第4話

 それからはあっという間だった。

 丘の上に何台もの魔導トラックが登ってきて、ヨルムンガンドのそばに横付けし、乗っていたドワーフがわらわらと吐き出される。


「みなさん! これが幻の魔導列車のヨルくんです! さぁ、やっちゃってくださ~いっ!」


「おーっ!」


 コスモスの号令一下、一斉に作業が開始された。


 ヨルムンガンドの車体に取り付いたドワーフは、デッキブラシでゴシゴシ。

 ヨルムンガンドの車内に入っていったドワーフは、ガラクタをえっちらおっちらと運び出す。


 三姉妹はエプロンに三角巾姿で、掃除を手伝っていた。

 俺はというと、自室がわりに使っていた車両からプライベートなものを運び出すのに必死だった。


 ヨルムンガンドの再稼働に必要な資材も補充される。

 丘の上もキレイに整地され、雑草の中に埋もれていたレールも姿を現す。


 そういえば子供の頃はヨルに乗って、丘の上をグルグル回って遊んでたなぁ。

 本物の列車がオモチャがわりだった点だけは、他人より恵まれていたかもしれない。


 ドワーフたちが作業を終えて去っていった頃には、もう日も傾きかけていた。

 車内の給湯設備も使えるようになったので、俺はひさしぶりに身体をキレイにする。


 一等客室車両に備え付けられているシャワーを浴びていると、どこからともなくヨルの声がした。


『アーサーの生まれたままの姿を見るのは久しぶりですね』


「そういえばお前はこの車内のどこでも見られるんだったな。

 コスモスたちはいまなにをやってるんだ?」


『はい。お三方とも、アーサーと同じく一等客室でシャワーの真っ最中です』


「……もしかして、それを見てるのか?」


『はい。まるで女神の石膏像のように、お三方とも美しいお身体をなさっていますね。

 おや、どうしたんですかアーサー、急に前かがみになって』


「い……いや、なんでもない」


 シャワーを出ると、三姉妹はカラフルな制服姿になっていた。


「じゃじゃーんっ、どぉ? これがパーサーの制服だよ!」


「そんなものまで用意してたのか」


「もちろんです。アーサーさんのお召し物もありますから、お着替えしてみてくださいね」


 長女のグラジオラスから手渡されたのは、蛇の柄をあしらえた黒い制服だった。

 ずっとヨレヨレの作業服だったから、こんな正装っぽい格好をするのは初めてかもしれない。


「わぉ! よく似合ってるよアーサーくん!」


「馬子にも衣装」


「まるでヨルさんを擬人化したみたいに素敵ですよ」


『グラジオラス様、わたくしはもっとジェントルですよ』


 制服を着たからにはヨルを動かしてみようということになって、俺は先頭車両にある操縦席へと向かった。


 操縦席はコクピットような計器類でいっぱいで、壁は魔導モニターで埋め尽くされている。

 いちおう外を見るための窓はあるが、基本は魔導モニターの映像で外部の様子を確認するんだ。


 この席に座るのも、ひさしぶりだな。

 操縦桿を握ると、しみじみとした思い出が蘇ってくる。


「昔はよくこうやって、お前と遊んでたよな」


『そうですね。操縦方法は覚えていますか?』


「もちろんだ。ぜんぶハッキリと思いだしたよ。ヨル、スクリーンオンだ」


『承知しました』


 すると、


 ブゥゥゥン……!


 と小気味いい魔導モーターの始動音が鳴り、計器類のバックライトと魔導モニターが一斉に点灯。

 モニターにはヨルムンガンドの車体のまわりの風景のほかに、車内の状況が映し出されていた。


 三姉妹は三等客室の客席に座り、初めて列車に乗る子供のようにワクワクしている。


 『早く動かないかな! 早く動かないかな!』と、せわしなく足をぶらぶらさせているコスモス。


 『ああっ、緊張で胸が張り裂けそうです……!』と、大きな胸に手を当てて祈りを捧げているグラジオラス。


 『動き出す瞬間を見逃したら、万死に値する』と、目をカッと見開いているクロッカス。


 映像とスピーカーごしに、彼女たちの感情が伝わってくるようだった。

 このヨルムンガンドに乗れるのが、よっぽど嬉しいらしい。


 俺はそのリクエストに応えるべく、アクセルレバー掴むと、ゆっくりと前に倒す。

 すると、この大いなる鉄のカタマリが、海を泳ぐクジラのように、音もなく滑り出すのを感じた。


『……ひっ……ひぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!?!?』


 スピーカーから悲鳴が飛び込んできて、俺は思わず飛び上がりそうになってしまった。

 見ると、三姉妹は随喜の涙を流している。


『あっ……! あっあっあっあっ……! あはぁぁぁ~! う、動いた、動いたぁぁ~~!』


『この静かで穏やかながらも、力強い律動……! す、すごいですっ……!

 こんなのを知ってしまったら、他の魔導列車さんでは物足りなくなってしまいます……!』


『興奮しすぎて歯茎が干からびてきた』


 ちょっと動かしただけなのに、車椅子の親友が自分の足で立ったみたいな感激っぷりだ。


 俺は馴らす意味も込めて、丘のまわりに敷き詰められたレールをぐるっと一周する。

 すると、ヨルがこんなことを言い出した。


『腕は衰えていませんね。どうですか、少し外のほうに出てみては』


「外に?」


『はい。今までは運行の許可がありませんでしたので、この私有地で遊ぶだけでした。

 でも今は国王の許可があるのでしょう? ならば、この国内は自由に運行できるはずです』


 この世界のすべての国には、毛細血管のように鉄道のレールが張り巡らされている。

 それほどまでに、鉄道というのは主要交通網なんだ。


 運行許可を得ている以上、その気になればこの国の果てだって行ける。

 もちろんそこまで行くつもりはないが、ちょっと足を伸ばしてみるのも悪くはなさそうだ。


「そうだな……ちょっとだけ出かけてみようか」


 俺はレバーを倒し、丘を降りる。

 麓にある街の大通りを出ると、道ゆく人たちはみな足を止めていた。


「な、なにあの列車……!? 見たこともない形をしてる!?」


「真っ黒で、まるで大蛇みたいだ……!」


「なんだか怖い……。でも、ちょっとカッコイイような……」


「あっ、見て! 窓の所! あれ、コスモス様じゃない!?」


「コスモス様だけじゃないわ! グラジオラス様に、クロッカス様まで!」


「わかった! あの列車、ユーピトア家の専属車両なのよ!」


「どうりで、高級感あふれる車体だと思ったわぁ!」


 人々はヨルを歓迎してくれているようだった。

 魔導写真を撮り、歓声ととともに手を振ってくれている。


 なんとなく俺は自分のことみたいに嬉しくなった。

 モニターごしにニヤニヤと観衆を眺めていると、情けないくらい興奮している人物がいた。


「おっ!? おっおっっ!? おおお~~~~~っ!

 こっ、こここ、これは幻の車両、ヨルムンガンドじゃないか!

 世界に一台しかないという幻の列車が見られるだなんて……!

 い、生きててよかったぁ~~~~!

 写真にとって、工員たちに自慢してやろう!

 アレックスのヤツだけには見せずに、仲間はずれにしてやるんだ!

 そうすればヤツも死ぬほどうらやましがって、心を入れ替えることだろう!」


 魔導写真機を構え、ヨルの先頭車両に向かってバシバシシャッターを切る工場長。

 運転席にある窓からVサインとともに乗り出した人物を見て、さらに大興奮。


「おっ!? おっおっっ!? おおお~~~~~っ!

 ヨルムンガンドの機関士様だ! かなりお若いぞ!

 しかしこれほどの車両を動かしているということは、超一級の機関士様だろう!

 りりしいお顔に、立派なお召し物……!

 きっと、王族に名を連ねるほどの偉大なるお方に違いない!

 ああっ、こちらを見てくださった! ああっ、ありがたや、ありがたや~!」


「どーも工場長、買い物っすか?」


「えっ? ど、どうしてワシなんかのことを……?

 あっ、あっあっあっ、あああ~~~~~っ!?

 お前はっ……アレックスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?!?」

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