第12話

 車内販売はコスモスもグラジオラスも大盛況。

 俺もアームで手伝ってやったが、ふたりとも目が回るような忙しさだった。


 しかしふたりとも心底楽しそうに働いていて、文句ひとつこぼさない。

 それどころか駅に着くとホームに飛び出していって、降りる客を「いってらっしゃーい!」と見送る。


 降りる客たちはみんな名残惜しそうにしていた。


「ううっ、まだ乗っていたかった……!」


「ああ、まるで夢みたいな列車だった……!」


「シートは心地いいし、アイドルに大聖女様がいるし……!」


「食堂車の朝食も、とんでもなくうまかった……!」


「どうか、帰りも来てくれないかなぁ……!」


「ああ、こんな極楽みたいな列車に乗ったら、もう他の列車には乗れねぇよ……!」


「だよなぁ、あんな風にわざわざ見送ってくれる鉄道会社なんて、絶対にないだろ!?」


「特に三等客室の乗客なんて、どこもひどい扱いなのに……!」


「ああっ、また来てくださいね、コスモスさまぁ~!」


「次に見かけても、絶対に乗りますから~!」


 降りた客たちは、駅の外に出てもなおコスモスに手を振り返していた。

 そのやりとりが目を惹き、さらに新しい乗客が詰めかけてくる。


 おかげで、車内はずっと満員状態だった。

 これがヨルムンガンドにとってはいい経験となったのか、レベルが1上昇する。


 しかし忙しさの最高潮はずっと続いているというのに、コスモスもグラジオラスも笑顔を絶やさない。


 俺は忙しくて笑ったことなんて、一度もないんだけど……。

 ふたりは本当に、ヨルムンガンドで働くのが夢だったんだろうなぁ。


 魔導モニターごしに見る車内は笑顔にあふれていたけど、まったく笑っていないのがひとりだけいた。

 『ギルド車両』にいるクロッカスだ。


 『ギルド車両』というのは元々は食堂車だったのを改造して、冒険者ギルドにしたオリジナルの車両。

 受付カウンターがあり、クエストボードがあり、ステータスを調べる機材があり、設備としては一般の冒険者ギルドと比べても何ら遜色ない。


 ちなみに、列車内に冒険者ギルドを設置するというのは世界初の試みだ。

 この世界の冒険者というのは遠出のクエストの場合、馬や徒歩ではなく列車を使って移動するので、悪くないと思うのだが……。


 『ギルド車両』には人っこひとりいなかった。

 誰もいない車内の受付カウンターで、ぽつんと佇むクロッカス。


 これは実をいうと、俺に原因があった。

 俺が線引きした路線図は通勤客ばかりで、冒険者がほとんどいないんだ。


 基本的に冒険者というのは都心よりも地方に多いとされている。

 理由としては、都心ほど彼らの食い扶持となるモンスターや地下迷宮ダンジョンが少なく、依頼クエストも少ないからだ。


 しかし次の駅から山間に入り、冒険者の多い街になる。

 そうすれば、きっと『ギルド車両』にも寄ってくれることだろう。


 俺の予想どおり、次の『ヤマーイの駅』のホームには、今までの通勤客とは明らかにいでたちの違う面々がいた。

 鎧やローブに身を包み、剣や杖を携える彼らは、まさに『冒険者』だ。


 俺は車内アナウンスを使って、パーサーたちに呼びかけた。


『おい、みんな悪いが、次の駅では冒険者を客引きしてくれるか?』


 すると、コスモスとグラジオラスは「オッケー!」「かしこまりました」といい返事。

 クロッカスはノーリアクション。


 しかし高名な長女と有名な次女のおかげで、多くの冒険者たちを車内に入れることができた。

 俺はさっそく彼らに向かってアナウンスをする。


『冒険者のみなさま、当ヨルムンガンドには世界初の「動く冒険者ギルド」があります。

 冒険のお供にぜひご活用ください』


 すると冒険者たちは「なにっ!?」と反応する。


「動く冒険者ギルドだってぇ!?」


「そんなの聞いたことねぇぞ!」


「列車の中にある冒険者ギルドってわけか!」


「こんな所に冒険者ギルドなんて作ってどうするんだよ!?」


「でも、クエストの受諾と報告は同じギルドでやらなくちゃいけないことを考えると、便利じゃねぇか!?」


「そうだな、往復しなくちゃいけねぇのが面倒なんだ! でも列車なら、受諾と報告がだいぶラクチンになるな!」


「ちょっと、見に行ってみようぜ!」


 冒険者たちはぞろぞろと『ギルド車両』へと移動する。

 そしてクエストカウンターに鎮座していた人物に、度肝を抜かれていた。


「え、ええっ!? あ、あのガキ……い、いや、お子様は、もしかして……!?」


「最年少賢者の、クロッカス様じゃねぇか!?」


「コスモス様とグラジオラス様だけでもビックリだってのに、まさかクロッカス様までいるんだなんて……!」


「クロッカス様は滅多に人前にお姿を表さないことで有名なんだろ!?」


「ああ! 『ユーピトア家の隠し財産』なんて呼ばれてるほどに、人嫌いの方だ!」


「だ、大丈夫なのかよ!? 気に障ったりしたら、消し炭にされちまうんじゃ……!?」


 日々、危険なモンスターやダンジョンの罠と渡りあっている冒険者たちが、12歳の少女相手にすっかり萎縮している。


 コスモスを『親しみやすい』、グラジオラスを『神々しい』と形容するとして、このクロッカスは……。

 こう言っちゃ悪いが、『とっつきにくい』とか『禍々しい』感じがするんだ。


 俺はだいぶ慣れたほうだが、彼女にチロリと見られるだけで、いまだに蛇に睨まれているような気分になる。

 初絡みとなると、その恐怖はかなりのものだろう。


 黒いローブをコブラのように被っているクロッカスは、ぼそりと告げた。


「『アーサー鉄道冒険者ギルド』にようこそ。加入を希望する者は一列に並んで」


 クロッカスはそう言いながら、手元にあるスイッチを操作する。


 すると、車両の出入り口の扉に、ガチャン! とロックがかかった。

 同時に、車両の窓のひとつがガラリと開く。


「希望しないものは、そこの窓から出て行って」


 加入しなければ、走っている列車から飛び降りろというのだ。


「ひっ……!? ひぃぃぃぃぃぃぃーーーーっ!?」


 冒険者たちは、いきなりデスゲームに放りこまれたかのように震えあがっていた。

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