第2話 だから、私はあなたを愛します

 その日。

 私は先生の家で読書をしていた。

 先生の家は一軒家だ。

『俺と妻二人きり。広すぎるわな』

 そう言って時々くる私のために一部屋くれた。

 そこに私は遠慮なしに好きな本を置いて学校がない、何もない日はそこに籠って読書をしている。

 先生も時々「こういう本、読むか?」と本をくれる。


 その日も、私は本を読んでいた。

 だが、心の中の淀みは広がり蝕む。

――大丈夫、まだ、誰にもばれていない。

 そう、私は常にいい子。

 明るく、元気に、時に不思議に。

 底に膿があろうと傷があろうと隠し通す。

 そうすれば、物事はスムーズにいく。

 小さく拳を握る。

 その中で心を殺す。

 こんなに簡単なことは無い。

 

「隅田ぁ、いるか?」

 先生が部屋に入ってきた。

「はい、どうぞ」

 先生は入ってきて戸を閉めた。

「さて、隅田。これで俺とお前は二人っきりだ」

 その言葉に私はどきりっとした。

「お前、また心の中で泣いているな」

「は? 何を根拠に……」

 私はしらを切るつもりだったが、先生は通じない。

「お前、拳を必要以上に握っているだろう?」

 慌てて私は手を広げる。

 緊張する。

 怖い。

 捨てられる。

 呼吸が上がる。

 脳が混乱する。

「お前、本当に分かりやすいなぁ」

「な……」

「『自分さえ、犠牲になれば物事がスムーズになる』と思い込んで何でもため込む……」

「うっさい‼」

 私は叫んだ。

「さんざん、私の心をめちゃめちゃにしたくせに……どうせ、私を捨てる癖に……」

 衝動的に私は隠し持っていた拳銃をこめかみ当てた。

「もう、面倒なんだ。疲れたんだ!」

 その瞬間、先生は鋭き目つきをさらに鋭くさせて、私に近づくと素早く銃を持った私の手首を掴み自分のこめかみに当てた。

 それから、空いている手で拳銃を出し私のこめかみに当てた。

 あまりの早さに私は言葉が出ず、口をパクパクさせていた。

「お前は分からないだろうが、隅田。お前のやっていることは、こういうことだ」

 私は瞬時に理解できなかった。

「お前が傷つけば、俺も悲しい。お前が笑えば、俺も嬉しい」

 先生は言った。

「お前が死ぬなら俺も死ぬ」

「……そんなの、嫌だ」

 自然とその言葉は出た。

――だったら、今まで殺してきた私の心はどうなる?

「間尺に合わねぇ……」

 この言葉も自然に出た。

 犠牲にしてきた心と噓で私は私でいられる。

 その自己認識アイデンティティを先生はあっさり壊した。

「知るか、そんなの」

「はい?」

「隅田、お前は根本的に俺を勘違いしている。俺は俺のためにお前が好きなんだ」

「……」

「お前のために俺はお前が好きなんかじゃない。例え、お前が俺のことを嫌いになっても、俺はお前が好きだ」

「だって、私は……」

「だから、お前の都合なんて知らない。俺は身勝手にお前が好きなんだ」

「だって、私にそんな資格も返しも……」

 先生は少しだけ笑った。

「お前は俺たちに沢山のことをしてくれた。今度は俺たちがする番だ」

 涙が出た。

 嗚咽が出た。

 たくさんの情報と嘘と心が溢れかえった。

 先生は静かに拳銃を腰にしまい、私の銃も取って机に置いた。

『先生、ありがとう』

 そう心と言葉が出た。

 泣き声で正しく出たか分からない。

 私を先生は抱きしめた。

「お前の心は死んじゃない。手を切られても、牙を折られても、お前は魂で立っていた。それだけで俺はお前が大好きだ」

「……溺れる」

「いいさ、優しさに溺れるのも悪くねぇぜ……というか、を溺れさせた張本人がそれをいうかね?」

「は?」

 私は先生の顔を見る。

 いたずらっ子のように先生は笑った。

「やっぱり、お前は凄くてかわいいよ」


「さて、隅田。これから、何をやろうかね?」

「読書……がいいです」

 私は極端に無口になった。

 どうやら、元はそういう性格だったようだ。

 泣き疲れて私は眠かった。

「じゃあ、今夜はここに泊まって読書しながら寝るか?」

「……」

 私は頷いた。

「あ、そうだ。一つだけこの家のルールを言っておく……大声を出すな。下の妻に響く」

「はい」

「じゃあ、副担のあいつも呼んで今夜は三人で寝よう」

 私はノーリアクションだった。

 そんな私を先生は静かに見ていた。

「……先生、今度は私が抱き付いていいですか?」

 両腕を広げる先生。

 私は先生の胸に飛び込んだ。

 今度は私が先生を抱きしめた。

「すまねぇな、俺は……」

「分かっています、私のことは好きだけど『愛せない』ですよね……いいですよ、それで……でもね、先生」

 言葉が見つからない。

 直球ストレートに言った。

「だから、私はあなたを愛します」

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私は鉄の爪に指をかける 隅田 天美 @sumida-amami

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