第9話
コスモスがヨルムンガンドの外に出て呼び込みをした途端、カラッポだったホームに人が押し寄せる。
俺はコスモスの身を案じ、操縦席から飛び出したのだが、
「はーい、みなさん、それではこちらの車両に順番に並んでご乗車ください!
ヨルくんは入り口のところにスタンプがありますから、忘れずに押してくださいね!」
コスモスの号令で、人々は驚くほど素直に並んでいた。
彼女は『アイドル剣士』として有名だが、その声は『ミラクルボイス』と呼ばれるほどに人の心を動かす。
そのおかげで俺も機関士になったわけだが、まさか集団を素直に従わせるほどの威力があるとは……。
俺は改めて、彼女のカリスマ性に下を巻いていた。
ちなみにではあるが、列車に乗る際にはチケットにスタンプを押す決まりがある。
スタンプには鉄道会社のロゴが入っており、スタンプが押されたチケットは降車駅で回収される。
回収されたチケットで、どの鉄道会社がどれくらい使われているかがわかるんだ。
この情報は、各鉄道会社への運賃分配の判断基準となる。
さらに余談となるが、普通の列車の場合、スタンプは乗務員が押すことになっている。
しかしヨルムンガンドは乗車口のところにスタンプを押す魔導装置があるので、そこにチケットを挿入するだけで押印されるんだ。
乗車のときに待たされずにスムーズに乗れるシステムなのだが、客の反応は芳しくない。
なぜならば、
「なんだよ……コスモス様にスタンプを押してもらえるんじゃないのかよ……」
みな、アイドルにスタンプを押してもらいたがっていたから。
するとコスモスは腰に携えていたポーチからスタンプを取り出し、
「それじゃあ特別に、小さい子はわたしがスタンプを押しちゃいまーす!」
列にならぶ子供を見つけては、スタンプを押して回っていた。
ちゃんとしゃがみこんであげて、目線を合わせて。
特別サービスを受けた子供たちはもちろん大感激。
「わ……わぁーっ! あ、ありがとう、コスモス様!」
「コスモス様をこんなに近くで見られるなんて、感激です!」
「わ、わたし、コスモス様みたいなアイドルになりたいんです!」
子供たちに囲まれるコスモスは、まるで園児に大人気の保育士のようだった。
それがあまりにも微笑ましい光景だったので、まわりにいる大人たちもほっこりしている。
そこに……ヤツらが現れた。
「ああっ!? アレ、コスモス様じゃね!?」
「すげえーっ!? アイドルがなんでこんな所にいんの!?」
「マジでヤバくねぇ!? 行ってみようぜ!」
対面のホームでコスモスを見つけた作業服の集団が、どやどやとやってくる。
そう、俺が一昨日まで働いていた、工場の工員どもだ。
彼らは6番ホームに着くなり、子供たちを押しのけてコスモスを取り囲んだ。
「うぇーいっ! コスモス様、ちぃーっす!」
「うわぁ、マジで超かわいいっすねぇ!」
「おい、ガキはあっちいってろ!」
「ちょ、何なの、あなたたち!? いきなり割り込んできて!」
コスモスが注意しても、まったく悪びれる様子がない工員ども。
俺が言うのも何だけど、コイツらは底辺中の底辺の人種。
俺と同じで失うものなんてないから、その気になったら何も怖くないんだ。
まわりの乗客たちも巻込まれるのが嫌で、誰も助けようとしない。
俺は掃除用のモップを片手にコスモスの元に向かおうとしたのだが、ふと、腕のあたりから声がした。
『待ってください、アーサー』
見ると、俺がずっと身に付けていた腕輪からだった。
それで俺は思い出す。
「そうか、この腕輪があれば、ヨルと離れてても会話できるんだったな」
『そうです。それよりも、アーサーがひとりで助けに行ったところで勝ち目はありませんよ。
アーサーは昔から、ケンカはからっきしだったではないですか』
「そ、それはそうだけど、ほっとくわけには……!」
『ですからわたくしに、いい考えがあります。……こういうのはどうでしょうか?』
俺がヨルと作戦を練り終えた頃には、コスモスは工員どもの手によって、ホームの階段のところまで引っ張られていた。
「やめて、離して! わたしはパーサーの仕事があるのよ! 誰かっ、誰か助けて!」
「まーまー、そーカタいこと言わずに! せっかくだから、これから俺たちと遊びに行きましょうよ!」
「おいおい、これから仕事だってのに、いいのかぁ?」
「いーっていーって! だってこんなチャンス、一生に一度っしょ!?」
「少々スッポかしても、あのバカ工場長なら簡単に丸め込めるって!
なんたってアレックスのせいにすればなんだってOKなんだからな!」
「……俺が、なんだって?」
コスモスと工員に向かって声をかけると、彼らは一斉に俺を見た。
「あっ……!? テメー、アレックスじゃねぇか!?」
「なんでこんなとこで、そんな格好してんだよっ!?」
「あっ、アーサーくん! 助けて!」
「は? アーサー? お前、いつからアーサーになったの?」
「さぁな、お前らみたいな連中に教えるつもりはない」
「なんだと、テメェ!? 工場をしきってる俺らにむかって、なんだぁその態度は!?」
俺は、無言でヤツらを睨み返す。
今までヤツらにされたイジメの恨みを、眼光に乗せるように。
すると、ヤツらは後ずさった。
「なっ、なんだよ、その目……!」
「い……いつもはやられったぱなしでヘコヘコしてるクセに、イキってんじゃねぇぞオラぁ!」
「そ、そうだ! きっと、コスモス様にいい所を見せようとしてんだよ!」
「あっ、そっかぁ! だから無理してイキがってんのか! 内心はガクブルなんだよなぁ!」
「無理してねぇで、お前も一緒に来いって!」
「そーそー! そしたらお前にもおこぼれくらいはやるからさ!」
「おなじ底辺どうし、仲良くしようぜ、なっ!」
脅しが効かないとわかるや、懐柔しようとする工員ども。
俺は、地の底で唸る獣のように言った。
「……ああ、たしかに俺は底辺だよ。
毎日毎日、汗と油にまみれて働いて、泥しかすすれねぇような端金をもらって生きてきた。
……だけど、お前たちとは違う。
俺はどんなに底辺だったとしても、他人には迷惑をかけなかった。
お前らみたいに失うモノがないからって、他人を傷つけたりはしなかった。
だから、俺はお前たちとは違う。
だからこそ、いまこうして、ここにいる」
俺は、手にしていたモップの柄を、ズダンとホームの床に叩きつける。
「お前たちみたいな社会のゴミを、始末するために……
俺はいま、ここにいるんだっ……!」
「こっ……この野郎っ、俺たちがゴミだと!?」
「下手に出てりゃつけあがりやがって!」
「かまわねぇ、フクロにしちまえっ!」
いかにも底辺らしい蛮声とともに、一斉に襲いかかってくる、俺のかつての仕事仲間たち。
俺はモップを振り回し、ヤツらを迎撃する。
「へっ、お前、ケンカしたことねぇな!? その構えを見りゃわかるよっ!」
「ボクシング部だった俺たちに、そんな女みてぇな攻撃が通用するかよ!」
しかし、俺のモップ攻撃は面白いようにヤツらの顔面にヒットする。
「ぎゃっ!?」「いってぇ!?」「なんだっ!?」
見ると、ヨルムンガンドの車体の横から、ニョキニョキと金属アームが伸びていて、ヤツらの首根っこを掴んでいた。
「なっ!? なんだこのアームみたいなの!? 離せっ、離せぇぇぇぇぇぇーーーーっ!!」
首輪をされて繋がれた野生のサルのように、暴れる工員たち。
しかし外れるどころかびくともしない。
これは、『外部アーム』……。
そう、ヨルムンガンドのスキルのひとつだ。
戦い方としてはちょっと卑怯な気もするが、相手は集団だからこのくらいいいだろう。
俺は動けないことをいいことに、躾けのなっていないサルどもをこれでもかとモップでボコボコにしてやった。
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