第13話

 クロッカスが受け持つギルド車両にはロックが掛けられ、顧客である冒険者たちが閉じ込められていた。


 手口としては完全に詐欺だが、やっているのは12歳の少女。

 しかも仕掛けた相手は、数十人にも及ぶ大人の冒険者。


 むくつけき冒険者たちが本気になればクロッカスなどひと捻りに見えるが、みな部屋の隅に固まったまま、蛇に追いつめられたカエルのように震えあがっていた。


 無理もない。

 相手は『賢者』なのだ。


 賢者といえば、『勇者』と『大聖女』にならぶ最上級職のひとつ。

 ひとりで軍隊を消し去るほどの大魔法を使うことができる、火力という点では世界最強の存在。


 その気になれば、目の前の冒険者たちなど一瞬にして焼きガエルにできるだろう。

 コブラのようにひろがるフードの下に、感情のない瞳をたたえながら、クロッカスは再度問う。


「ギルドに入るなら並んで、入らないなら出て行って」


 すると、ドワーフの戦士がたまらず叫んだ。


「は、はひぃ! ははは、入ることを、前向きに検討したいです!

 で、でもその前に、入会金と年会費は……!?」


「入会金、年会費ともに10万エンダー


「た、高っ!? 大手のギルドでもせいぜい1万なのに、その10倍だなんて……!」


「12回の分割払いも可」


「そ、そういう問題じゃないですよ! 高すぎます!」


 すると、ドワーフの相棒らしき、エルフの女魔術師が言う。


「でもそれだけ払うってことは、すごいサービスが受けられるとか!?」


「このわたしが受付嬢というだけで、本来は100万の価値はある。

 それを、今回は大幅に譲歩した」


「えっ、メリットってもしかして、それだけですか!?」


 さらに、ドワーフとエルフの仲間であろう、人間の盗賊があることに気付く。


「よく見たら、クエストボードになにも依頼がないじゃないですか!?」


「ギルドは今日設立したばかり。依頼はこれから集める」


「ええっ!? そんな!? 10万も払わせておいて、依頼がまだないなんて!」


 『アーサー鉄道冒険者ギルド』は、さっそく弱点を見透かされてしまった。

 冒険者たちは断る口実を得て、ここぞとばかりに騒ぎたてる。


「ギルドって普通、依頼を集めてから冒険者を募るものじゃないんですか!?」


「そうだそうだ! 俺たち冒険者は、クエストボードの依頼目当てでギルドに入るようなものなんだからな!」


 この言葉からもわかるように、『冒険者ギルド』に加盟するメリットはふたつ。


 ひとつは、国や民間から出されたモンスター討伐や探索などの『依頼』が貼り出されるクエストボードが利用できること。

 もうひとつは、冒険にあたってのパーティメンバーの斡旋である。


 なお依頼も受けずにパーティメンバーも集めないのであれば、ギルドに所属せずに冒険は可能。

 しかしギルドに所属するということは、野盗などに対しての防衛手段にもなる。


 下手にギルドの人間を襲えば、今度はギルド側が襲った野盗を討伐するための『依頼』をクエストボードに貼り出すからだ。

 他にも不便なことがあるため、ギルドに所属していない冒険者というのは存在しないといわれている。


 さらに余談になるが、ギルドには重複加入が可能。

 冒険者たちは拠点とする街や村のいくつかにまたがってギルド加入するのが普通である。


 重複可能なら入るだけ入っておいたほうが得かと思われるが、そのあたりは入会金が年会費がかかるので、財布と相談。

 あとは職業適性さえあれば入ることができるが、大手のギルドともなると、別途ステータスの審査がある。


 話を元に戻そう。

 クロッカスの設立した『アーサー鉄道冒険者ギルド』には、まだ依頼がひとつも無かった。


 それまで借りてきた猫のように大人しかった冒険者たちは息を吹き返し、受付嬢を責めたてていた。


「クエストボードには最低でも10件の依頼はなくちゃ!」


「問題ない。10件くらいなら、すぐに揃う」


「問題ないなら今すぐ貼り出してくださいよ! 最年少賢者様と呼ばれたクロッカス様なら簡単でしょ!?」


「そうそう! 次の駅に着くまでに10件の依頼を貼り出してくれたら、ここにいる全員がギルドに入りますよ! なぁ、みんな!」


「ああ! そのかわり次の駅に着くまで依頼が揃わなかったら、俺たちを降ろしてくださいよ!」


 俺はクロッカスと冒険者たちのやりとりを、操縦席の魔導モニターから見ていた。

 そして正直、ムチャだと思っていた。


 次の駅まではあと30分といったところか。

 しかしいくらクロッカスが天才少女だったとしても、その短時間で10件の依頼を集めるのは不可能だろう。


 すると、俺の考えを見透かしたかのように、ヨルが言った。


「手伝ってさしあげては?」


「手伝うって、どうやって? 電車内の乗客に御用聞きして回るのか?」


「それもいいですけど、もっといい手があるでしょう。

 このわたくしを使ってください」


「ヨルを、使う……?」


 俺の目の前にあった魔導モニターが、いつの間にかヨルのスキルリストに切り替わっていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから20分後、ギルド車両。


「あーあ、やっぱり無理みたいですねぇ! まだ1件も依頼がないじゃないですか!」


「賢者様には不可能はないって思ってましたけど、できないこともあるんですね!」


「このままじゃ、クロッカス様の初めての失敗として、汚点になるんじゃないですかぁ?」


「このことを新聞社が知ったら大喜びでスクープするでしょうね!」


「黙ってて欲しいですかぁ? だったら俺の剣にサインしてくださいよ!」


「あっ、それいい! 私もクロッカス様のサインほしい!」


「おいみんな、クロッカス様がサインしてくれるそうだぞ、みんな並べ並べ!」


 とうとうギルド加入ではなく、サインの行列を作り始める冒険者たち。

 受付カウンターのクロッカスは顔を伏せたまま、微動だにしていない。


「……サインはしない。するのは、ギルド加入の受付のみ」


 クロッカスはうつむいているので、例の眼光はない。

 それをいいことに、冒険者たちはすっかり調子に乗っていた。


「サインしたくないんですかぁ?

 だったら、俺たちとの約束を守ってくださいよぉ! 早く10件の依頼を見せてくださいよぉ!」


「……それは、もうすぐ見せる」


「もうすぐって、次の駅まであと5分くらいですよ? 早くしないと駅に着いちゃいますよぉ~?」


「いいんですかぁ? サインしてくれないなら、言いふらしちゃおっかなぁ~?」


「ギルドを設立しておきながら依頼が1件も無いだなんて、いい笑いものになっちゃいますよぉ~?」


「このことが明るみに出たら、ユーピトア家の汚点になるでしょうねぇ~?」


「……見せる」


「おやおやぁ? クロッカス様、だんだん声が小さくなってませんかぁ?」


「そこまで言うなら見せてくださいよぉ、ほらほら、早くぅ!」


「普通の冒険者ギルドはコルクボードですけど、大手をマネっこして、魔導モニターのクエストボードまで用意したんでしょぉ?」


「高級そうな魔導モニターも、これじゃ宝の持ち腐れですねぇ!」


「ほら見てくださいよ、なにも映ってなくて、ただの黒い板で……」


 たしかにそれまでは、クエストボードの魔導モニターにはなにも映っていなかった。

 しかし次の瞬間、


 ……ずらずらずらっ!


 と擬音が聞こえそうなほどに、次々と依頼がリストアップされていく。

 そこにいた誰もが、目を疑うような勢いで。


「えっ、ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


「い、依頼が、急に……!?」


「十件、いや、百件……!? いやいや、どんどん増えていってるぞ!?」


「なんでなんで、なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」

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