第3話

 俺は、10歳の頃から失っていた記憶を、すべて思いだした。

 まずは、オヤジの笑顔。


 その頃は俺が住んでいる丘もこんなに雑草だらけじゃなくて、公園みたいに整地されていた。


「じゃじゃーんっ! どうだ、アレックス! 世界で一台しかない魔導列車、ヨルムンガンドだぞ!」


「すごい、かっこいいーっ!」


「今日からここが、俺たちの家だ!」


「ええっ、列車の中に住むの!?」


「ああ。俺は冒険者じゃなくて、本当は機関士になりたかったんだ!

 その夢を叶えたくて、有り金すべてはたいて買ったんだ!」


 その直後、オフクロが行方不明になり、後を追うようにしてオヤジも失踪した。

 ひとり残された俺の家族は、ヨルムンガンドだけだった。


「ううっ、うわぁぁぁーーーんっ!」


『やれやれアレックス、今日もまたイジメられたのですか?』


「僕にはパパもママもいないから、捨て子だって、みんなが……!」


『あなたにはわたくしがいるではないですか、アーサー』


「あ……アーサー?」


『アレックスだから、アーサー。

 そしてアーサーは伝説の王。

 一介の冒険者から王なった、偉大なる人物です』


「冒険者から、王様に……そんなすごい人がいるんだ……」


『あなたも将来は冒険者になりたいのでしょう?

 ならば王を目指せるほどに強くなるのです、アーサー』


「わ……わかった! 僕、アーサーみたいに強い男になる!」


『では眠りなさい、明日という戦いに備えて。

 夜はすべての者にとって安らかです。

 アーサー、あなたが望むなら、わたしはあなたの夜となりましょう』


「ふふっ、ヨルムンガンドだから、ヨルってわけ?」


『そういうわけではなかったのですが、それでもいいです。

 わたくしのことはこれから、ヨルとお呼びください』


 俺はいじめっ子たちに反撃し、返り討ちにあった。

 そのせいでヨルムンガンドに八つ当たりしてしまったんだ。


「いじめっ子たちに歯向かったら、余計いじめられるようになっちゃったよ!

 これもヨルが余計なことを言ったせいだ!」


『落ち着いて下さい、アーサー。

 初めてのケンカには、敗北が付きものです。

 かの偉大なるアーサー王も……』


『うるさいうるさいうるさいっ!

 もうヨルとは絶交だ! 二度と口をきいてやらかないから、絶対に話しかけてくるなよ!』


 それが、ヨルと交わした最後の言葉となる。

 俺はそのあと学校の遠足で、クラスメイト全員がグルになったイジメを受け、崖から突き落とされてしまったんだ。


 俺は病院のベッドでひとり、生死の境をさまよう。

 一命をとりとめ、気が付いたときには、すべての記憶を失っていた。


 崖から突き落とされたことも覚えていなかったので、あの事故は俺のドジということで片付けられてしまう。

 記憶のない俺は、クラスメイトたちにとって格好のオモチャになった。


 たったひとりの家族だったヨルのことも忘れて、ひとり寂しく生きてきたんだ。


 お……俺は、俺は……。

 たったひとりの家族がこんなに近くにいたのに、ずっと知らずに生きていた。


 魔導列車ヨルムンガンドは、俺の絶交宣言を、ずっとずっと守っていたんだ。

 この俺が、再び声をかけてやるまで……!


 列車のフロントには、ヨルの言葉にあわせて赤い光の筋が走っていた。


『やれやれ、やっと機嫌を直してくれましたか。アーサー、今回の絶交はずいぶん長かったですね』


「よ、ヨル……! なんでずっと、黙ってたんだよ……!?」


『だって、話しかけるなとおっしゃったのはアーサーでしょう?

 わたくしはそれを守っていただけです』


「だ、だからって……! だからって……!」


 俺はもう泣きそうだった。

 でも泣けなかった。


 なぜなら、三姉妹がえぐえぐと誰よりも号泣していたから。


「えぐっ! うぐっ……! ひっく! よ、ヨルくんの声、かっ……かっこいいいっ……!」


「ええ、本当に……! 深く重厚で、渋みがあって……! まるで地獄から訪れた、一匹狼の執事のようです……!」


「ジオねえ、属性盛りすぎ。でも同意。魔術が作り出した声に涙するとは、不覚」


 次女のコスモスが、ぐすっ、としゃくり上げながらも笑顔を見せる。


「よくわからないけどよかったね、アーサーくん!」


 さっそくそこをイジってきやがったか。

 俺は気恥ずかしさのあまり、頬が熱くなるのを感じる。


「ヨルくんがまだ動くことがわかったから、車両はこれでオッケーだね!

 あとは、ヨルくんを走らせるための、王様の許可だけど……」


「コスモスさん、それならわたしがすでに取り付けてあります。昨日、王様とお会いする機会があったので、ついでに」


「さすがお姉ちゃん! あとは、運行に必要な資材を用意しないと……」


「モスねえ、それならわたしが手配済。今日の昼過ぎにはこの丘に届く手筈になっている」


「ナイス、クロちゃん! もう準備バッチリみたいだね!」


 ヨルとの感動の再会も冷めやらぬうちに、話がトントン拍子に進んでいく。


「ま、待て、コスモス、本当に鉄道会社をやるつもりなのか?」


「うん、さっき言ったじゃない! パーサーになるのがわたしたち三姉妹の夢だったって!

 それも幻の車両、ヨルムンガンドのパーサーなれるだなんて、ああんもう、夢みたい!

 アーサーくんの機関士の夢も叶うから、一石三百鳥くらいありそう!」


「鳥さんの雨が降りそうですね」「ヤキトリ食べ放題」


 すっかり盛り上がっている三姉妹に、俺はつい水を差すようなことを言ってしまった。


「いや、俺の夢は、機関士じゃないんだ。本当は、冒険者になりたかったんだよ」


「そうなの? なら、なればいいじゃない!

 やる気になれば、なんでも夢は叶うんだから!」


 なんだそんなことか、と言わんばかりに笑うコスモス。

 それは、あまりにも屈託のない笑顔だった。


 俺はそれを現実を知らない人間の笑顔だと勘違いし、意地になってしまう。


「へっ、職業適性もないのになれるかよ。冒険者の適正がないと、冒険者ギルドにすら入れてもらえないんだぞ。

 冒険者ギルドに所属してないと、冒険者とは認められないから……」


 言葉の途中で俺はハッとなった。

 目の前にいるコスモスがこれから何を言い出すのか、なんとなくわかってしまったからだ。


「なら、作ればいいじゃない、ヨルくんのなかに冒険者ギルドを!

 そうすれば入り放題、冒険者になり放題だよ!」


「え……ええっ!?

 いやいやいや、そう簡単に言うけどな、冒険者ギルドを設立するための資格が……!」


「それなら、わたしが所持している」


 と、クロッカスが小さく手を挙げていた。


「わたしの夢はパーサーの他に、冒険者ギルドの受付嬢だった。

 いつか冒険者ギルドを設立するために、あらかじめ国王の許可は取りつけてある」


 俺は唖然とする。

 コイツらに、不可能という文字はないのかと。


 コスモスは輝く笑顔で俺に言った。


「ほら、言ったでしょ!?

 やる気になれば、夢は叶うって! ねっ!?」

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