第2話
俺は女に起こしてもらうという、夢のような起床を果たした。
しかも相手は、現役アイドルの超絶美少女。
俺は腰を抜かしたまま、追いつめられたネズミみたいにワナワナ震えていた。
女たちはビックリしていた。
「あっ、ごめんごめん! ビックリさせちゃった!?
アレックスくん、わたしのこと覚えてる!?
中等部で一緒だったんだけど……!」
ポニーテールに合うハツラツとした顔、沈まぬ太陽のように明るい性格。
ハキハキした物言いのこの女のことを、覚えていないわけがなかった。
「お前は、コスモス……!?」
「よかったぁ、同じクラスになったことがなかったから、覚えてないかと思った!」
コスモスはそう言って、にぱっと笑った。
っていうかコスモスはいまや大人気の『美少女剣士アイドル』だ。
知らない人間のほうが少ないだろう。
「アレックスくんを尋ねたのに、こんな所で寝てたからビックリしちゃったよ!
ねぇ、起きて起きて!」
コスモスは笑って手を差し伸べてくれた。
俺はホームレス同然に汚れているはずなのに、なんの衒いもなく。
しかも彼女と握手してもらうと幸運になれるという噂があって、握手券はプレミアムチケットだというのに。
俺が逡巡しているうちに、彼女は俺の手を取って立たせてくれた。
「よいしょっ、と!
……ああっ、よく見たら顔が真っ黒じゃない!? それに身体まで!? 待ってるから、洗ってきなよ!」
こんなまぶしい存在に気づかわれると、たまらなく緊張する。
そして俺はつい、ぶっきらぼうな態度を取ってしまった。
「い……いや、いい。それよりも、俺になんの用なんだ?」
「あ、その前に、お姉ちゃんと妹を紹介しておくね!」
「いや、知ってる」
コスモスといっしょにいるふたりの少女。
彼女たちはコスモスの姉と妹。
長女はグラジオラスといって、腰まで伸びたロングヘアと、眼鏡ごしに穏やかな笑みを浮かべる聖女。
18歳にして大聖女に昇り詰めたほどの人物だ。
三女はクロッカスといって、おかっぱ頭にむっつりした表情の天才少女。
12歳になったばかりで、この前『職業適性検査』を受たばかり。
最年少で『賢者』となったので、新聞でも大々的に取り上げられていたほどだ。
三姉妹は三人とも快活・穏やか・根暗とタイプは違うものの、才女にして容姿端麗。
この国では知らぬ者がいないほどの名家、ユーピトア家のお嬢様で、美人三姉妹としても有名だ。
俺なんかは目を合わせてもらえただけでも幸せなレベルの、雲の上の存在だというのに……。
「そんなお嬢様が、俺になんの用なんだ?」
「お嬢様? わたしは別にお嬢様じゃないよ~!
あ、そんなことよりも用件を単刀直入に言うね!
わたし、魔導鉄道のパーサーになりたいの!
それも、できれば車内販売をしているパーサーに!」
魔導鉄道というのはこの世界の主要な交通網のことで、魔力を使って動く列車のことだ。
しかしなぜ、アイドルが俺のところにやってきて、1日パーサー宣言をするのだろう。
「な……なればいいじゃないか」
「えっ、いいの!? やったぁ! できればわたしだけじゃなく、3人とも雇ってほしいんだけど……」
「雇う? お前はなにを言ってるんだ?」
「えっ、だってアレックスくんって、『機関士』なんでしょう?
『職業適性検査』のときに、わたし見てたんだけど……」
それでやっと意味が飲み込めた。
どうやらコスモスは、俺が魔導列車の機関士をやっていると思い込んでいるようだ。
「なにか勘違いしてるようだな。俺は『三級機関士』なんだ。
三級の機関士なんて雇ってくれる鉄道会社はどこにもない。
国内鉄道の機関士になるには、最低でも二級じゃなくちゃダメなんだ。
国際鉄道ともなると、一級以外は見向きもされない」
厳密に言うと三級でも機関士にはなれなくない。
ただし正規の機関士ではなく、二級機関士の補佐役としてだ。
その席すらも、もういっぱいいっぱいで、俺なんかが入り込む余地はない。
さらに一級の機関士ともなると、花形職業のひとつ。
冒険者でいうところの、『勇者』や『賢者』などの最上級職に匹敵するくらいのエリートなんだ。
「だから俺は機関士じゃない。なりたい気持ちは少しはあるが、なりたくてもなれないんだ。
鉄道会社に紹介してもらおうと思ってたみたいだが、残念だったな、アテが外れて」
俺はフッと鼻であしらう。
しかしコスモスは消沈するどころか、さらに頬を紅潮させていた。
「そうなの!? なら、自分で鉄道会社を作って機関士になればいいじゃない!」
キラキラした瞳で迫られ、俺は面食らう。
「パンがなければケーキを食え、ってか。さすがいいとこのお嬢様は考えることが違うな。
じゃあ、お前が列車を準備してくれて、鉄道使用の許可を国王から取ってきてくれたらやってやるよ」
こう言えばさすがに大人しくなるかと思ったが、「うん、いいよ!」と即答されてしまった。
「……お前、正気か? 列車が1台いくらするのか知ってるのか?」
「わかんないけど、列車ならここにあるじゃない!」
背後にあったトレーラーハウスを指さされ、俺は言葉を失う。
「えっ」
「これ、アレックスくんのお父様が買ったっていう幻の車両だよね!?
わたし、ずっと見てみたいと思ってたんだ! ねぇねぇ、近くで見てみてもいい!?」
「あ……ああ……」
すると言うが早いが、三姉妹は俺の家にシュバッととりつき、恍惚の表情を浮かべた。
「す、すごい……! 図鑑では見たことがあるけど、本物はやっぱり違うわぁ……!」
「ええ、そうですねぇ……! この黒光りする立派なお身体、思わずギュッてしさしあげたいです……!」
「これは歴史に残る名車両。こんなところに放置するのは万死に値する」
三姉妹は俺の家を絶賛しながら、魔導写真をバシバシ撮りまくっている。
もしかしてコイツらって、かなりの『魔導鉄道好き』なんだろうか?
そして俺の家が魔導列車だなんて知らなかった。
どうりで、やたらと細長いわけだ。
三姉妹はいつのまにか車両の先頭に移動して、なにやらワイワイやりはじめる。
「こんにちはー! こんにちはーっ!」
「はじめまして、お目にかかれて光栄です!」
「わたしはクロッカス、こんごともヨロシク」
「お前たち、なにやってんだ? 列車に向かって話しかけるだなんて……」
もしかして厄介なタイプの魔鉄ファンかと思っていたが、彼女たちは俺のほうがおかしいと言わんばかりの表情をしていた。
「えっ、アレックスくん、知らないの!? この子、
「そうです。この子は世界初にして唯一の、意思をもった魔導列車なんですよ」
「ずっと一緒にいて知らなかっただなんて、万死に値する」
ふと、俺の後頭部にあたりに違和感が生まれる。
それは導火線が燃え盛っているような、チリチリとした感覚だった。
なんだか、昔の記憶が埋もれた瓦礫に、火がついたような……。
三姉妹は列車の顔に頬ずりしていた。
「ああんっ、この蛇を模した顔も素敵っ!」
「お顔もお身体も、まさに黒蛇ですね!」
「さすがは世界最高峰の魔導列車、『ヨルムンガンド』……!」
三女の言葉を耳にした途端、俺の口から自然と言葉がこぼれていた。
「よ……ヨル……?」
すると、車両の蛇頭の瞳が、長い眠りから覚めるように赤く輝いた。
そして、
『やれやれ、やっと機嫌を直してくれましたか』
ずっと忘れていて、ずっと求めていた声がした。
途端、俺の頭の中で大爆発がおこる。
……ドッ……カァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
それは俺の記憶を押しつぶしていた瓦礫を、すべて吹っ飛ばしていた。
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