魔導鉄道のヨル

佐藤謙羊

第1話

 思えば俺の人生は、12歳にして瀬戸際だった。


 物心つく前に両親が行方不明になり、残された俺はわずかな遺産で生きてきた。

 両親がいない俺は格好のイジメの的で、俺は現在進行形で嫌がらせを受けている。


 もう、背中に貼られた張り紙を剥がす気にもなれないほどに。


 しかし、これからは違う。

 俺はたった今から、人生逆転を果たすんだ。


「では次の生徒、アレックス君。前に出て、女神像が持つ水晶玉に触れてください」


 俺は聖女様の言葉に従い、前に歩み出る。


 人は12歳になると、小等部から中等部に進学する際に『職業適性検査』を受ける。

 これは『持って生まれたもの』がなにかを教えてくれる儀式のようなものだ。


 この儀式の結果によって、その人の一生が決定づけられる。


 適正が『商人』である者は算術にはげみ、『料理人』である者は料理の修業をする。

 中等部に進学して学ぶ科目も、この儀式によって変わるんだ。


 俺はおごそかな気持ちで女神像の前に立つと、跪いて水晶玉に触れた。


「それではアレックス君、あなたのこれまでの人生を振り返ってみてください。

 あなたがどう生き、なにをしてきたのかを思いだしてみましょう。

 それらをふまえて、あなたがこれからどう生きていきたいのかを心のなかで念じてください」


 聖女様にそう言われても、俺にはイジメの思い出以外はなにもなかった。

 10歳の頃に事故で記憶喪失にあい、それまでの事をなんにも覚えちゃいないんだ。


 しかし、夢はある。

 俺の夢は『冒険者』。


 冒険者といえば花形職業のひとつ。

 俺はその適正を引き当てて、一攫千金を目指すんだ。


 しかし水晶玉に浮かび上がった文字は、なんと……!



『 三 級 機 関 士 』



 途端、静かだった聖堂内が、クラスメイトたちに声によって埋め尽くされる。


「うわあっ!? 三級機関士だってよ!?」


「これ以上ないくらいの、Fラン適正じゃん!」


「機関士なら最低でも二級っしょ!?」


「三級だなんて、底辺確定したようなもんじゃん!」


「でも良かったー! アイツが一級機関士だったらどうしようかと思った!」


「一級だったらヤバかったよな! 中等部でイジメの仕返しされてたところだ!」


「でも三級なら、アイツはオモチャ確定っしょ!」


「あははははは、そうだな! ざまあみろ、アレックス!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから数年後。

 16歳になり中等部を卒業した俺は、魔導装置の工場で働いていた。


 いわゆる『ライン工』というやつだ。

 俺が作っている魔導装置というのは、魔力を利用して動く機械のことで……。


 って、そんなのはどうでもいいか。

 魔導コンベアで絶え間なく流れてくる、なにに使うのかよくわからない部品を相手に格闘しているうちに、何事もなく1日が終わる。


 終わる……はずだった。


「おい! ゴミ野郎っ!」


「いってぇ!?」


 俺は工場長から尻を蹴り上げられて飛び上がっていた。


「な、なんすか工場長、ゴミ野郎って……」


「またお前の担当ラインで不良品が出て、苦情が来たんだ!

 これで何度めだと思ってる!? 貴様は我が工場のゴミだっ!」


「それは何度も言ってるじゃないですか、他のヤツらがライン番号を書き換えて、不具合をぜんぶ俺に押しつけてるって……」


「そんなわけあるか! お前と違って他の工員たちはみな愛想がいいし、飲み会や社内レクリエーションにも参加してる!

 コミニュケーションがしっかりしてるから、失敗したらまず報告をしてくれるんだ!

 不具合を隠すなんて、お前だけだぞ! 次やったらクビだからな!」


「そ、そんな……!

 ……えっ? うわっ!? あっちぃーーーーーーーーーーっ!?」


 工場長からお説教をくらっている間、いつのまにか俺の作業ズボンの尻に火が付いていた。

 いや、付けられていた。


 その犯人は、同じ工員であるチャラ男たち。

 いつも俺をイジって遊ぶヤツらだ。


 ヤツらは人に火を付けたというのに大爆笑。


「ぎゃははははは! 燃えてる! 燃えてる!」


「さすが魔導装置用の油が染み込んでるだけあって、よく燃えるなぁ!」


「でも粗大ゴミにはちょうどいいだろ!」


「工場長、ゴミを燃やしておきました! これでこの工場もキレイになりますね!」


「あははははは、そうだな! ざまあみろ、ゴミ野郎っ!」


 工場長も笑っていた。

 それどころか工場内のすべての工員、事務の女の子まで集まってきて、一緒になって俺をあざ笑う。


 俺はみなに生ケツを見られたうえに大やけどを負ったが、誰ひとりとして心配してくれる者はいなかった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 昼に自分で尻に巻いた包帯は、残業が終わる頃には真っ黒になっていた。

 俺は死人のような足取りで、フラフラと街はずれにある丘の上を登っていた。


 この丘は、俺の両親が残してくれたもののひとつ。

 その頂上に、俺の家はあった。


 そして家といっても、まともな家じゃない。

 魔導車両なんかで牽引されるトレーラーみたいなのをくっつけ合わせて家がわりにしたもの。


 俗に『トレーラーハウス』といって、家を持てない底辺労働者にとっての定番の住まいだ。

 しかし普通のトレーラーハウスというのはトレーラーがひとつだが、俺のはトレーラーがいくつも連結されていて、かなりの長さがある。


 おかげで面積はかなり広いのだが、ウナギの寝床みたいな間取り。

 普通に考えるとものすごく暮らしづらいのが、ガキの頃からここで育ってきた俺はもう慣れていた。


 あと、トレーラーにはすべて幅広の扉があるので、すべての部屋に外から出入りできるのはラクチンだ。


 俺は丘の頂上に着くと、雑草だらけの庭を通ってまっさきに寝室のトレーラーへと向かう。

 玄関をあけてすぐ目の前にある、簡素なベッドに飛び込んだ。


 ……ガチン!


 いつも身につけている腕輪バングルが、ベッドの金属フレームに当たって音を立てた。


 この腕輪は、俺が記憶を失ったときから身に付けていているものだ。

 どうやって手に入れたかはわからないが、魔導装置のようで、埋め込まれた水晶板に現在時刻が表示されるようになっている。


 その時計を寝返りついでに見やると、深夜の4時だった。

 毎日、ヘマを押しつけられたうえに残業を押しつけられているので、日付を跨がずに帰れたことは一度もない。


 明日は世間的には休日だが、俺は休日出勤だ。

 タイムカードも工場長に書き換えられているので、残業も休日出勤も、すべてサービス。


 ……俺はいったい、なんのために生きてるんだろうな……。


 それだけは考えないようにしていたのに、また考えてしまった。

 そう考えた時点で、悶々として眠れなくなってしまうというのに。


 やり場のない怒りが、吹きこぼれるように溢れ出す。

 そうなると、もう止まらない。


「ううっ……! うわあああっ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」


 俺は奇声をあげながら寝室から外に飛び出し、裸足のまま庭をのたうちまわる。

 ひとしきり暴れたあと、俺は汗と油にまみれた身体を胎児のように丸め、ひとり泣いた。


 このまま暗闇に溶けてしまいたいと思いながら。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺の意識は、混濁の中から戻ってくる。

 肩を激しく揺さぶられる感覚と、瞼の裏のまぶしさ。


 そして、若い女たちの声。


「ねぇ、起きて、起きてってば!」


「もう、死んでる」


「えっ、それは大変です!」


 ああ、俺は夢みてるんだなと思った。

 女に起こされるだなんて、俺の人生にはありえないイベントだから。


 俺の夢に出てくるだなんて、物好きな女だな、いったいどんなツラしてるんだろう?


 目をゆっくりと開けると、あふれんばかりの光が差し込んでくる。

 そういえば、昨日は寝室を飛び出したまま、外で寝たんだっけ……。


 3人の女たちは高く昇った日差しをバックに、俺の顔を覗き込んでいた。

 ひとりはしゃがみこんでいて、かなり距離が近い。


 草の匂いにまざって、花のようないい香りが漂ってくる。

 女の匂いを嗅いだのって、何年ぶりだろうか……。


 香りというのは意識を呼び覚ます。

 視界がハッキリとした途端、俺は反射的に飛び退いていた。


「う……うわああああっ!?」


 だって俺を揺り起こしていた女は、中等部のアイドル的存在だった美少女で……。

 卒業後は本当にアイドルになった、俺にとっては高嶺すぎる花だったから……!

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