第7話

 朝食を終えた俺は、かつてないほどに満ち足りた満足感を味わっていた。

 幸せに呆けながらコーヒーをすすっていると、グラジオラスが「はい、今日の朝刊ですよ」と新聞を俺に手渡してくれた。


 俺は新聞なんて読まないのだが、朝に新聞を読むのは彼女たちにとっては当たり前のことらしい。

 でもせっかくだからと開いてみたら、一面の記事が目に飛び込んできた。


 そこには大見出しで、


『鉄道界に新たな新星登場! その名も「アーサー鉄道」! ユーピトア家が全面バックアップの模様!』


 見出しの下には、客席から外に向かって手を振り返している三姉妹の写真が載っていた。

 それだけならまだいい。


 なんと、ヨルムンガンドから身を乗り出してピースサインをする俺の姿まで、デカデカと……!


「ブフォッ!?」


「ど、どうしたのアーサーくん!?」


「あ、『アーサー鉄道』っ!? なんだこりゃ!?」


「ああ、それはわたしが付けた鉄道会社の名前だよ」


「コスモスが!? なんで!?」


「なんでって、アーサーくんが機関士なんだから、『アーサー鉄道』にしたの。

 もしかして、いけなかった?」


「いけないっていうか、なんていうか……」


「最初は『ヨルムンガンド鉄道』にしようと思ってたんだけど、ヨルくんに聞いたら『アーサー鉄道』のほうがいいって言ってくれたから」


「なにっ!? ヨルには聞いといて、なんで俺には聞いてくれないんだよ!?」


 すると、悪びれもしない声が、天井から降ってきた。


『それは、わたくしがコスモス様にお願いしたのですよ。

 アーサーは機関士になることをまだ迷っているようでしたから、いっそのこと屋号にしたら覚悟が固まると思いまして。

 しかし事前にアーサーに相談すると、反対すると思いましたから、こうしてナイショにしていたのです』


「くっ……! すっかり忘れてたぜ……!

 お前がそうやって、根回しするタイプだったってことを……!」


『でも、これで覚悟が固まったでしょう?』


 正直いうと、俺はまだ迷っているところがあった。


 いくら職業適性があるとはいえ、俺に本当に機関士が務まるのかということが。

 昨日は遊びで動かしたようなものだからプレッシャーなどなかったが、仕事としてやるとなると話は違うからな。


 しかし、それも吹っ切れた気がする。

 俺は精一杯の強がりとして、天に向かって叫んだ。


「お前なんかに言われなくても、もとよりそのつもりだよ……!」


 すると、両手に花がくっついてきた。


「よかったぁ! 実はちょっぴり不安だったの! アーサーくんが本当に機関士をやってくれるのかって!」


「ありがとうございます、アーサーさん! これでわたしたち、夢のパーサーになれます!」


 俺の腕にしがみついて感謝の意を述べるコスモスとグラシオラス。

 対面に座っていたクロッカスは微動だにしていなかった。


 しかし気が付くと、俺の靴の甲に、彼女のブーツのカカトが乗っている。

 目が合うと、彼女はぼそりと言った。


「これがユーピトア家に伝わる、感謝と親愛のしるし

 相手の足を踏むことで、『どこへも行くな』という意思を表している」


「本当かよ」


「いま考えた」


「ウソなのかよ」


 なんにしても、これほどの美少女三姉妹に頼りにされて、悪い気はしない。

 新しい仕事を探す手間も省けるし、俺は本格的に『アーサー鉄道』をやってみることにした。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 とはいったものの、まずはなにから始めたらいいんだろう。

 機関室の執務室ともいえる操縦席に籠もった俺は、腕組みしながら考えていた。


 鉄道会社の仕事といえば、主にふたつに分かれる。

 『輸送』か『旅客』だ。


 前者はクライアントからの依頼を受けて、人員や物資などを目的地まで運搬する業務。

 後者は一般の客を乗せ、決められた路線を運行する業務。


 『輸送』をやる場合は、まずはクライアント探しから始めなくてはならない。

 ユーピトア家のコネを使えば簡単に見つかりそうだが、これ以上彼女たちの力に頼るのも気が引ける。


 というか、ユーピトア三姉妹のことを考えたら、『輸送』はありえないな。

 なぜなら、彼女たちは接客業務であるパーサーをやりたがっているんだから。


 となれば、『旅客』一択か……。


 俺はヨルに尋ねた。


「なぁ、ヨル、この車両を旅客として運用する場合、なにが必要なんだ?」


『はい。国が規定する設備と、国からの運行許可はすでに揃っていますから、あとは、「魔導鉄道ネットワーク」の登録と、「線引き」ですね。

 それぞれについて、ご説明しましょうか?』


「ああ、頼む」


『まず、魔導鉄道の運行状況というのは「魔導鉄道ネットワーク」において管理されています。

 この世界には個人や組織の手によって、多くの旅客列車が運行されています。

 「魔導鉄道ネットワーク」に登録することにより、列車の現在地が共有され、駅の利用も可能になるんです』


「昨日の試運転では駅に入らなかったから、それも必要なかったってわけか。

 でも旅客となると駅に入らなくちゃいけないから、それは必要だな。

 で、線引きって?」


『線引きというのは、路線図のことですね。

 大手組織の鉄道会社は多くの車両を抱えておりますので、時刻表も路線図も固定です。

 しかし「アーサー鉄道」などの車両が1台しかないような鉄道会社は毎日、路線を変えて運行している場合がほとんどです。

 線引きした路線図を魔導ネットワークに登録しておくと、駅に到着した際、アナウンスなどのサポートが受けられる場合があります』


「なるほど、じゃあまずは線引きからだな。

 そのためには、駅が記された地図が必要だな」


『はい。わたくしの技能スキルをお使いください』


 技能スキル……。


 そういえばヨルムンガンドは、人間の技能スキル模した『技能スキルシステム』を持ってるんだったな。

 ガキの頃に、いじり倒した記憶がある。


 そう思っていると、それまで消灯していた目の前の魔導モニターが、ふわっと明るくなる。

 あたたかい光とともに、ヨルムンガンドの技能スキルリストが映し出された。

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