ! いま私たちが受けている依頼もあったもの!」


「ええっ!? ということはこの依頼は、すべて本物!?」


「ああ、俺も自分が受けてるクエストを見つけた!

 どうやらこのあたり一帯のクエストを、すべて網羅してるみたいだぞ!」


 冒険者たちはクエストボードにかじりついていた。

 ケーキ屋に来た乙女みたいに、すっかり目移りしている。


「すげえっ!? 最大手のギルドでも、これほどの数の依頼はないぞ!」


「これだけあれば、選び放題じゃねぇか!」


「ああっ! こんな依頼があったのね! 知らなかったわ!」


「今のクエストはやめて、新しいのを選ぼうぜ!」


 よりどりみどりの依頼に、大興奮の冒険者たち。

 不意に彼らの背後から、冷たい声がした。


「約束どおり、依頼は見せた」


 忍び寄る蛇のように静かなその声に、冒険者たちはハッと我に返る。

 おそるおそる、振り返ってみると、そこには……。


 威嚇するコブラのよにローブのフードを広げる、クロッカスが……!


 その表情は相変わらず平坦だった。

 しかしそれが逆に怖かった。


 冒険者たちは今更ながらに思い出す。

 自分がからかっていたのは、とんでもない相手だったことに。


 クロッカスが「で、どうする?」とだけつぶやいた途端、


「すっ……すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 冒険者たちは一斉にひれ伏した。


「お、俺たち、つ、つい調子に乗っちゃいましたぁ!」


「俺たちは浅はかな人間でした! 賢者のクロッカス様が、こんなミスをされるわけがないのに!」


「クロッカス様は、私たちを試しておられたんですよね!?」


「もうあなた様には逆らいません! どうか、無礼を働いた私たちをお許しください!」


「ギルドに入ります! いえ、入らせてくださいっ! お願いしますぅぅぅーーーーーっ!」


 それは胸のすくような光景だったが、クロッカスは眉ひとつ動かさない。

 冷静と冷静のあいだにいるような受付嬢は、「なら、並んで」とだけボソリと言った。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それからギルド車両は先は大忙しになる。

 ギルドの用紙記入、ステータス確認、ギルドパスの発行、会計をしなくてはならなくなったクロッカス。


 見かねた俺は、社内アナウンスで呼びかけた。


「おい、手の空いている者はギルド車両を手伝ってくれるか? 俺もいまから向かう」


 俺もヨルムンガンドをオートパイロットにしてギルド車両に向かったが、そこは大賑わいだった。

 三姉妹はカウンターで手分けをして、登録希望者をさばいている。


「はい、用紙記入を確認しました、それでは次、適正検査をどうぞ!」


「水晶玉に手を当てて、そうしたら、ステータスが表示される」


「はい、入会金と初年度の会費をあわせて20万エンダーちょうどお預かりいたします。

 こちらギルドパスになりますので、なくさないように大切にしてくださいね。

 そしてこちらは階級を示すワッペンとなります、よろしかったら付けてみてくださいね」


 まるで魔導車の免許更新所の、ピーク時のような忙しさだ。


 俺は一度、冒険者になる夢があきらめきれずにギルドに訪れたことがあるんだが、職業適性がなくて門前払いを受けたんだよな。

 この『アーサー鉄道冒険者ギルド』は、どうやら職業適性の確認だけでなく、ステータスオープンによるランク付けもあるようだった。


 それは受付嬢であるクロッカスの仕事だったのだが、これがまた独特だった。

 水晶玉に手を置くと、置いた人物のステータスが浮かび上がるのだが、それを見たクロッカスが、


「腕力はあるけど他のステータスはからっきし。戦闘力についてはモス姉の半分以下。

 ようは腕力はあるのにそれが強さに結びついていない、ただのパワーバカ」


 いちいち姉妹の誰かとステータスを比べ、辛辣な寸評を述べていた。

 言われた戦士ドワーフはたまらず言い返す。


「わ、悪かったな! あ、いや、悪かったですなぁ!

 でも、ステータスがすべてじゃないんじゃろ!? ワシはよそのギルドじゃA級の冒険者なんじゃ!」


「ここではよそのギルドの評価は一切適用されない」


「そ、そうなのか!? で、ワシは何級で……?」


「『ウサギ級』」


 言いながら背後にある階級ボードを示すクロッカス。

 そこには優秀な順に、


 ペガサス級

 ライオン級

 ゾウ級

 キリン級

 パンダ級

 オオカミ級

 ウサギ級


「う、うさぎ!? 『褐色の猛虎』と怖れられ、オークでも素手で殺せるこのワシがウサギじゃと!?

 しかも、最低ランクだなんて……!」


「今日からは『褐色のウサギ』と名乗るように」


「そ、そんな……!」


 孫といってもおかしくないほどの少女からウサギ呼ばわりされ、ショックを隠せないドワーフ戦士。

 というか評された者たちは、のきなみ全員『ウサギ級』だった。


 たまらない屈辱に、ガックリと四つ足でうなだれる冒険者たち。


「わ、俺がウサギ級だなんて……得意の火の魔法も、燃えカスみたいだって……!」


「あなたなんてまだいいわ、私なんてウサギのうえに、ニセ聖女よ……。

 そりゃグラジオラス様と比べればまだまだ未熟だけど、あんまりよ……!」


「く、くやしい……! でも、相手がクロッカス様なら、納得するしかない……!」


 打ちのめされた冒険者たちは、何かに目覚めた様子で手続きを続けていた。

 最後にグラジオラスからギルドパスと階級を示すワッペンを手渡されたときには、すっかり大喜び。


「おおっ! 俺のワッペン、黒コゲのウサギだぞ!」


「私のなんてシロウサギちゃんよ、かわいいーっ!」


「ワシにはちょっと可愛いすぎるが、こういうのもいいもんじゃのう!」


 自分のパスのウサギこそがいちばんだとばかりに自慢しあっている。


 『アーサー鉄道冒険者ギルド』は、他のギルドにはない、不思議な魅力に溢れていた。

 これも、三姉妹のなせるワザなんだろうか。


 俺は接客が得意じゃないので書類運びなどの雑用を手伝っていたのだが、その合間にふと、クロッカスに呼び止められた。


「いったい、どうやったの?」


「どうやったって、なにを?」


 「とぼけないで」とクエストボードに横目をやるクロッカス。


「ああ、そのことか。実はアレを使ったんだよ」


 俺は窓の外を親指で示す。

 そこには、プロペラのついた兜みたいなのがフワフワと浮いていた。


「あれはヨルムンガンドの技能スキルのひとつ『ドローン』といって、浮遊型の魔導人形ゴーレムなんだ。

 前のほうに魔導写真のレンズが見えるだろう? アレをひとっぱしり街のギルドまで飛ばして、クエストボードを撮影させたんだ。

 あとは撮影したものを読み取ってデータ化して、クエストボードに流し込んだってわけ。

 最初は一軒だけのつもりだったんだけど、思ったより早くデータが取れたから、近くのギルドを片っ端から回らせてデータ収集をさせたんだよ」


 タネ明かしをしてやると、クロッカスはなんとも形容しがたい表情になる。

 無理やり例えるなら、鳩が豆鉄砲になったみたいな……。


 この反応は何なんだと思っていると、偶然それを見ていたコスモスが、「ええっ!?」と驚きの声をあげていた。


「わあっ、クロちゃんがビックリするだなんて珍しい!

 アーサーくん、クロちゃんって滅多にビックリしないんだよ!?

 いったい、どんな凄いことをやってみせたの!?」


 あ……。

 これ、ビックリした顔だったのね。

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