第10話

 平和なはずの朝のホームにこだまする、怒声と悲鳴。

 俺の恨み辛みがこもったモップが、暴れザルたちの全身を強打していた。


「これが、俺の作業服を便器に入れて、べしょべしょにした分!」


 ガスッ! 「ぐうっ!? いてえっ!? やめろっ、やめろぉ!」


「これが、俺の昼メシの弁当を、毎日に勝手に食った分!」


 ドスッ! 「がはあっ!? わ、わかった! 謝るから、謝るからっ!」


「これが、俺をパシリにして、タバコを買いに行かせたうえに、金も払ってない分!」


 グシャッ! 「ぎゃあああんっ!? ご、ごめん! マジでごめんって! だからもう、許して……!」


 殴っているうちに、暴れザルどももだいぶ躾けがなってきたようだ。

 でも俺はまだ許さない。


 半泣きで許しを請うヤツらに向かって、俺はモップを大上段に振りかぶった。


 ……がばあっ……!


「これが……! 一昨日、俺の尻に火を付けたぶんっ……!」


「ひいいいいいいーーーーっ!? ゆっ、許して! ゆるしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!!」


 小一時間後、暴れザルどもは俺に服従するように、ホームの床に土下座していた。


「もっ、もう二度とイジメたりしませぇぇぇん! ごめんなさひぃぃ! ごめんなさひいぃぃ!」


 風船のように腫れあがった顔を、涙声とともにガンガンと硬い床に打ち付けている。

 まるで壊れたサルのオモチャみたいだな。


「よし、じゃあ俺のぶんは許してやる。次はコスモスと乗客に謝るんだ」


 すると、それまで呆然と成り行きを見守っていたコスモスがハッとなって、


「えっ!? わたしは別に、気にしてないけど……!」


「いや、ダメだ。こういう輩には、キッチリ謝らせるべきなんだ。

 さぁお前たち、早く謝れっ!」


「すっ、すみませんでしたぁ~~~!」


 百回ほど謝罪させたあと解放してやると、暴れザルたちは肩を貸し合うようにして、6番ホームから逃げていく。

 しかし去り際に階段のところで、懲りもせずに捨て台詞を吐いていた。


「くそっ、覚えてやがれ! 工場で会ったら、死ぬほどイジメてやっからな!」


「ああ、そういえばお前たちにはまだ言ってなかったな。俺、工場辞めたんだ」


「えっ」


「このヨルムンガンドの機関士として働くことになった。コスモスと一緒にな」


 すると、サルどもは檻に閉じ込められたみたいな顔になった。


「う、うそ、だろ……」


「工場をクビになるんじゃなくて、自分から辞めるだなんて……」


「それに機関士だとぉ!?」


「しかもアイドルのコスモス様と、同じ職場……!?」


「うっ……うそだうそだうそだっ、うそだぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」


 俺が大出世を果たしたのがよっぽど信じられないのか、暴れザルたちはショックのあまり足を踏み外し、階段を転げ落ちていった。

 彼らの姿が見えなくなって少ししてから、俺の再出発を祝福するかのように「どんがらがっしゃーんっ!」という派手な衝撃音が階段下から響く。


 そしていつの間にか俺は、拍手に包まれていた。


「いいぞーっ! アーサー!」


「アイツら、この駅で好き放題やってて、ずっと腹が立ってたんだ!」


「注意したら逆ギレして暴力を振るってくるから、みんな泣き寝入りしてたんだ」


「アーサーが懲らしめてくれて、スッキリしたぜ!」


 乗客たちはかなり待たされたというのに、誰も怒っていなかった。

 むしろ極上のショーを観たあとのような、歓声を送ってくれる。


 そしてコスモスはというと、感謝していいものかどうか迷っているようだった。


「あ、アーサーくん、お客さんに暴力を振るっちゃダメだよ」


「アイツらは客なんかじゃないさ」


 「そうだそうだー!」と乗客が味方してくれて、コスモスはさらに困り顔になる。


「う、う~ん。これでいいのかなぁ……?」


「いいさ。それよりもお前のほうは大丈夫なのか? ヤツらになにかされなかったか?」


「あ、それは大丈夫。助けてくれてありがとうね」


 お礼のスマイルとばかりに、ニコッと笑うコスモス。

 そのまま踵を返し、ヨルムンガンドの車体にチュッとキスをする。


「ヨルくんもありがとうね」


『どういたしまして。淑女の危機を救うのは、紳士として当然のことです』


「きゃっ! わたし、ヨルくんのそういう所が大好きなの!」


 コスモスはとうとう、車体に頬ずりしはじめた。


「なんか、俺のお礼とずいぶん差があるな」


「当然でしょう。ヨルくんのほうが活躍したんだから」


 たしかにヨルのアームがなければ勝ち目はなかったが、なんとなく納得がいかない。

 すると、コスモスはいたずらっぽい流し目を向けてきた。


「それじゃ、アーサーくんもキスしてあげよっか? ほおずりしてあげよっか?」


「そ、それは……!」


「うふふ、ウソだよーんっ! みなさん、お待たせしました!

 ヨルムンガンド号、運行再開しまぁーっす!」


 「なっ……!?」となってしまった俺をよそに、コスモスはすっかりパーサーモードに戻っていた。


「アーサーくんも、自分のお仕事に戻って戻って!

 ただでさえ遅れてるんだから、早くしなきゃ!

 ほらほら、しゅっぱつしんこーっ!」


 俺は形容しがない複雑な気持ちを胸に抱きながら、操縦席へと戻る。

 女の子にからかわれることなんて、生まれて初めてのことだったからだ。


 しかも相手は人気絶頂の、美少女アイドル……。

 からかわれて悔しいはずなのに、なんだか胸がキュンとなって、甘酸っぱいような……。


 って、乙女か俺は!


 すると俺の気持ちを読み取ったのか、腕輪から、さらにからかうような声がした。


『ああ、アーサー。コスモス様のことが好きになってしまったんですね』


「お前にからかわれても嬉しくないよ」


『女性との接点がないと、やっぱり惚れっぽくなるんですね。

 ユーピトア三姉妹の前にいるだけで、アーサーの心拍数が向上しています』


「そんなことまでわかるのかよ」


『ええ。「腕輪」と「医療」のスキルでアーサーの身体状況を把握しています。

 機関士の健康やプライベートの管理もわたしの仕事のひとつですから。

 と、スキルで思い出しましたが、レベルがあがりましたよ』


「お前のレベルが? なんで?」


やからたちを懲らしめた成果です』


「列車のくせして、ケンカでもレベルが上がるのか……。

 まあいいや、それよりも運転再開といこう」


『承知しました』


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ヨルムンガンド レベル18(スキルポイント残1)


 基幹

  1 オートパイロット

  1 ネットワーク

  1 ワールドマップ

  0 レコーディング


 外装

  1 外部カメラ

  1 外部マイク

  1 外部照明

  1 外部アーム

  0 カラーリング

  0 耐火

  0 耐水

  0 耐震

  0 耐雷

  0 耐衝

  0 サインボード


 内装

  1 内部カメラ

  1 内部マイク

  1 内部照明

  0 内部アーム

  2 調理器具

  1 給水

  1 排水

  0 金庫

  0 空調

  0 娯楽

  0 防音

  0 スペース拡張


 非常

  0 防犯

  1 医療

  0 脱出

  0 消化


 兵装

  0 ドローン

  0 リピーター

  0 アーバレスト

  0 パイルバンカー


 腕輪

  1 時計

  1 通話

  0 アシスト


 機動

  0 スピード

  0 パワー

  0 スタミナ


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